第3話夏休みの一幕。元チームメイトを添えて…

【今大会も優勝最有力候補!?帝位高校野球部!

春夏三連覇を掛けた本番前の練習の様子に密着!

従来通りであれば実践を想定した練習試合過多になる頃…

スタメンに混じって打撃練習を行う幼子の正体は!?

帝位高校野球部の実態に迫る今記事は大ボリュームでお届けします!】


筆者が訪れたのは春夏三連覇をかけて全国大会に挑む帝位高校野球部一軍専用グラウンドだ。

一年生の頃から頭角を現していた…


左腕梅田 右腕仙道 遊撃手雪城(現主将) 二塁手米良(現副主将)


上記五人の加入により帝位高校野球部は現時点で春三連覇、夏二連覇を果たしている状況だ。


今大会で優勝すれば春夏三連覇の偉業達成の快挙となる。


好打者、強打者揃いの打線は…

一番櫛田から八番持田まで全員が何処からでも点を取れるのが魅力な打線。


選手の話によれば一番櫛田選手のお父様に走塁を指導してもらったそうで…

走塁技術も全国一を自負しているそう。

今大会も好走塁に期待したいところだ。


余談だが櫛田選手のお父様は元陸上短距離選手だ。


守備が光るのは二年生唯一のスターティングメンバー。

正捕手の真鍋だ。

高い野球IQから発揮される高校生離れした配球力は現時点からプロにも注目されている。

扇の要だけでなくチームの中心メンバーでもある彼も走攻守全てが揃った選手と言える。


真鍋だけに限った話ではない。

帝位高校野球部ベンチ入りメンバー全員が走攻守揃った超高校級選手たちだ。


今年の帝位高校野球部の活躍にも目が離せない。



【左腕梅田は大会本番までに本調子に戻れるのか!?】


梅田と共に帝位高校投手陣二枚看板と言われている仙道。

彼らの調子が乱調気味だと語るのは主将の雪城と副主将の米良だった。


「大会が数日後に迫っていると言うのに…二人共調子が上がってきていません。

真剣勝負の打撃練習でも投手を務めたんですが…

結構打たれていましたよ。


二人が本調子であれば簡単に打たれるような投手では無いんです。

大会で打たれたとして…調子が良くなかった。

なんて言い訳は通用しないじゃないですか。


僕たちはこの夏のトーナメントも当然のように一敗もするわけにはいかないのです。

目指すべき場所は優勝以外無いわけです。


ですから彼ら二人を初めとして投手陣全員には早いこと本調子になってほしいわけです。


ですが彼らなら本番当日までに何が何でも間に合わせると信じています。


今年も帝位高校野球部が優勝します。

春夏三連覇を果たして優勝旗を学校に持って帰りたいと思います」


そう力強く語った彼らの目は既に闘志に燃えているようだと筆者の目には映った。


インタビューを終えた筆者は午後から開始される打撃練習の様子を眺めていた。

当然のようにプロのスカウトから海外のスカウト。

筆者以外の記者たちの姿が幾つも見られた。

関係者入口から球場のバックネット裏ベンチの日陰で涼みながら我らは打撃練習が始まるのを今か今かと待ちわびていたことだろう。


ただ…そこで一人の幼子が目に留まる。

きっと…いいや絶対に筆者以外の人物も疑問を覚えて目を奪われたことだろう。

何かと言えば…

帝位高校野球部一軍専用球場に一人の幼子が練習に混ざるようにベンチ前で待機している。

それの何が疑問なのか。

その時の異様な光景を目にしていなければわからないことだろう。

幼子はスターティングメンバーに混じって素振りを行っていたのだ。

彼はどうやら注目投手である梅田や仙道が投げる打撃練習に参加するようだった。

なんと無謀な挑戦だろうとこの時の筆者は眼の前の光景に否定的だった。

しかし…いざ始まってしまえば…


この成績表(別途画像参照)を見ていただきたい。

打撃練習での打者一人一人の成績である。

一目瞭然で分かる通りだが…

九番打者を務めた幼子は天才雪城と同じ成績だったのだ。


投手が手を抜いているのでは?

そんな憶測が出て当然だった。

しかしながらバックネット裏で観ていた我らは知っている。

幼子に対しても全力勝負をしていた帝位高校投手陣。


では何故打たれたのか?

その秘密に迫ろうとした我らだったが…

打撃練習を終えると帝位高校野球部監督九条は何処かに姿を消してしまった。

生憎幼子の正体は掴めなかったのだ。


余談であるが…

かの世界的スーパースター選手であった神田業が帝位高校野球部の投手コーチとしてユニフォームを着ていたことをここに記しておこう。

現役時代と変わらぬ体つきに威圧感溢れるユニフォーム姿。

指導する姿も様になっており投手陣全員が目を輝かせていた。

海外を視野に入れている梅田と仙道の為に九条監督が声を掛けたものだと思われる。

神田業選手と帝位高校野球部の過去のわだかまりは解消されたものと見て良いだろう。


今後も帝位高校野球部のさらなる発展を期待する。




ネット記事を見ていた俺は遂に吹雪が衆目に晒されることを危惧していた。

八月に入り帝位高校野球部は夏の全国大会が行われる場所へと向かっていた。

すぐに組み合わせ抽選会が行われて…

数日後には開会式。

その後は一回戦から始まり決勝まで長い時間を掛けて争うわけだ。


俺と吹雪は現地に赴いていない。

九条監督と話をした結果…

俺と吹雪は応援に参加しなくて良いと判断されたのだ。


「現時点から高いレベルの試合を見学させることに意味はあると思います。

ですが…帝位高校関係者の近くに居れば…

吹雪くんも神田さんも囲まれて取材を受ける羽目になるだけだと思います。


それに例年通りうちの野球部は一軍の選手しか現地に赴かないんですよ。

何と言っても部員数が他とわけが違いますからね。

全員連れて行くのも一苦労ですし…

予算をここで使い過ぎるよりは今後の選手のために機材にお金を使いたいんですよ。


応援は学校の多くの生徒や応援団や吹奏楽部やチア部…

OBやOGなどの多くの関係者が駆けつけてくれることが予想されます。


それなので野球部員には応援させるよりも残って練習試合に取り組んで貰うつもりです。

夏が終われば三年スタメンが引退していくわけです。

プロや海外チームから声が掛かっている三年生は別のグラウンドで練習してもらうことになるんですが…

そんなわけで一軍スタメンが一気に変わっていくわけですから。


私以外の指導者陣にはこっちに残って練習の指揮を取ってもらいます。


神田さんや吹雪は二軍に合流する必要はないですよ。

夏の大会の間は吹雪くんも小学生らしく夏休みを楽しんでください。


野球を始めて今日までずっと練習漬けの毎日だったでしょう?

十分に休む暇もなく肉体的精神的疲労が溜まっていると予想します。


ですから私共が優勝して帰ってくるまでゆっくりしていてください。


では私共も必ず優勝旗を手にして帰ってきます」


帝位高校野球部一軍が出発する前日に俺と吹雪は九条監督にその様な言葉を投げかけられていた。


そう言えばと…

九条監督に言われて俺は改めて指導に熱が入りすぎていたことを思い知らされていた。


吹雪はまだ小学一年生で…

本当だったら同級生と外で遊んだり休みの日は朝からアニメや戦隊モノが観たいかもしれないのだ。

スマホやコンシューマーゲームをオンラインに繋いで遊んでいたい可能性だってあるのに…


俺は吹雪が何も言わないから野球漬けの毎日を送らせてしまっていた。


今日から一軍選手が帰ってくるまで目一杯に好きなことをさせよう。

今日まで子供らしく甘えることが出来なかった分…

沢山甘やかしてあげよう。





「おはよう」


吹雪は朝九時に目を覚ますと階下に降りてきた。

星奈と母親が作った沢山の朝食を目にして今にもかぶりつこうとしている吹雪だった。


「全部食べていいの!?」


食トレと言う名目があって無理して沢山の食事を取っていると思っていた。

しかしながら吹雪は本日休みだというのに大盛りの朝食を楽しみに起きてきたようだった。


「今日は休みだぞ?無理しなくても…」


俺は思わず吹雪に声を掛けていた。


「………?」


意味がわからないと言わんばかりの表情を浮かべて既に手を合わせている吹雪。


「いただきます!」


嬉しそうに元気よく挨拶をすると箸を持って早速朝食に取り掛かっていた。

俺は何を考えていたのだろうか…

吹雪は野球という真剣勝負に取り憑かれてしまっているのだ。

当然といえば当然。

なにせ俺の息子であり…

俺と九条監督がその引き金を引いたと言っても過言ではない。

あの日の真剣勝負をきっかけに吹雪は魅了されてしまったのだ。

野球という数多くの人々を熱狂させる真剣勝負の世界に…


「父さん。九条監督に折角オフを貰ったからさ…」


吹雪は俺にねだるような口調で口を開いていた。


「おう。何処にでも連れて行くぞ。何したい?」


「………?守備練習したいんだけど…」


「………」


俺は吹雪という存在の認識を改めないとならない。

我が息子は野球に全てを掛けることを既に決めているのだ。

俺もそれに全力で応えなければならない。

俺にとってこの日が…

完全に意識を塗り替えることを決意した瞬間だった。





たんまりと朝食を頂くと俺は祖父母に教わる形で和室の畳の上で寝転がっていた。


「吹雪は柔らかいねぇ。今の内から柔軟やストレッチを怠っては駄目よ?

業は中学に入ってシニアリーグに上がったんだけどね。

アップ前の柔軟で体が硬いって当時の監督に散々怒られて。

平日のオフはずっと柔軟に付き合わされたわぁー。


柔軟やストレッチが大切だってしっかりと理解している指導者に出会えたことが…

業の野球人生でかなりの財産になったわね。


当時の監督は萬田くんのお父様で総監督がお祖父様だったのよ。


吹雪も萬田シニアに少しの間だけどお世話になっていたんでしょ?

アップの時間がかなり長かったんじゃない?


怪我や故障は確実に避けないとならないの。

しかも自らの準備不足で招いた怪我は怠慢と言われてしまう。


プレイ中の接触に寄る怪我は…

本当はそれも避けたいわよね。


それでも事故の様に怪我をする場面はあるわよね。

塁上は特に接触が多いもの。


でも事前準備は怠っては駄目。


本当に全てのことに置いて共通して言えることだけど。

準備して備えていれば大抵のことは対処できるものよ。


萬田くんもお父様やお祖父様と同じ様にその教えをしていると思うけど。

今の内からその言葉を心に留めておくのね」


祖父は僕の隣でお手本を見せるようにして柔軟やストレッチの格好を見せてくれる。

僕も相当柔らかい方ではあるのだが…

祖父はそれ以上に柔らかく補助の必要がないほどの柔軟性の持ち主だった。


「ずっと続けていればお祖父ちゃんみたいに柔らかくなるわよ。

業は未だに柔軟をしているのかしら…?」


祖母の言葉を聞いていた母親が応えるようにして口を開いた。

襖が開いており声はしっかりと通って聞こえてくる。


「今でもお風呂上がりにしていますよ。

これだけは習慣として抜けないってよく愚痴っています」


「あら。歳を重ねると腰痛対策にも効果的だっていうし。

何も悪い習慣じゃないでしょ?

文句言わずに今後も継続しなさい。

私とお父さんだって未だに習慣として続けているんだから」


「そうだぞ。

この歳になってもまるで身体に不調がないのは柔軟を怠っていないからじゃ。

周りの爺さん婆さんの話を聞くと大変そうじゃからな。

腰痛だ膝が痛いだ。

身体に不調があるとストレスを感じるじゃろ?

つまりは寿命も縮まると同義。

吹雪の活躍ももっと見たいからの。

長生きしたいものじゃ」


「長生きしてくれ。今後も健康でいてくれよ」


父親は軽く苦笑気味で照れくさい言葉を口にすると涼し気な格好で庭の外に出ていた。


「はい。柔軟終わり。ちゃんと食休みも出来た?」


祖母の言葉に返事をすると俺はグローブを持って庭に出た。

父の実家の庭は自宅の庭と遜色ないほど広いものだった。


「守備について本格的に指導したことは無かったな。

萬田シニアでも本格的に守備につく機会も少なかった。

帝位高校では打撃中心で練習に参加しているし。

九条監督も吹雪の打撃能力を買ってくれて帝位高校野球部一軍の練習に参加させてくれているわけだ。


しかしながら高校野球では指名打者が存在しない。

これからその制度が導入されることも…近い将来では考えづらい。

ということは守備と走塁も同時並行でレベルアップしないとならない。


先程、おばあちゃんが付き合ってくれた柔軟やストレッチだが…

本当に全てのことに繋がっている大切な練習でもある。


特に内野手の守備。

遊撃手は足が速く肩が強く運動神経が良く…

投手、捕手を除けば明らかに難易度が高く要求される水準が高いポジションと言える。


運動神経が良い人は大抵身体が柔らかいものだ。

身体を想像したとおりに自由自在に動かせて可動域が広い。

故にどんな動きも出来るようになるため運動能力が向上しやすい。

言っている意味がわかるか?


動かせる身体の範囲が広ければ広いほど様々な行動が自由自在に取れる。

中々口で説明するのは難しいんだが…


そうだな…

守備の基本的な構えを元に説明するとしよう。


打球の正面に全速力で走っていく。

中腰で構えて左足が前。

前に出した左足は踵を上げておく。

左足手前方向で捕球。

同時に上げている左足の踵からつま先へと踏み込むように体重移動。

ワンステップを踏んでファーストへと送球。


口で言うと守備はワンプレイで沢山の工程が織り込まれているよな。

この一連の行動を一級品に行うためにも柔軟能力は必要不可欠。

つまり守備が上手な選手は運動能力が高いんだ。


もちろん運動能力が高ければ走塁にも活きる。

打撃能力…というよりも打撃センスに直結することもあるだろう。

無理な姿勢からでも上手に力を伝達させる事ができる。


柔軟能力=運動能力だと今は簡単に覚えておくといい。


打撃、守備、走塁。

どんな場面でも野球は身体全体を使うだろ?


バッティングでは放られる前に腰から始まり上半身と下半身でで溜めを作る。

打つ瞬間に腰を回転させるなんてよく聞く話だろ?

全力でバットを振る場合は手打ちよりも身体全体を使ったほうが飛距離が伸びるのも理解できるよな?


守備は先程言った一連の動作に加えて頭を越えるライナーが飛んできた時…

大ジャンプして捕球する場面だってある。

遊撃手にはそれぐらいのプレイを要求される。


走塁ではスライディングにヘッドスライディング。


野球の全てのプレイで必須事項なのは柔軟能力。

何度も言うようだが=運動能力だ。


話が逸れて長い話になったが…

今日は守備だったな。


まず基本形の姿勢。

中腰を完全にマスターすること。

あと先程の守備の基本形だが…

あくまで基本形だ。


超高校級の遊撃手に要求されるのはそれ以上の形だと先に伝えておく。


一塁に送球する場面が多いわけだ。

二遊間は特に守備職人が多い。

一塁にスムーズよく送球するためには送球方向に体重が移動するように捕球したほうが次の動作が楽に行える。


だがとんでもなく強い当たりが飛んでくる高校野球では理想が分かっていても実行できない場面が多い。


サード方向に強い当たりが飛んできたら逆シングルで捕球せざるを得ない場面も出てくる。

それでも打球にいち早く反応して理想を追い求める捕球を心がけること。

素早く移動して送球方向へと流れるように捕球後スロー。


海外の選手は逆シングルで捕球後…

間に合わないと判断すると身体を流されながらジャンプスロー。

なんて動画を観たことあると思う。

最終的にあれぐらいの肩力が身につけば何も言うこと無いんだがな…


それを可能にしている海外の選手と俺達は根本的に身体の作りが…

なんて話が横行しているが…

それもこれもやはり柔軟で解決できると俺は信じている。


筋力が沢山ついて身体が異常に柔らかく運動能力が向上したら…

そんなプレイも可能な遊撃手になるだろう。


そんな選手になったら…

吹雪…お前は世界的なスーパースター選手になる。

いつか…必ず…お前が遊撃手として試合を支配する独壇場になる。


今の内から一つ一つ完璧にマスターしていこう。

何一つ怠るな。


お前なら必ず出来る。


では初めは股割りの要領で基本形を学んでいこう」


そこから俺と父親は広い庭で股割りの練習をしばらく続けているのであった。






「今まで聞いてきませんでしたが…

お父さんはどうして業に野球を習わせようと思ったんですか?」


「ん?本音をいうと恥ずかしい理由なんだ…」


「なんです?この歳になって恥ずかしいも何も無いでしょ」


「そうだな…

俺は大人になって暫く経つまで友人や仲間っていう存在がいなかった。

いなかったと言うよりもむしろ必要ないって信じて疑わなかったんだ。

職に就いた俺は一人で黙々と作業に打ち込む職業だったしな。


だがな…業が生まれて考えが真逆に変わったんだ。


今では沢山の付き合いがある近所の連中が…

当時未熟者だった俺達を何度も助けてくれた。


もちろんしてもらったことは返そうと努力した結果…

俺達には沢山の仲間や友人と言える存在が出来たよな。


人生で沢山の友人や仲間がいるというのは財産だ…

って考え方が一変した。


困った時は助け合う。

手を差し伸べてくれた存在にはこちらも手を差し伸べる。

こちらから手を差し伸べれば相手もこちらが困った時に手を差し伸ばしてくれる。

そういう循環で人間関係は円滑に進み世界は今日も回っているんだって…

大分大人になってやっと気づけたんだ。


それを幼い頃から理解できていたら…

どれだけ人生が楽しかったか…

同時にそんな後悔をした。


だから業には幼い内から沢山の同級生に囲まれてほしいって願ったんだ。

平日の学校生活でも休日の何かしらの場面でも。


本当言うとどんな習い事でも良かったんだ。

チームスポーツであるならば…

本当に何でも。


ただたまたま業が野球に興味を示したに過ぎない。


だが結果は俺が願った通りにいかなかった。

仲間や友人を作るよりも業は自らの成長に貪欲な選手だった。


特に中学で萬田シニアに入ってからは…

一気に真剣に野球にのめり込んだ。


まるで真剣勝負という世界に魅了されてしまった魔物のようだと思ったよ。


高校、プロ、メジャー。

結局業を完全に理解してくれる仲間や友人はメジャーにしかいなかっただろう。

業も仲間や友人を理解していたように思える。

同じレベルや領域に到達した者同士しか分かり合えなかったのだろうな。


最後にそういう存在と出会ってくれたことは本当に嬉しく思う。


もしかしたら…業は仲間の元に帰りたいと思っているのかもな…

なんて思ってしまう時もある…」


「ふふっ。同じレベルや領域に達している仲間や友人と一緒に過ごしたい?

きっとそういう感情も無いことは無いでしょう。


でもお父さん言っていたじゃない。

帝位高校のグラウンドで破竹の快進撃を繰り広げている吹雪の姿を見たんでしょ?


だから業も大丈夫よ。

今、業の隣には自分を理解してくれて自分も吹雪を完全に理解している。


そんな最高のパートナーが直ぐ側にいつでもいるんだから。

本当に良い親子だわ」


「そうか…息子や孫の楽しげな姿を見られるのは本当に幸せなことだな」






暑い日差しが全力で俺達を照らしている。

長時間に渡る股割りの練習はキツく今にも弱音が漏れそうだった。

体中から汗が滴っておりシャツはぐしょ濡れ状態だった。

今すぐに冷たいプールに飛び込みたい気分だった。


「あと一往復」


庭の端から端まで股割り移動を行っている。

中腰の姿勢が崩れぬように父親は後ろから補助に入ってくれていた。


同じ様に汗を流す父の存在に気付いた俺は弱音を吐くこと無く最後の一往復に向かった。


だが…父親のスマホに急に着信音が流れた。

画面を確認した父は俺に一言告げると庭の桜の樹の下まで向かって通話を繋げたようだった。


課せられた課題を全うするために俺は股割り移動を最後まで行った。

縁側に向かう途中で父の声が微かに聞こえてきて…


「英語…?」


聞き馴染みのない言語が聞こえてきたが俺はとにかく今は水分補給に向かった。

母親が持ってきてくれた経口補水液でしっかりと水分補給を行っていると…


「スイカでも食べなー」


祖母が切り分けてくれたスイカを持ってきてくれる。

お盆の脇には塩が盛られておりそれを付けて食べろという事だと簡単に想像する。


「スイカは糖分と水分を取れるからねー。

塩をつけることによって塩分も補えるわよ。

沢山汗かいたんだから塩分も取らないと駄目よ。

とにかく今は縁側の日陰で涼みなさい。

替えのシャツとタオルも持ってくるから。

とりあえず食べておきなさい」


祖母の有り難い厚意に感謝を告げると俺は縁側の木陰で涼みながらスイカを食べていた。

何やら笑顔で楽しげに会話をしている父親のことを眺めながら…





しばらくして祖母が替えのシャツと冷たく濡れたタオルを持ってきてくれる。

感謝を告げるとシャツを脱いで頭から上半身にかけて丁寧に拭いていく。

気持ち良い涼しさが全身を駆け巡っているようだった。

シャツを着替えると祖母にタオルとシャツを手渡した。


「ありがとうね」


「良いってことよ。業は電話?」


「うん。何か英語?で話していたよ」


「………そう。友人からかな」


「友人?海外にいるの?」


「ふふっ。吹雪が生まれる前にちょっとね」


「そうなんだ。萬田シニアの選手にも何か色々と言われたっけ。

自分の父親が何者か知らないのか?

って…どういう意味なんだろうね」


「今は知らなくてもいいんじゃない?いつか自然と知る機会が来るわよ」


「そうなの?じゃあ良いか」


「そうね。それで良いのよ」


祖母はそれだけ言い残すと洗濯するのかお風呂場の方へと姿を消していくのであった。






「お父さんが英語で電話しているって?」


祖母と代わるように母親がやってきて俺は頷いて応えた。


「ふぅ~ん…」


「なんか浮かない声?」


「そんなこと無いわよ」


「そう?お母さんもスイカ食べる?」


「ん?もう飽きちゃった?」


「そんなこと無い。全部食べたいぐらいだけど…流石にお腹下しそうだから」


「この後も特訓するんでしょ?汗として全部流れちゃうわよ」


「そんなわけ…」


「とにかく凄い暑さなんだから。こまめに水分補給しないと倒れるわよ」


「そうだね。でも父さんに言ってよ。メニュー決めるの父さんなんだから」


「ははっ。そうね。じゃあお父さんが戻ってくるまで私もここにいようかな」


「うん…」


そこから僕と母親は無言のまま父親の姿を眺めて過ごしていたのであった。






しばらくして父は通話を終えたのかスマホをポケットにしまってこちらに向かってくる。


「どなただったの?」


母親は父親に探りをいれるようにして口を開く。

子供ながらに有無を言わさずに電話の相手を報告してもらう姿勢だと思った。


「ケインだった…」


「ケイン?珍しいわね。何だって?」


「いや…バカンスに入ったそうで…こっちに来ているそうだ」


「へぇ。それで?」


「会って話さないかって」


「うんうん。業さんはなんて答えたの?」


「息子の指導で忙しいって言った」


「そうしたら?」


「何処にいるか聞かれて」


「そう。それで?」


「住所を知りたいって言われた」


「伝えたの?」


「うん」


「今から来るって?」


それに頷く父親を見た母親は目に見えるほど大きく嘆息する。


「そういうことはすぐに報告してください。

ケインが来るなら今日の夕食はBBQにしないとなんですから」


「すまない」


「困った時は言葉足らずになるの…昔から悪い癖ですよ?

自分で処理できないことは何でも報告してください。

一緒になって解決策を考えるんですから。

早く報告してもらえればすぐに考えられますし…

沢山考える時間が増えるんです。

分かってもらえましたか?」


それに頷く父親は少しだけ照れくさそうにはにかんでいた。


「では私とお義母さんでお肉屋さんに行ってきますね。

沢山お肉を買ってきますから。

それにケインを歓迎するためにお酒も沢山必要ですね。

懐かしい再会なんです。

楽しみですね」


微笑んで頷く父を確認すると母は祖母と共に車に乗り込み買い出しに向かうようだった。


「ケインって?」


当然の疑問を父親に投げかけてみると今まで見たことのない表情を浮かべていた。

少年のような弾ける笑顔には邪気が一ミリも混ざっていない。


「元チームメイトで…仲間であり友人であり戦友だ」


「萬田監督や蒲田コーチと一緒?」


「いいや。あいつらは同じシニア出身同じ高校出身の元チームメイトだ」


「ん?じゃあケインって人は何処で一緒だったの?」


「あぁー…まぁ何でも良いだろ。

多少はこっちの言葉もわかるやつだから。

是非話してみると良い。

気さくな上に頭が良くて会話が上手なやつだ。

きっと吹雪とも意気投合する」


「そっか。もうすぐ来るの?」


「あぁ。今空港でタクシーに乗ったそうだ。あと一時間もしない内に来るだろう」


「お祖父ちゃんに言わないでいいの?」


「母さんが伝えただろ」


「そう。練習の続きは?」


「ケインが来てからにしよう。スイングを見てもらいなさい」


「え?守備練習は終わり?」


「あぁ。ケインは捕手が専門でな。

大人になるまでの過程で全てのポジションを経験してきたそうだが。

捕手が一番性に合ったそうだ」


「そうなんだ。じゃあ配球のこととか捕手の思考とか参考にさせてもらおうかな」


「いいや。やめたほうが良い。

あいつと同じレベルに達している捕手がこの世界にどれだけいるか…

帝位高校の練習に参加している内は知らなくて良い世界だ」


「そう?父さんが言うなら…」


俺は高みを目指すことをずっと続けてきた。

偶然やタイミングが重なって何段階も上の高みでプレイできている現状だ。


小学生の身でありながら高校生とプレイできている。


自らで高みにいる存在に近づこうと努力した結果も少しは影響しているはずだ。


今回もケインなる人物の思考能力を参考にして高みを目指そうと思っていたのだが…

初めて父親に高みを目指す行動を止められた。


何故だろうか。

しかしながら今の俺にはまだその理由がわからないままなのであった。






一時間もしない内に父親の実家の前に一台のタクシーが止まる。

車内からかなり大柄な男性が降りてきてタクシーは去っていく。


門の前で立ち尽くしている男性に気付いた父親は庭を抜けていく。

大きな声で挨拶を交わしている二人は一度家の中へと入っていき…

祖父に挨拶をしているのか賑やかな話し声が聞こえてきて…

しばらくすると父とケインと思われる人物は庭にやってくる。


「ふぅーん。これが業の息子か?」


「あぁ。まだ七歳だ」


「ははっ!かなり大きんじゃないか!?」


「まぁな。こっちでは有名な高校の野球部の練習に参加している。

そっちでも名が上がっている梅田と仙道がいる高校だ」


「おぉ!帝位で練習しているのか!凄いじゃないか!

まさか梅田と仙道から打った!

なんてジョークは言わないだろ?」


「………ジョークではない」


「またまた!証拠が無ければ信じないぜ?

業を疑うわけじゃないが…

あり得ない。

メジャーでも注目されている梅田と仙道から打った?

ジョークにしてもナンセンスすぎるだろ」


「証拠があったら信じるのか?」


「もちろん。その時は息子に対する態度も改めて今までの無礼を詫びよう」


「ふっ。じゃあスコアと動画があるが…」


「真実であるならばどっちも見せてくれ」


「今から苦しそうに謝罪する姿を楽しみにしておく」


「ふっ。ジョークだった場合はビール一本奢りな」


「もちろんだ。当然そっちもその条件を呑むんだろ?」


「当たり前さ」


父親とケインは長年の友人のようなやり取りを繰り広げていた。

仲の良い友人に再会できて父親もはしゃいでいるようだった。


タブレットを家の中から持ってきた父親は動画を再生してケインに手渡す。

スマホには先日の打撃練習のスコアを表示させているのか。

それも同時に手渡した。


しばらく動画を観ていたケインだった。

彼は驚きのあまり絶句した表情を浮かべている。

表情豊かな驚きの表情を目にしていた父親はクスクスと笑っているようだった。


スマホもタブレットも返却したケインは早速俺に頭を下げてくる。


「申し訳ない。子どもと侮った態度を取った。

君の名前を教えてください」


「神田吹雪です。初めまして」


「吹雪。その名前をしっかりと覚えておきます。

良ければスイングを間近で見させて貰ってもいいですか?」


「はい」


そうして俺は左打ちの全力の素振りを数回見せる。


「なるほど。右はどうです?出来ますか?」


「はい」


同じ様に右打ちの全力の素振りを数回見せる。


するとケインは何か悩んだ表情を浮かべて左手で額を抑えていた。

父は思惑が成功した様ないたずらが成功したような表情を浮かべていた。


「ありがとう。よく分かりました」


ケインは俺にお礼を告げたあと父親と相対していた。

そこから二人は俺のわからない言語で何やらやり取りを行っていて…

除け者にされた俺は少し離れて素振りの続きをして過ごすのであった。







「まずいぞ業!七歳でこんなスイングをする化け物を育てあげるだなんて!

このままの勢いで成長してしまうと…

必ずメジャーの目に留まる。


プロを経由して25歳を超えて契約を結ぶのか…

それともいきなりメジャー挑戦するのか…


完全にまだ気が早い話だが…

それまでにルールの改定がある可能性もあるしな…


とにかくこんな剥き出しの才能を見逃してくれるほど…

世界は甘くないぞ。


分かっていると思うが…

今の内から覚悟を固めておくことをおすすめするよ」


思わず言語を英語に切り替えて助言をするケインだった。

きっと吹雪には伝えたくなかったのだろう。

何一つとして悟られたくなかったはずだ。

それを理解した俺は頷いて応えるのであった。






夕飯は庭でBBQだった。

父と同じぐらいの高身長に加えて体つきも負けず劣らず大きなケインは…

父と同じぐらい大食いだった。

俺も負けないようにと食トレを頭に入れて食事会を楽しんだ。



両親と祖父母を交えて五人は楽しげな会話を繰り広げていた。


何やら俺が生まれる前の話で盛り上がっているようで…

俺は会話に飽きてしまい風呂に入ると柔軟を行って早々に眠りについてしまうのであった。




明日も父親と守備特訓に励もうと…

眠りにつく前から楽しみで仕方なかったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る