第12話次のステージへと…!

平日の秘密特訓は一時中断されていた。

その間、僕は自宅にて父親に打撃フォーム改善の指導を受けていた。

もちろん強打者へと変更するようなフォーム変更の特訓だった。


九条監督が秘密特訓に見学に来たあの日から数日が経過していた。

僕は少しばかり先の心配をしていたのだが…

父親はそうでもない様で…


現在は金曜日の夕方だった。

自宅の庭にて素振りをしていると唐突にチャイムが鳴り響いた。

父親は来客の正体が分かっているようで…

庭から家の中に入ると母親とともに玄関へと向かっていた。


母親は本日、豪勢な料理を作っており俺は一人で浮かれていた。

しかし…

どうやら来客のために普段以上に豪華な料理を作っていたようで…


「吹雪。月曜日ぶりだな」


庭に顔を出したのは萬田監督と蒲田コーチだった。

普段のユニフォーム姿ではなく私服で現れた二人に行儀よく挨拶をする。


「フォーム改善は上手くいっているか?」


あんな出来事があったというのに萬田監督は俺に柔和な笑みを浮かべて接してくれる。

どうにか返事をして応えると萬田監督は嬉しそうな表情を浮かべる。


「少し見せてくれないか?」


返事をして構えを取るとそのまま父親に指導された通りにバットを振って見せる。

それを見ていた萬田監督と蒲田コーチは少しだけ言葉を失っているようだった。


「まるで…あの頃の神田さんを見ているようだな…」


「そうですね…これを見てしまったら…僕らも覚悟を決めるべきです」


二人は何やら話し合いをしていたが再び庭に顔を出した父親に呼ばれて僕らはリビングに向かうのであった。






母親の作った豪勢な料理がテーブルの上に幾つも並んでいる。

僕らは皆で食卓を囲んでいた。


「萬田くん蒲田くん。お久しぶり。

あの頃のように沢山食べていってね?

二人の好物も忘れていないんだから」


母親は柔和な笑みを浮かべて二人と向き合っていた。


「星奈さん…お久しぶりです。挨拶が遅くなったことを申し訳なく思います…」


「堅苦しいやり取りはやめましょう。あの頃の様に接してほしいわ」


「………はい…」


萬田監督は普段見せない顔を見せていて…

蒲田コーチは非常に苦々しい表情を浮かべている。


「萬田さん…やめてください。

おじさんが恋する乙女みたいな顔しないでくださいよ…」


「ふふっ。萬田くんは昔から私のファンだもんね?」


「あ…はい!今でもファンです!」


「吹雪が見ていますよ?指導者として恥ずかしくないんですか?」


「蒲田よ…

たまには俺も昔に戻りたいと…

ノスタルジックな感情に苛まれたりするんだ。

指導者だって一人の人間だ…

仕方ないだろ?

過去は異常に美しく感じるものだ…」


三人は俺と父親をそっちのけで仲よさげなやり取りを繰り返していて…

俺と父親は視線を合わせていた。

父親は明らかに苦笑の表情を浮かべて…

萬田監督がお土産として持参した高級酒に口をつけていた。


「早速食事の時間としましょう。大事な話があるみたいだけど…

それは楽しい食事が終わった後にしましょうね?」


母親の言葉を受けて僕らは早速食事に手を付けていくのであった。






楽しげな食事の時間が長いこと続いていた。

大人たちはお酒を飲みながら普段以上に砕けた口調で言葉を交わしていた。


「夏の大会予選で…神田さんを押し退けて…

一回戦目を俺に投げさせろって言ったの覚えているか?」


「あの時の蒲田はかなり天狗で生意気だったからな」


「やめてくださいよ…あの日は朝から調子が良くて…

絶対に完封できるって思ったんですよ」


「その結果が一回から3点ビハインドの状況を作り上げたと」


「結局神田さんに頼って…

そこからはランナーを一人も出さないで抑えてもらってな」


「もしも打線が爆発しなかったら…

俺は三年生最後の大会をぶち壊した戦犯になるところでした」


「まぁ監督もコールド勝ち出来るって予想していたから。

だから当時一年生の蒲田の心意気を勝ったんだろ。

一年で唯一のベンチ入りメンバーだったしな。

経験を積ませたかったはずだ」


「結果的にあの日…蒲田が投げたことによって覚醒に至ったわけだし。

翌年にはエースナンバーを付けて俺達を何度も助けてくれたよな」


「そう言って頂けるのは嬉しい限りですが…

俺はあの日の登板で現状の自らの限界に気づけたんですよ。

だから必死で藻掻きました。

天狗になっていた長い鼻を相手チームの打線と神田さんにポッキリと折られたんです。

あの経験が無ければ…

俺はずっと勘違いを続けていたと思います」


「ははっ。殊勝な発言だ。あの頃の蒲田を知っている俺等からしたら…

不気味で気持ち悪い限りだな。

今ではすっかり丸くなってしまったな。

シニアの選手たちにも親しみやすいコーチとして頼られている」


「萬田さんが俺に任せる機会が多いからですよ。

子供達は…特にレギュラーメンバーではない子らは俺を頼る様になって…

嬉しいですが…

そういう選手たちの誰かに遠慮する心とか気持ちを…

帝位高校のスカウトに見られていたのかもしれません。

だから…あの日…あんな発言をされてしまったのでは…

なんてここ数日…指導者としての自分を責めました…」


蒲田コーチは徐々に話題をスライドさせていき…

そろそろ本題に入ろうとしていた。

大人たちは覚悟を決めたような表情になり…

その後、口火を切ったのは萬田監督だった。


「俺と蒲田で相談した結果を話します。


九条監督に言われて思い当たるところが幾つもあったかのように思います。


それに萬田シニアでは吹雪の成長が止まってしまう。

それは絶対に避けたい。


僕らも未来で世界的に活躍する吹雪の姿を望んでいます。


小学生が帝位高校一軍と混じって練習が出来るなんて…

前代未聞であり得ないことが起きています。


現状のチームを全力で育てたいはずの帝位高校が吹雪を一軍の練習に混ぜると言っているんですよ?

これをどの様に捉えますか?


僕らが思うに…

吹雪の実力を正当に評価していると思うんです。


本気の神田さんとの一打席勝負を思い出してください。

吹雪は最後の球をバットに掠めたんですよ。

神田さんの豪速球を…


どれだけの球速だったか測ってはいませんでしたが…

僕らが思うに150km/hを超えていたと思います。


キャッチャーミットに収まった時の轟音からして…

それ以上の球速も予想されました。


それをバットに掠めるだなんて…


マシンではない生きた球でそれが出来るなんて…

小学生とは思えない実力です。


今の内から吹雪という異質な人間を練習に参加させて…

帝位高校野球部メンバーのやる気を根底から向上させることも視野に入れているのでしょう。


小学生の吹雪に負けないようにと…

九条監督が毎年掲げている切磋琢磨を文字通り実行しようとしているのでしょう。


吹雪が練習に参加するようになった帝位高校は…

信じられないほど強いチームになると思います。


ですから…俺達はそれを応援したいと思います。


俺達が吹雪や神田さんの邪魔や荷物になってはいけない。

だから俺達のことは気にせずに…

九条監督にいい返事をしてください。


俺達の知らないその先で吹雪が活躍することを陰ながら願っています」


萬田監督は時々涙ながらに言葉を口にしていき…

悔しさだったり誇らしさだったりと言った複雑な感情を携えていたように思う。

父親は話を最後まで聞くと一つ頷いて二人に感謝の言葉を口にする。


「ありがとう。二人が…萬田シニアの人間が吹雪を歓迎してくれたから…

今のような状況が出来上がったんだ。


不器用な俺達親子を受け入れてくれた萬田シニアが無かったら…

吹雪は高校生になるまで無名な選手として俺と二人で野球の練習をしていたことだろう。


二人には…萬田シニアには感謝してもしきれない。

裏切り行為のような不義理をする俺達親子を許してくれ。


お前たちのお陰で吹雪は…俺達親子は救われたんだ。

本当にありがとう…。


優しさを無下にするようだが…

俺達親子は帝位高校の練習に参加すると返事をする。


勝手をして本当に申し訳ない…


散々貶して詰ってくれて構わない…

それぐらいのことをしたと思っている…


何度も謝罪をするようだが…

申し訳ない」


父親の決別の言葉を耳にした萬田監督と蒲田コーチは何処か晴れやかな表情で僕たち親子を眺めていた。


「これで最後ってわけじゃないでしょ?

萬田シニアに所属していなくても…

二人はいつでもここに来て良いんだから。

でしょ?

付き合いが終わるわけじゃない。

今日みたいにいつでも来ればいいの。

だから皆んなでそんな顔しない。

分かったわね?」


母親が話しをまとめるように締めるようにして柔和な笑みを浮かべて口を開く。

それに釣られるようにしてその場の全員の表情は段々と明るくなっていく。


そうして二人が帰宅すると父親は帝位高校監督の九条に電話を入れるのであった。



小学生・シニアリーグ編 終了。









学校が夏休みに入った。

僕と父親は帝位高校一軍専用グラウンドを訪れていた。

本日より僕は帝位高校野球部の練習に参加することになっている。

グラウンドに入ると事情を聞かされていた部員がぞろぞろと僕らの下へとやって来る。


「神田選手!こんにちは!」


数々の高校生が父に挨拶をして…

ついでに俺に視線を送ってくる。

だがその視線は歓迎するようなものではない。

世間知らずで身の程知らずのガキを蔑むような視線だと思われた。

もしくは僕の選手としての能力を値踏みしているようにも思える。


「神田選手が指導者に加わってくれるとのことで!

僕たち選手は沢山のことを学び吸収したく思っております!

本日よりどうぞ宜しくお願い致します!」


帽子を取って挨拶をする一軍メンバーに父親は軽く挨拶をして応えていた。


「吹雪。適当にアップしてきなさい。九条監督が来たらすぐに練習が始まるだろう」


それに返事をして俺は外野へと向かう。

九条監督が訪れるまでにアップを完璧にしておくのであった。







「集合!」


九条監督がグラウンドを訪れるとキャプテンと思われる男性が声を掛けて選手を集める。


「今日から神田選手とその息子が練習に参加する。

投手陣は今から神田さんに指導してもらうように。

では神田さん。後はお願いします」


「分かった。では投手陣は一度グラウンドの外に集合」


「「「「はい!」」」」


父親と一軍投手陣がグラウンドの外に向かうと九条監督の様子は激変する。


「夏の全国大会出場が決定している我が帝位高校野球部に…

恐れ知らずにも練習に参加したいと申し出た身の程知らずの小学生がいる!


一軍メンバーの練習についてこられるのか!?

一軍メンバーの練習相手足り得るのか!?


そう疑問に感じている部員だらけだろう!


そこで五軍から二軍までの希望者を募った!


小学一年生の神田吹雪を実践形式の勝負で打ち負かした投手はランクアップを約束すると!


ではそんな闘志溢れる希望者を紹介する!

入ってこい!


自分の名前と所属。

最大球速と球種。

何処に配属希望か。


初対戦の小学生相手だ。

公平な勝負をするためにしっかりと伝えなさい!」


九条監督の演技掛かった演説風の言葉に選手たちは目の色を変えて…

まさに捕食者のような目つきをしている。

俺を全力で食わんばかりに今か今かと虎視眈々に構えているようだった。


「はい!五軍一年投手斎藤です!

最大球速は135km/h!

球種はスライダー、カットボール、チェンジアップです!

この勝負に勝利した際は四軍へのラックアップを希望します!」


「次の投手!」


「はい!四軍一年生投手海田です!

最大球速は140km/h!

球種はツーシーム、シュート、スローカーブです!

この勝負に勝利した際は三軍へのランクアップを希望します!」


「次の投手!」


「はい!三軍一年生投手椚くぬぎです!

最大球速は143km/h!

球種はスライダー、シュート、フォーク、シンカーです!

この勝負に勝利した際は一軍へと二段階のジャンプアップを希望します!」


「次の投手!」


「はい!二軍二年生投手烏田からすだです!

最大球速は150km/h!

球種はツーシーム、スライダー、カットボール、フォーク、チェンジアップです!

この勝負に勝利した際は一軍ベンチ入り投手に戻ることを希望します!」


「ということで吹雪くん。

君にはこれから四人の希望者と一人につき三打席から一打席の真剣勝負をしてもらう。


一打席で勝敗がくっきりと分かれた場合は即終了のコールをする。

すぐにわからなければ最大三打席勝負だ。


彼らは高校生で五軍から二軍の選手だが…

それでも帝位高校の投手を任されている逸材だ。


帝位高校に投手志望で入ってきた一年生の大概の選手が外野手にコンバートされる。


それぐらい帝位高校で投手を務めている選手は逸材で限られた狭き試練を突破した一流の選手だ!


正直に言えば帝位高校に入学しなければどの投手も今頃エースナンバーを貰っていることだろう!


そんな高校生として一流の投手と戦うわけだが…

それに加えて守備は帝位高校レギュラーに努めてもらう。


はっきりと言っておくが…

シニアリーグでは抜ける当たりもこいつらが守ったら抜けないと断言しておく。


さて、吹雪くんにばかり不安を煽るような言葉を投げかけていては公平ではないだろう。


お前らもよく聞け!


ここにいる神田吹雪は小学一年生にして萬田シニア専用球場でホームランを打っている!


しかもバッティング練習でではない!


練習試合に代打で起用されライトスタンドにホームランを打っているのだ!


はっきりと言っておく!

そこら辺の打者と一緒にするな!

小学生と侮るな!

好打者や強打者と相対していると思え!


ではまぁ…こんなもんだな。

早速レギュラー陣は守備につけ!

希望者は準備が出来ているな!?


では斎藤から順に…勝負開始!」



九条監督の演説のようなミィーティングが終了すると選手たちは怒号の様な唸りを上げて守備につく。


僕はバットに重りを付けて素振りを数回行うと重りを外した。

そのまま左打席へと移動していく。

数球だけ投球練習を行っている選手のクセなどを掴もうと努めて…


僕らの対戦は始まったのであった。





五軍一年生投手の斎藤は少しだけ焦りの含んだ表情でマウンドに立つ。

投球モーションに入った彼は明らかに高く外れたボール球を投げる。

完全に制球難に苦しんでいるように思える。


「おい!ちゃんと入れろ!要求した場所に掠ってもいねぇぞ!」


捕手は怒気溢れるような口調で力任せに投手へと返球する。

だが捕手の返球は投手の胸元へと矢のような速度で返っていた。


「こうやって狙った場所に投げるんだよ!

キャッチボールを適当に疎かにやっているから制球力が身につかないんだ!

しっかりと意識の根底から塗り替えろ!」


「はい!すみません!」


一年投手の斎藤は帽子を取って謝罪の言葉を口にする。

捕手の言葉は乱暴そのものだったが…

それよりも野手の静まり返った状況が逆に不気味に感じてしまう。


二球目の投球モーションに入った斎藤は先程とは違いしっかりとした制球力で投球する。


だが…

制球に意識を向けすぎた斎藤のスライダーは…

まるでクサイところに放られず打ち頃のコースに入ってくる。


俺はそれを見逃すわけもなく。

振り抜いたバットの真芯を捉えた球は右中間へと勢いよく飛んでいく。


右中間の深い場所に飛んでいった打球はフェンスに直撃する。


「二塁打…又は三塁打だな。対戦終了」


九条監督のコールにより一年生投手斎藤との対戦は終了する。

だが…話はそこで終わってくれない。


「おい!なんだ今の棒球!打ってくださいって言っているみたいだったぞ!

もっとパワーのある相手だったら確実に入れていた!


これが大事な場面での投球だったらどう責任取るつもりだ!?

もっと明確なイメージを持ってマウンドに立て!


これでは勝負以前の問題だぞ!


五軍で何を教わり何を感じてプレイしているんだ!

しっかりしろ!」


捕手の厳しい言葉を受けた斎藤は帽子を取って謝罪の言葉を口にしようとして…


「謝罪はいらない。お前が一軍に上がるのに後二年も時間はないんだぞ?

こんな所で躓いていたらずっと五軍のままだ。

最後の大会で自分がベンチに入れなかったらともっと焦ったほうが良い。

幾つも年下の小学生に帝位高校投手が負けるなんてあってはならない。

今後は意識を切り替えて励むように」


遊撃手を務めている帝位高校の選手が口を開き…

齋藤投手は目一杯大きな声で返事をするとマウンドを降りた。


「では次の投手!四軍一年海田!」


「はい!よろしくお願いします!」


四軍一年生投手海田はマウンドに上がると数球の投球練習をする。

明らかに萬田シニアエース山口悟よりも好投手の彼らを相手にする喜びを全身で感じながら…

俺は再び打席に立つ。





海田投手の一球目。

狙ったわけではないだろうが思わず当たってしまうようなインコースすれすれに速球が差し込まれる。

審判はボールを宣言したが…


「しっかりと差し込めるならストライクゾーンに入れろ!

相手が当てられてビビるような打者だと高を括るな!」


「はい!」


海田は帽子を取って返事をすると二球目に入る。


先程とまるで同じコースに二球目が放られていたが…

これはシュートだと縫い目の回転の仕方が印象的ですぐに理解していた。


捕手のリードを読めるほど…

まだ僕は今座っている捕手の性格を理解していない。


ただし…今の一球で彼の性格の悪さを瞬時に理解した。


インコースギリギリのストライクゾーンに入るその球を…

俺は肘をきれいに畳んでライト方向へと引っ張った。


鋭い当たりがライトのライン上を駆けていく。


「単打、又は二塁打。対戦終了」


九条監督の無慈悲なコールに海田は帽子を取るとマウンドを降りる。

先程と同じであれば正捕手に厳しい言葉を投げかけられる場面だ。

だが…


「おい!真鍋!お前のリードが読まれたんだろうが!

初球の印象が残っている所で再び同じコースにシュートだ!?


打者は海田の制球力の良さを分かっていたんだろ!

二球目も同じコースに投げられるんだ!

同じ様にストレートなわけが無い!


中に入ってくるってモロバレなんだよ!

単調な配球してんじゃねぇぞ!


今の勝負は海田が負けたんじゃねぇ!

お前の性格の悪さとリードを完全に読まれたんだ!

すぐに修正しろ!」


セカンドを守る選手が大きな声を張り上げて正捕手の慢心を注意していた。


「次の打席では修正します!」


正捕手もしっかりと返事をすると再びマスクを被る。


「では次の投手!三軍一年椚!」


椚が代わるようにマウンドに向かっている最中…


「おい…俺のリードを読んだのか?」


正捕手に声を掛けられた俺は無言で頷いて見せる。


「そうか…侮るのはやめる。すまなかった」


謝罪してくる正捕手に思わず頷いて応えると…

俺は再び集中して打席に立つ。





椚は数球の投球練習を終える。


一球目の投球モーションに入った椚は…

ダイナミックな投げ方で気迫溢れる投球をする。


アウトローのギリギリにストレートが放られて…

俺は思わず見送っていた。


審判がストライクをコールして俺は多少驚いていた。

確かにストライクに入っているようにも思えるが…

俺の選球眼だとボールに思われた。


椚は中学生投手とはレベルが別次元だと悟ってしまう。

意識を切り替える為に一度打席の外に出る。

深呼吸して意識を集中させる。


「ナイスボールだ!コースギリギリだったし球も走っている!

今のなら簡単には打たれないぞ!」


正捕手は返球をしながら投手を称賛する言葉を投げていた。

それと同時に俺を煽っているようにも思える。

心の中で静かな闘志に熱い炎を灯していると…


「よく見た。審判によってはボールだ。

お前が好打者だから今の球を見逃せたんだ。

俺が打者でも見逃す。

だがな…審判が味方についているバッテリーが…

捕手が思うことは何だと思う?」


正捕手は俺を惑わすような言葉を口にして揺さぶりをかけているようだった。


椚は二球目の投球モーションに入る。

再びアウトコースに球が放られて…

回転が少ないこの球はフォークだった。


先程と同じアウトコースギリギリ…

高さとしては打者の腰元辺りに放られたフォークに手を出さず…

ストンと急激に落ちたフォークボールを上手に捕球する正捕手。

一球目と全く同じ所に放られた球を見た審判は当然のようにストライクをコールする。


「良いぞ!ナイスボール!打ち取れるぞ!」


椚に返球をしながら再び褒める言葉を口にする正捕手。

明らかに調子が上向いていっている椚投手。

審判を完全に味方につけている正捕手のいやらしい配球。


このままでは俺の負けになる可能性が高い。

少しの焦りを感じながら再び構える態勢を取る。


「本当に良い打者だな。煽られて手を出してくれると思ったんだがな…

今のフォークに手を出しても一球目の印象から様々な迷いが生じる。

運良く当てても内野フライか良くて外野の定位置にしか運べないだろう。

さて…次はどうするかな…

お前をどう仕留めようか…」


正捕手の揺さぶりや煽りを少しだけうざったく感じながら…

しかしながら俺は自分ができる精一杯のことを全力でやり切るつもりだった。


ふっと萬田監督の配球センスを思い出す。

しかしながら現在の捕手は萬田監督の様に優しくない。

そして性格が悪い。

それが理解できた俺は再びアウトコースに放られると理解していた。

放られる球種は左打者から逃げていくシンカーだ。


放られたら右足を踏み込み…

明らかにボール球へと逃げていくシンカーを捉えるか…

又はカット打ちしなければならない。


だがカット打ちするのはあまりおすすめできないと自らの思考に否定の言葉が浮かんでいた。


何故ならばカウントは明らかにバッテリー有利。

この後も性格の悪い捕手のリードは絶対に甘くならない。

俺を確実に仕留める配球を続けるだろう。


椚投手の制球力は一級品だ。

捕手が要求した所に確実に放ってくるだろう。


捕手のリードが薄く透けたこの球を仕留めるしか俺の勝利への道は見えない。

それを理解した俺は決意する。

確実にこの球で仕留めて勝利すると。



椚の放った球は二球目と同じコースに投げられる。

しかしながら手元にやってきた頃…

急激に変化して角度を付けて沈むように左打者から逃げていく。


目一杯に踏み込んで…

ミートポイントを多少前に設定した。

バットを振り出して捉える瞬間にレフト方向へと流すように…

バットコントロールを重視して振る。


気持ちよく芯を捉えた打球はサードの頭を鋭い当たりで越えていく。

ジャンプをしたサードだがグラブにギリギリ掠らずにレフト線上へ打球は勢いよく駆けていく。

フェアを宣言した審判のコールを耳にした九条監督はそこで口を開く。


「椚。惜しかったと言っておく。打者のほうが何枚か上手だったな。

こういう打者はこれからも出てくる。


最後のシンカーも良かった。

コース、変化量共に申し分ないだろう。


殆どの打者は空振りして三振で倒れた場面だ。

良くてカットしてファールだ。

まだ勝負は続いていただろう。


だが…シンカーだと読まれた。

捕手の真鍋の配球も悪くない。

それで良かったはずなんだがな…


だが相手が好打者だった。

お前らの完敗だが…

急造のバッテリーにしてはよく戦った。


椚の希望は一軍へとジャンプアップだったが…

敗北した限りその希望には添えない。


だが…二軍へと昇格とする!


次の投手!二軍二年投手烏田!」


烏田は返事をするとマウンドへと上がる。

軽い投球練習だったが…

今まで対戦した投手より明らかに球速が速い。

素振りをして幾度となくタイミングを測ると対戦が始まろうとしていた。




「ここまでよくやった。想像以上だった。

だが烏田が相手なのは…なんというか不憫だ。


やつは春の大会では10番を付けていた投手だ。

一個のミスを監督に指摘されて二軍に降ろされた。


今年の秋はエース候補として一軍で投げる。

そんな好投手だ。


小学生のお前には荷が重すぎる。

残念だったな…


お前の周りに烏田以上の速球を投げる人がいてくれたらな…

もしかしたらがあったかもしれないのに…


この勝負で負けたとしても俺達一軍レギュラー陣はお前を認め歓迎すると約束しよう」


正捕手の真鍋に賛辞を送られた俺だったが…

そんな言葉は耳に入ってきてはいたが…

ただの音としてすり抜けていたことだろう。


今まさに俺は…

左投げの父親と対戦したあの日と同じぐらい集中している。


極限状態の集中の中で…

この投手から絶対に打つことをイメージする。


どの様に打ち崩すか…

相手の能力を推し量っていた。





一球目が放られる。

烏田、真鍋バッテリーの強気な挑戦状が投げつけられる。

ど真ん中に豪速球が投げ込まれていた。


お互いに相手を品定めしているようだと思った。


バッテリーは挑発するように真っ直ぐを真ん中に放り込む。

俺は手を出さずにそれを見送った。


先程の様な揺さぶりは無い。

力だけでねじ伏せようとするバッテリーに俺は軽く侮られているような気がしてならなかった。


しかしながらそれに怒りを覚えてはならない。

静かな闘志へと変換して次の球を予想する。





二球目が放られて…

大きく鋭い変化量から繰り出されるスライダーがストライクゾーンに入る。


はっきりと言って初見では対応できないと感じていた。

しかしながらどうにかして当てないとならないのだ。





三球目がすぐに放られて…

打者のタイミングをずらすチェンジアップが投げられた。

しかしながら俺はそれを見送って…

審判はボールをコールする。





流れるようにリズムよく投げられた四球目は…

手元まで真ん中に放られたと思っていた球が一気にストンと落ちたフォークボール…

ワンバウンドしてボールがコールされた。





狙うなら絶対に次の球だ。

捕手の性格を薄く理解してきていた俺は…

五球目は高めに外すストレートを要求するはずだと理解していた。


今までの対戦経験から考える正捕手は…

確実に三振で抑えるためにインコースでもなくアウトコースでもなく…

真ん中高めに完全に外すボール球を投げてくる。


ボール球でも俺はそれを打つしか無いのだ。


フルカウントになったら俺が不利になるだろう。

バッテリーの方が選択肢が限られて不利な様に思えても…

それが故にバッテリーに俺の選択肢も強制的に狭められるのだ。


だから狙うのはこの釣り球のボール球。


悪球打ちだと揶揄されるだろう。

九条監督も烏田も真鍋も一軍レギュラー陣も…

この打席では俺を認めないかもしれない。


けれど…俺は放られる球をイメージして…

打席に立つのであった。





150km/hを超えるボールの釣り球に照準を合わせる俺を多くの人が無謀な挑戦と揶揄するだろう。

結果的に上手くいってもたまたまだと言われてしまうだろう。

だが俺はこのバッテリーからどうにか打てるとしたら…

この選択肢しか今は取れないと思ってしまったのだ…





五球目が放られて…

配球を完全に読んだ俺の想像通り真ん中高めに釣り球の豪速球が放たれる。


父親の豪速球を見ておいて本当に良かったと思った。

タイミングはあの時の経験からどうにかあってしまう。


一心不乱に振り抜いたバットには…

まるで感触がない。


俺はふぅと息を吐いて敗北を悟る。

流石は一流高校生投手だと思わされてしまう。


だがへこたれること無く…

ここで項垂れることは許されない。


顔を上げた俺に待っていた光景とは…






烏田が外野手に何か声を張り上げているようだった。


真鍋も外野手に向けて指示を飛ばしているようだ。


三振で抑えたというのにもう次の練習へとシフトしているのかと感激していると…


センターがフェンスまで猛ダッシュして右手でフェンスを確認して構えているようだった。

そのまま最大限の力でジャンプして…

ドコンと鈍い音を立てた何かがバックスクリーンに直撃する。


何事が起きているのか…

俺はまるでわからなかった。


キョロキョロと視線を彷徨わせている俺に九条監督は…


「結果は一目瞭然。バッテリーの完敗。

だが今のはまぐれだろう。

烏田の球速と球威が思いっきり振り抜いたバットの真芯にたまたま当たってくれた。


力と力…それに加えてバットの真芯を捉えてしまい…

結果的にホームラン。


はっきりと言って今のも悪い戦いではなかった。

最後までバッテリー優勢だっただろう。


ただ最後の釣り球は予想されていたな…


言い忘れていたが…

吹雪は以前…

烏田よりも速い速球を目にしている。

その時もチップだったがちゃんと当てていた。


今のは仕方ないさ。

結果的にはホームランだが…

内容的に負けた勝負ではない。


よし。烏田!

お前は今日から一軍の練習に参加!

内容によっては全国大会でも投げることになるぞ!


背番号を奪い取りたいのであれば今のを引きずるな!

時間はかなり限られているぞ!?

指導者に必死でアピールすんだ!

今の結果は完全に忘れて気持ちを切り替えていけ!」



「はい!ありがとうございます!」


元気よく返事をした烏田に真鍋も笑顔を向けている。





「集合!」


九条監督の掛け声により選手は一瞬にして集まる。

そして九条監督は再び演技掛かった口調で口を開いた。


「どうだ!?吹雪は帝位高校野球部一軍の練習に参加するに足り得る選手か!?

最後はお前たちの判断に委ねる」


九条監督の言葉を受けて…

レギュラー陣は顔を合わせることもなく…


「では決を取る!練習参加に賛成のものは挙手!」


正捕手の真鍋の言葉により…

レギュラー陣は全員挙手してくれるのであった。






本日より俺は帝位高校野球部一軍メンバーの練習に参加することが決定したのであった。



次回より本格的に…



小学生・帝位高校編



   開始!

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