第5話小学一年生に要求するようなものではない…けれど…吹雪になら…!

目まぐるしい二日間を過ごした俺は本日…

平日の月曜日ということで小学校へと通学していた。

登校班で学校へと向かい誰と話すわけでもなく昨日の試合のことを考えていた。


二打席共に初球打ちをしたのは果たして正解だったのか。

俺は自らの思考を改めて内省するように…

昨日対戦した相手投手二人のことも考えていた。


例えば一試合目の相手。


俺は打席に入った時…

捕手のリードや投手が投げたがっている球種について深く思考していただろうか。


結果的に相手の投げるモーションが未熟であったためにカーブだと理解できただけに過ぎないだはずだ。


縫い目が見えたというのも…

もしかしたら偶然だっただけかもしれない。


初めての練習試合、初めての打席。

そんな幾つかの条件がたまたま俺をゾーンの様な状態に押し上げていただけだったかもしれない。


本質的な自らの能力ではない可能性だってある。

それに頼り切る様ではこの先が思いやられる。

浮かれてなどいられないのだ。


二試合目の打席だってそうだ。


八番バッターの代打で出た先輩が何球も粘って相手投手のクセや捕手のリードを僕らに見せてくれたのが特に大きかった気がする。


先輩のお陰で相手投手はストレートに自信があることも理解できたし球種がそこまで多くないことも教えてくれた。

ストレートに自信があり変化量が多く緩やかなカーブが特徴的な投手だった。


初球は必ずストレートだと理解できたため上手に待ち構えることが出来たが…

俺がするべきことは投手の心を折ることだったのだろうか。

捕手が自信を持ってリードできなくなるような後続の味方のためにクサイ所を打つべきだったのでは無いだろうか。


俺は野球と言うスポーツの本質をまだ理解できていない。

今の俺は自らの成績や活躍のためしか考えられていない気がしてならなかった。


個人スポーツではなくチームスポーツで…

グラウンドでプレイしている味方は9人存在していると言うのに…


俺だけの力では勝利を掴むことは出来ないのだ。

全員が全力でできる限りの仕事を全てして…

やっと勝利をもぎ取る。

そういうスポーツのはずなんだ。


俺の思考がその辺りまでたどり着いた時…


「神田くん!おはよう!昨日の試合凄かったね!中学生相手に二安打って!」


教室の席に着席した時…

クラスの女子生徒が俺の下までやってきて表情を明るくさせて興奮気味に口を開く。


「えっと…観てたんだ?」


「うん!お兄ちゃんがエースなんだけど…知らなかった?」


「エースって…」


「一試合目に五回まで投げた投手だよ。

山口悟やまぐちさとるって言うんだけど…」


「あ…そうなんだ…」


「もしかして…クラスメートの私の名前も分からない?」


「ごめん…俺は野球以外のことに無頓着過ぎて…」


「ははっ。何かお兄ちゃんに聞いていた通りだね。

凄い天才児が入ったって嬉しそうに話していたよ」


「そう…僕の方こそ嬉しいよ」


「私。響子きょうこ。日曜日は毎回球場にいるから。これからも頑張ってね」


「ありがとう…」


クラスメートの女子と会話をしていると…


「なんだなんだ?野球の話?」


クラスの男子生徒が数名束になって俺達の下へとやって来る。


「うん!神田くん凄いんだよ!?中学生投手から二本のヒットを打ったんだから」


「中学生?それって良いのか?小学生が中学生に混ざって試合に出ているんだろ?

それに普通に考えて中学生の投手が小学生に打たれるわけ無いだろ。

相手だって気を使ってくれたんじゃないか?

もしくはナメて掛かって真ん中に棒球を投げてしまったのをたまたま打てただけだろ」


クラスメート男子の言葉を耳にして…

俺は不思議と苛立ちを覚えていなかった。

周りの大人を毛嫌いしていた俺だったが…

同級生男子に苛立つことは一切なかったのだ。


それは何故か…


きっと俺は同級生のことを自分よりも幼い子供だと認識していたのだろう。

もしかしたらシニアリーグでプレイをしているため自らのことを中学生だと誤認していたのかもしれない。


「何言ってるのよ!相手投手は神田くんが小学生だって知りもしないのよ?

それに練習試合で気を抜くような選手がいると思っているの?

シニアリーグでプレイしている選手は遊びで野球をしているんじゃないの!

勘違いして馬鹿にしないでくれる!?」


俺の代わりというか…

山口響子が顔面を赤くして怒気を顕にしていた。

それに対して面食らっている男子達は捨て台詞のようなものを吐いて…

その場から立ち去るのであった。


「俺達だって遊びでやってねぇっての!

それに俺だって試合に出られたら…

お前ら…学校でいちゃつくんじゃねぇよ!

キモいんだよ…!」


男子達は廊下に飛び出していき…

残された俺と山口響子は思わず苦笑の様な表情を漏らしていた。


「来週も観に行くね!これからも頑張ってよ!」


「あぁ。ありがとう」


朝からその様なやり取りが繰り広げられたが…

本日それ以上僕らに突っかかってくる生徒は居なかったのだ。





五時間目まで授業を行って。

俺は一人で真っ直ぐ帰宅した。


「ただいま」


玄関を開けて中に入るとすぐに庭にて父親と練習を行うと思っていた。


「おかえり。お父さんがユニフォームに着替えるように言っていたわよ」


母親がリビングにて僕のためにお昼と夕飯の間の食事を作っていた。


「そうなの?着替えるなんて珍しいな…」


「なんかね…。今、軽くランニングに行っているから。

ご飯食べて着替えちゃいなさい」


「分かった。今日の間食は何?」


「胸肉の唐揚げと蒸し野菜のフルコース」


「いつもありがとう」


「いいえ。しっかりと噛んで食べなさいよ。飲み物は牛乳ね」


「ありがとう」


席に着くと俺は母親が作ってくれた料理をしっかりと咀嚼して食べるのであった。





ユニフォームに着替えて父親の帰りを待っていると…

ランニングから帰ってきた父親はすぐに着替えを済ませた。

父親は上下ジャージ姿で現れると俺に車に乗るように告げてくる。

大人しく車の助手席に乗ると父親はエンジンを掛けた。


「何処に行くの?」


「あぁ。球場」


「え?」


「まぁ行ってからのお楽しみだ」


「わかった」


「少しでも休んでおけ。土日の疲労は完全に取れてないだろ?

若いから回復が早いと言っても小学生が中学生の練習に混じっているんだ。

疲労は確実に大きく溜まっていく。

少しでも良いから寝ておきなさい」


「うん…」


そうして俺は助手席にて球場に着くまで眠っているのであった。






一時間から数十分ほど掛けて僕らを乗せた車はチームの球場へと到着する。

父親に起こされて降車して…

グラウンドに入る時に一礼するとベンチに監督とコーチの姿が確認できた。

父親とともにベンチに向かうと挨拶を交わす。


「こんにちは」


「はい。こんにちは」


監督とコーチは僕らに挨拶を返すとベンチから立ち上がった。


「平日のこんな時間に悪いな」


父親は監督とコーチに声を掛けて申し訳無さそうな表情を浮かべていた。


「いえいえ。神田さんの危惧する想いも理解できましたし…

久しぶりに神田さんの投げる球を捕れるのは光栄ですよ」


「久しぶりに投げるからな。アップは軽くしてきたんだが…

もう少し入念にしていいか?」


「もちろんです。僕らも付き合いますよ」


「本当か?助かるよ」


「吹雪も一緒にアップするぞ。ついてこられ無くても食らいつくように」


「はい!」


そうして僕らは外野へと向かいウォーミングアップを開始する。

父親と監督が先頭を走り僕が真ん中に挟まれてコーチは最後尾を努めていた。

大人に挟まれることにより俺には逃げ場が存在していない気がしてならなかった。

大人たちのあり得ないほど早いランニングにどうにか食らいつきながら…


十分ほどのランニングだったが信じられないほどの疲労感を覚えていた。

その後は入念にストレッチをして…

再び各種様々なダッシュを行う。


「俺達はキャッチボールをしているから。吹雪は素振りを入念にしておきなさい」


父親に言われるがまま俺はバットを手にすると何回も意味のある素振りを繰り返していた。


時間が過ぎていき…

やっと大人三人は僕の下までやって来る。

監督はキャッチャー防具を全身に装備して…

父親はマウンドに立っている。

その横には沢山の白球が入ったカゴが置かれていて…

コーチは審判を務めてくれるようだった。


「これを見れば分かると思うが…実践形式のバッティング練習を行う。


親父さんは今でも140km/h以上のストレートを投げるし…

中学生の捕手では捕れないような変化球を投げる。


全国大会まで行けばこういう投手が幾らでも出てくる。

吹雪は本当に幸運だったと思うよ。

身内にこんな素晴らしい投手がいるんだから。


俺も子供が相手と思ってナメたリードは取らない。


昨日対戦した二人の投手のように簡単に打てると思うなよ?

親父さんはストレートと変化球で投げ方が変わるような投手じゃない。

その動体視力で縫い目が見えたとしても…

球種が分かっても打てるような投手じゃないと思ったほうが良い。


目ばかりに頼っている今のままでは先の道は細くなるばかりだぞ。

しっかりと投手の思考を捕手の思考を感じ取って覚えるんだ。


それが出来るようになればどんなバッテリーからでも打てるようになる。

吹雪にはもっと高いレベルで野球をしてほしいんだ。


厳しいことを言うようだが…分かってもらえるだろうか」


「はい…僕も昨日の試合のことを考えて反省していました」


「そうか…文句なしのヒットを打ったというのに…向上心の塊だな」


「ありがとうございます…」


「では納得いくまでやろうじゃないか」


「はい!」


父親がマウンドにて構えると投球モーションに入った。

俺は初めて父親が本気で投げる球を見ることになるわけで…

監督に言われたことを鵜呑みにするわけでもなく…

俺はリリースの瞬間をしっかりと目に焼き付けていた。

それでストレートか変化球か見極めることが出来るのでは…

そう高を括っている部分が少なからずあったはずだ。


だが…

父親は完全にストレートを投げるモーションから…

今まで見たこと無い球速をキャッチャーミット目掛けて放る。

リリースする瞬間に縫い目が見えて変化球だと理解できる。

理解できても…

猛スピードでこちらまで投げられたボールに手が出るわけもなく…

それに加えて球速が今まで経験したことないほど速く…

バッターの手元で大きく変化する魔球…

今までテレビでしか観たことがない変化球に俺はただ立ち止まって後ろで構えているキャッチャーミットを眺めているだけだった。


「入ってる」


コーチがストライクを宣言して監督は父親に返球してからマスクを外す。


「カットボールだ。

使い勝手が良くてバッターを凡打で抑えることが出来る効果的な変化球。

こんな変化量はテレビでしか観たこと無いだろう。


だが覚えておくと良い。

親父さんのカットボールは三振を取るような変化量だが…

これから吹雪が相手をする投手たちの中で投げる選手が現れたとして…

そいつの変化量は少ないはずだ。


だが…故に真芯を外されて凡打になる。

内野ゴロになり文字通り打たせて取るバッテリーの方針通りに動く羽目になるぞ。


ほら…もっと考えろ。

今のが追い込まれてから投げられたとイメージしてみるんだ。

見逃し三振だぞ?

何も出来ず打つ手なし。


もしも今のプレイが大事な試合の大事な打席で大事なシーンだったとして…

チームに期待されている吹雪が見逃し三振だ。

よく覚えておけ。

味方に全幅の信頼を寄せられている選手が手も足も出ないとチームの士気が一気に下る。


空振り三振は仕方ないさ。

プロだって通算三割打てたら凄い選手なんだ。


だがな…シニアリーグや高校野球だったらもっと打てないと困る。

プロに行けば沢山化け物級の投手が揃っているんだぞ?

誰一人として能力の低い投手はいない。

そこで誰よりも打って活躍できないと駄目だ。


今からもっと先の先の先のことまでイメージしろ。

俺達の期待は重たいし苦しいだろう。

けれどここにいる全員が吹雪に信じられないほどの期待しているんだ。

まだ誰も観たことがない景色を…

吹雪となら観られる。

そう確信しているから俺達は誰もお前を子どもとして扱わないし甘やかさない。


分かってくれとは言わない。

だがお前は良くも悪くも選ばれた存在なんだ。

お前が望まなくとも…野球の神様はお前を選んでしまった。

選ばれたからには使命を果たすべきだろ?


なんて急に胡散臭い話をしてしまったが…


とにかくもっと考えて打席に立ちなさい。

わからなければ親父さんに教えてもらうんだ。

家で一緒に居られる時間は沢山あるだろ?

もっと野球というものを勉強すること。

分かったね?」


「はい…!」


監督の長い説教のような助言を俺は全身で受け止めていた。

彼らの俺に対する期待や注文はかなり高レベルで大きいものだと子供ながらに理解していた。


しかしながら俺も望んでいるのだ。

一番の選手だと周りに認められて…

俺自身もそれに納得がいくような…


そんな世界一の選手を目指しているのだ…

明らかに高すぎる壁や目標だと理解している。


世界の野球人口がどれだけいると思っている?

だいそれた高望みをしすぎた。

もっと自分の能力に見合った目標を…


うるせぇ黙って観ていろ!

俺は必ず目標を果たす!


目の色が変わった俺は再び打席に立ってイメージを膨らませていた。


「よし。じゃあ意識が切り替わった所で…再び始めようか」


監督の言葉により俺達はそこから本気の勝負を開始するのであった。




「また目に頼っているだろ?

どうして今の場面でストレートが来るって思ったんだ?


今みたいな打ち方は練習の時は控えなさい。

どうしようもない場面にどうしようもなく出てしまうのは仕方がないが…

昨日の二打席目の手応えは忘れなさい。


吹雪にとっては成功体験かもしれないが…

身体を開いて真芯に当てられるほど親父さんの球速は遅くないし今の吹雪のスイングスピードでは追いつけない。

当たったとしても詰まって凡打。


何よりも親父さんの球は昨日の投手よりも重たいぞ?

昨日みたいに外野に飛ぶこともなく良くて内野フライで打ち取られる。


高校野球の投手は140km/hのストレートを当たり前のように投げてくるんだぞ?

名門や強豪校のマシン速度は150km/h以上に設定されている。


そんな豪速球に対してバッターが余裕で好きなように動ける時間があると思うか?


もっと考えろ。


まだ身体がついて来られていない吹雪はどの様にして親父さんの球を打つんだ?

打てませんって諦めるか?


試合中も弱腰になって四死球を期待してバッターボックスに立つのか?

そんなバッターをバッテリーが怖がると思っているのか?


同世代の投手に対して悔しい思いをしたくなかったら…

今この瞬間で考えろ。

今親父さんに対して悔しい思いを感じておくんだ。


だが覚えておけ。

絶対に打てるようになる。

全盛期の親父さんじゃないんだ。

吹雪が打てる隙は幾らでも存在している。


俺達は答えを提示しないぞ。

もっと自分で考えるんだ」


監督は何球かに一度マスクを取って俺と向き合う。

小学一年生にするようなアドバイスではないだろう。


本当だったら少年野球団で楽しくプレイするのが普通かもしれない。

入団してやっと打てるようになり上手に守れるようになり同世代の仲間と絆を深めていく。

少しずつ切磋琢磨して少しずつ勝負の螺旋に飲み込まれていく。


そんな過程を一気にすっ飛ばして…

俺は限られた選ばれし選手たちが集まる群雄割拠の螺旋へと飲み込まれているのだろう。

全員を追い越すために小学一年生から分不相応にも思える高いレベルを要求されていたのであった。





球場のライトを点灯させて…


親父は100球ほど全力投球をしてくれたことだろう。


俺がヒット性の当たりを打てたのは…

甘く見積もっても五球ほどだったと思われる。


文句なしにセンター返しが出来たのは一球だけだった。

たまたま甘く入ったストレートを振り抜いて…

やっとセンター返しが出来ただけ…


その時の球速は140km/hぐらいだっただろうか。

それでも俺は誰に褒められることもなかった。


自分でも分かっている。

親父が軽く失投して…

たまたま甘いコースに入っただけだと…


父親はマウンドを降りて本日の練習が終りを迎えると思っていた。

しかし…


「今度は僕が投げますね。

神田さんのように優れた投手ではありませんでしたが…

今の吹雪くんに立ちはだかる大きな壁ぐらいにはなれるかもしれません」


いつも柔和な表情で選手たちと相対するコーチは珍しく勝負師の顔をしていた。


マウンドに向かい父親から白球を受け取って…

代わるように父親は審判を務めて…


現在時刻は19時。

まだ練習という名の真剣勝負は続こうとしていた…






「昨日の二人の投手と同じ様な球だぞ?

なんで今日は打てない?

ちゃんと考えろ」


監督の言葉を受けて俺は思考を止めなかった。


どうして打てないか…

それは酷く簡単なことなのだが…


端的に言って捕手のリードのレベルが違いすぎるからだ。

野球IQの高さが昨日のバッテリーよりも明らかに高い。

僕とも明らかに差がある野球IQで簡単に制圧されているのだ。


昨日の試合後のミィーティングにて…

バッテリーが口にした反省点を思い出していた。


「上下左右奥行きを利用したコースの投げ分け…」


そんな言葉が極限状態の俺の脳裏にヒントのような野球の神様からの助言のようなものとして聞こえてきていた。


俺はそこで捕手である監督が今まで要求していた配球を走馬灯のように思い出していた。


そして…

外角ギリギリのボール球がストライクゾーンギリギリに入る変化球が投げられると理解して…


しかしながら思考よりも少しだけ身体が遅れてしまい…

どうにか遅れて自然ときれいにバットが出た。


極限の思考から繰り出した答えの御蔭か…

幸運にもバットの芯を捉えた変化球を俺はレフト前ヒットに仕留める。


「そうだ!思考の先に出した答えは良い結果を生むんだ!

これからもなんとなくプレイするな!

今のは本当に良いヒットだった!

動体視力やセンスに頼るプレイではなかった!

いいぞ!今のを忘れるな!」


監督の興奮気味な言葉の意味が少しだけ理解できて…

俺達は21時まで何度も繰り返すように実践的な真剣勝負に身を投じるのであった。





「お疲れ。二人共平日のこんな時間に本当にありがとう。

今度家に招待する。

食事に招くから是非来て欲しい」


「おぉー!久しぶりに星奈せなさんの手料理が食べられるんですか!?

嬉しいし感激です!」


「ははっ。お前は星奈の追っかけだったからな」


「そうですよ!神田さんの彼女だって分かった日は一日中泣いていました」


「悪かったよ…」


「いえいえ。謝らないでください。

その御蔭で俺達の間に不思議な絆が出来上がったんですから。

それが今に繋がっている」


「そう言ってくれて助かるよ…」


萬田まんださん。格好つけすぎですよ。

あの日以降しばらく不調だったじゃないですか。

萬田さんの代わりに監督にどやされていたの僕なんですよ?」


「悪い悪い。後輩投手に気を使わせてしまったことは今でも後悔しているんだ。

許してくれ。だがあの日の経験のお陰でお前をコーチに選んだわけなんだから。

もう良いだろ?」


「先輩からそう言われたら…許すしか無いじゃないですか…」


蒲田かまたは本当に出来た後輩だからな。

萬田も甘え過ぎるなよ?

俺が言えたことじゃないんだが…」


「わかりました。それで…神田さん。一つ良いですか?」


「なんだ?」


「この練習をしばらく続けたいんですが…

平日の時間があるときだけで構わないんですが…」


「願ってもいない提案だ…俺からお願いしようと思っていたんだ…

本当に助かる」


「僕も賛成です。僕の伝でメンタルコーチとして優秀な人間がいるんですよ。

声を掛けてもいいですか?」


「吹雪のためか?息子は折れてしまうだろうか…?」


「吹雪くんに限って…そういうことは想像できませんが…

今の内にメンタルトレーニングを積んでおいたほうが良いでしょう。


幾ら選ばれた優秀な選手と言えど…

大事な場面でいつも通り冷静にバットを振れる選手だけとは限りません。


ですから幼い内からプレッシャーの対処法や柔軟な思考力を培ったほうが良いと思うんです。

超一流の選手にメンタルが弱い選手はいませんから」


「わかった。本当は監督の俺が用意するべきなんだがな…

そっち方面は本当に疎くて助かるよ。

神田さんも賛成で良いですか?」


「もちろんだ。蒲田。頼むな」


「はい!」


父親と監督とコーチは何やら仲よさげに会話を繰り返していて…

俺は人生で一番緊張感ある打撃練習を終えて…

精神的肉体的に信じられないほどの疲労感を覚えていた。


助手席に座りながら…

家に帰宅するまで気絶するように眠りにつくのであった。

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