第4話野球IQが高い
練習試合二試合目が始まろうとしていた。
エース投手は昼食中にアイシングを行い現在は室内練習場にてコーチと二人別メニューをこなしている最中だった。
二試合目の先発投手は一試合目の六回表を投げた二番手投手だった。
「調子はどうだ?一試合目は三人で抑えて好投だったと思うが…
二試合目は四回を投げきってもらうわけだ。
お前の強みをしっかりと活かしてこい。
あくまで打たせてとるんだ。
相手打者の芯を外して凡打に抑えるように」
「はい!」
「捕手も無理にストライク先行のリードをしなくていいからな。
各投手の強みをしっかりと理解したリードを考えるように。
もしもわからない場合は俺に相談するように。
試合後に投手陣と捕手陣は事務所にて反省会とミィーティングだが…
何一つ反省点が無いように奮闘して欲しい。頑張れ」
「「はい!」」
「だが練習試合だ。幾らでも間違えて構わない。
何でもチャレンジして欲しい。
トライアンドエラーを繰り返して大会までに投手陣捕手陣の強化に専念する。
打撃は一試合目と同じだ。
一巡目は何も口出ししない。
打者、走者間でサインを出し合って好きに試合を展開して良い。
こちらも幾らでも間違えて構わない。
自由に野球を楽しんでくれ。
では二試合目も勝つぞ!」
「「「はい!」」」
選手たちは監督のミィーティングの言葉に返事をすると身体を冷やしすぎないように解していた。
身体の硬直や強張りを解しながらベストコンディションを保っている。
僕はベンチ裏に向かうとバットを持って素振りを行っている。
「吹雪。俺の出番は四回までだから。
さっきの試合と同じ様に俺の打順で代打で送られるだろう。
相手チームもさっきのバッティングを覚えているだろうから…
次の打席は対策されるかもな。
打席が回ってくるまで…
そこの所もしっかりと考えておけよ。
素振りも大切だがイメトレも忘れずにな」
「はい。あの…投手が嫌だって感じることってなんですか?」
「ん?色々なタイプがいるけどな…
ランナー背負うとストライクが取れなくなったり。
コントロールに自信がある投手だと…
コースギリギリに投げて自分ではストライクだと思っているのに審判にボールと宣言されてキレてしまって…
その後崩れたりなんてのはよくある話だな。
天候に左右される投手もいるし。
単純に体調が整っていなくて不調の場合もある。
だが…どの投手にでも言えることと言えば…
ウィニングショットをきれいに打ち返されるのは最悪な気分だよ…
自信のある決め球を簡単に弾き返されるのは…
考えただけで落ち込む。
これはシニアリーグの投手全般に言えることなんじゃないか?
まだ俺達はメンタルが未熟というか…
一本大きいのを打たれただけで調子を崩すなんてよくある話だから。
こんなんで参考になったか?」
「はい。ありがとうございます。少しだけ投手の思考が分かった気がします」
「ふっ。お前を相手にする投手は…いいや…なんでもない」
二試合目の先発投手は苦笑の表情を浮かべるとベンチに戻っていく。
俺は試合が始まるまで素振りとイメトレに努めていたのであった。
試合開始とともに選手たちは整列を行った。
今回我がチームは先攻だったわけだが…
俺は今試合も攻撃中はベンチ裏で素振りと命じられていた。
シニアリーグで使うバットはかなり重く…
その中でも比較的に軽いと思われるバットで素振りを行っていた。
小学一年生がしっかりと振り抜くには重たすぎるバットだったが…
一番短く持ってどうにか振れている。
それぐらい重たいバットに早く慣れないと…
などと少しの焦りを抱いていた。
それでもヒットが打てるのは打席の後方に立って十分に引き付け…
球速の球威を利用して上手にバットの真芯で捉えて外野の手前に落とす。
それだけの作業…
文字にすると簡単に思えるこの作業をバッターボックスで繰り返すイメージ。
断じて言うが簡単などではない。
吹雪の天才的動体視力とバッティングセンスがこれを可能とさせていたのだ。
力や筋力のない吹雪がヒットを打てるのは…
現時点での自らの欠点を理解して自らの本質的な技術や本能で補っていると言って過言無いだろう。
レギュラー陣や控え選手よりも筋肉量も走力も足りない吹雪は単打しか打てない。
しかしながらヒットを打つという一点に関してだけで言うのなら…
監督からの信頼はレギュラー陣と並べても遜色ないほどだっただろう。
故に監督は今の内から吹雪に実践経験を積ませたい。
そういう思考から他の選手ではなく吹雪を代打起用しているのだろう。
閑話休題。
一回表の攻撃がやたらと長く感じていた。
沢山素振りが出来るのは嬉しいことではあるのだが…
裏の守りで二遊間の動きをもっと勉強しておきたかったのだ。
意味のある素振りの時間がやっと終わってベンチに戻る。
一回裏の守備についた選手たちの動きをよく観察していた。
ただ…スコアボードを見ると…
現時点でうちのチームには既に四点が入っている。
打撃に自信がある我がチームの打線は一回から爆発したようだった。
先発投手の打たせて取れの方針が上手にハマっている。
緩やかに思えるボールを上手に捉えることが出来ていない相手打者は凡打で終わっていく。
内野手が中心になってしっかりと捌くと…
相手の攻撃の時間はすぐに終了してしまうのであった。
そこから四回まで。
先発投手が打たれたヒットは五本だけ。
全てが単打で相手に二塁を踏ませることは無かった。
連続ヒットを許さない先発投手のメンタルはかなり強靭だと思われた。
単打を打たれてもランナーを背負っても先発投手は内野手の守備力を信じているようだった。
ヒットを打たれた後はしっかりと内野ゴロで打たせて取っていた。
そのまま併殺でツーアウト。
その後ヒットを打たれても続くバッターはしっかりと抑える。
三振の数は多くないものの球数が少なくテンポの良い投球で守っている選手のリズムやテンションも一気に上がっていたことだろう。
守備を終えた選手たちはベンチに戻ってくる。
八番バッターから始まる五回の攻撃だった。
九番バッターの投手の代打で俺が出ることは決まっているようだった。
「吹雪。点差も点差だ。今回も何も気負わずに打ってこい」
「はい」
監督の言葉に返事をしてスコアボードを見ると…
既に10点の点差がついてしまっていた。
「五回から選手の総入れ替えをする。
スタメン組はクールダウンを行いながら室内練習場に向かうように。
先発した投手と捕手は反省会をしながらアイシングを忘れないように。
控え選手はこのまま七回まで一点もやらないように。
むしろ攻撃で更に点差を広げよう。
よし。
じゃあ早速八番から代打を出すからな。
気を引き締めていけ!」
「「「はい!」」」
選手たちの返事により控え選手たちの目はかなり燃えていたことだろう。
八番打者の代打で出た先輩が素晴らしい選球眼により四球をもぎ取っていた。
「吹雪。行って来い。併殺だったとしても気にするな。
いつも通りな。俺からのアドバイスは無い。
好きに打ってこい」
「はい」
そうして俺は九番打者の代打としてバッターボックスに向かう。
相手投手はストレートでゴリ押すタイプに思えていた。
球速も130km/hほどは出ていることだろう。
ストライクが先行するとワンバウンドする変化量の大きいカーブで仕留めるのが相手バッテリーの必勝法なのだと思われた。
先程の打者に対してもストライクが先行した後は無理せずにボール球や釣り球を投げていたように思える。
追い込んだ後は無理してストライクを取らないのが相手バッテリーの方針だと思われた。
俺がこのバッテリーを支える精神的支柱を叩くとしたら…
そんな思考を携えながら俺は打席に立っていた。
左打者として打席に立ち最後方にて構える。
一球目は確実にストレートだと思われた。
相手投手が投げる瞬間…
ボールの縫い目と手の握りが確認できた俺はストレートを確信する。
小学一年生に130km/hほどのストレートは恐怖の対象だろう。
加えて言うのであれば硬球だ。
当たれば悶絶するような痛みが走り。
一度当たったことがある選手は多少の恐怖を覚えるものだ。
しかし…父親が言うには俺には恐怖心が薄いようで…
投手が投げた球がインコースを目掛けて飛んでくる。
お腹辺りに刺すような速球が飛んできて…
投手捕手の思考が薄く感じ取れてしまった。
ここで俺が恐怖すると思っている。
恐怖した俺はそのまま三振で抑えられると思っているのだろう。
なにせ中学生からしたら俺はかなりのちびだから。
簡単に抑えられると未だにナメて掛かっているのだ。
インコースに刺すような速球が投げられて…
このままきれいに肘を畳んで打つだけではヒットを繰り出すことが不可能に思えた。
バットの重さと相手の球速の速さが原因でいつも通りにきれいに打つようでは詰まった当たりになる。
直感的にそう感じた俺はステップを踏む右足を少し開いて…
真芯に当てるために肘を畳んでコンパクトにバットを振り抜いた。
金属音の心地いい音と真芯を捉えた故にあまり感じない手応えが遅れてやって来る。
打球はライトのライン上に飛んでいき俺は全力で走る。
一塁に到着した辺りでライトは捕球態勢から送球態勢に入っていた。
俺は一塁で止まり…
一塁ランナーは三塁に向かいスライディング。
一気にノーアウト一三塁の状況が出来上がってしまう。
相手投手は自信のあるストレートを簡単に打たれたことがショックなようで…
加えて言うのであれば俺の様なちびに打たれたのが相当ショックのようだった。
タイムが掛かって俺は代走を送られる。
ベンチに戻ってヘルメットとバットを片付けていると…
「なんで開いて打った?」
監督からの質問が飛んできて…
俺は直感で感じたことを口にしていた。
「なるほどな。相手の球速と自らの非力を鑑みて…か…
分かった。吹雪も室内練習場に向かいなさい。
本日の二打席のことを振り返りながらクールダウンしなさい」
「はい」
「それと…よくやった。お前に言うには早すぎるように思えるが…
中学生になるのを今から心待ちにしている。
それまでの間、慢心して堕落せずに日々精進するように。
分かったな?」
「はい」
俺はベンチを抜けるとその足で室内練習場を目指すのであった。
試合が終了して。
スコアは15‐0で我がチームが完全勝利を収めていた。
スタメンと二試合目の先発投手、加えて俺は室内練習場にて各々の課題に取り組んでいた。
完勝した控え選手達がクールダウンを行うために室内練習場を訪れると…
「お前らはグラウンド集合だって。監督が呼んでる」
先に室内練習場に居た俺達はそれに返事をすると片付けを済ませてグラウンドに向かうのであった。
「ベンチに座りなさい」
監督の言葉に従って俺達はベンチに腰掛ける。
「まずは二試合お疲れ様。試合の反省点がある者は挙手」
監督の言葉で一試合目の先発投手は挙手をする。
「三番、四番、五番に連続安打を許した所です。
相手打者は明らかにストレートを待っていましたが…
それでも上下左右奥行きを利用したコースの投げ分けで抑えることが出来たと思います。
そこを今後の課題にしたいと思っています。
具体的には球速の向上を中心に下半身トレと関節周りのストレッチ投球フォームの見直しを考えております。
以上です」
「うん。最後のあれは仕方なかったが…捕手の意見はどうだ?」
「はい。僕としても仕方なかったと思っています。
今後のことを考えて変化球勝負を避けました。
無理をさせすぎて肘や肩に違和感が残る試合にはしたくありませんでした。
一点、二点取られても構わない。
そんな気持ちでストレートを要求しました。
結果的に三連続安打を許しましたが…
投手の球威により全てが単打。
結果的に点を許すこともありませんでした。
僕は自分の要求した球に間違いは無かったと思っています。
ただ投手が言うようにコースの投げ分けはもっと勉強しようと思いました。
以上です」
「わかった。では打撃面はどうだった?代表してキャプテン」
「はい。残塁、併殺、暴走。
そういった場面が一度も無かったのが良かったと思います。
全員の意識が同じ方向を向いていたと思います。
二試合とも一巡目は自由に打たせて貰ったわけですが…
誰も消極的な理由でバントを選択しなかったのも良かったと思います。
全員が相手チームの投手から大量得点をもぎ取れると確信していました。
次の塁を積極的に目指す好走塁に盗塁の数々。
打撃に走塁に様々な手段で相手投手を翻弄出来たのも良かったと思います。
意表をついたセーフティも何本か成功して。
相手チームを一気に崩す打線は完璧だったと思います。
加えて代打で出た吹雪のバッティングセンスはレギュラー陣、控え陣も見習うべきだと思いました。
自分の役割をしっかりと理解して。
あの場面でちゃんとヒットを打つ。
誰にでも出来ることではありません。
代打起用候補達にも見習ってほしいと思いました。
以上です」
「よし。今日の試合で何かを感じ取った選手は多かったように思う。
吹雪の存在が全員にとっていい刺激になっているのは嬉しい誤算だった。
俺ももう少し選手を信じるべきだった…。
今後も全選手で切磋琢磨してさらなる向上を目指そう。
今日の試合内容に俺は文句がない。
よくやった。
今後も今日のような試合内容で大会に挑もう。
ではミィーティングは以上。
キャプテンと投手捕手陣は残るように。
解散」
そして俺達は室内練習場に向かっていた。
俺達が戻ると控え選手たちはグラウンドに向かうようだった。
僕らと同じ様に今日の試合のミィーティングを行うようだった。
俺達は室内練習場にて課題に励み…
本日、残りの時間の練習内容は各自に任されて…
全ての選手が自らの課題に向き合うのであった。
「神田さん…吹雪は二試合とも代打で起用して…
どちらもヒットを打ちましたよ」
「だろうな。というと親バカに聞こえるかもしれんが…
体格が違いすぎる中学生を相手にすると分かった時から色々と仕込んであるんだ。
速球の対処法に変化量の大きい緩やかな変化球の対処法。
本質的な身体の使い方に本格的なバットコントロールの練習。
体格で劣る吹雪がそれでもヒットを打てる練習を幾つも施してきた。
体格が大きくなるにつれて別の指導プランも考えてある。
実践経験を積んでくれて本当に助かるよ。
最終的には強打者になって貰うつもりなんだ。
今はまだ単打を量産するバッターかもしれんが…
いずれは大きな当たりを量産する選手になる。
吹雪の見据える先は遥か遠くだからな…」
「ですね。僕も意識しておきます」
「本当に有り難い…」
「吹雪の圧倒的野球センスに選手たちも感化されていて…
こちらこそ本当にうちに来てくれて有り難く思っております」
「お互い様ってことで」
「はい」
父親と監督は駐車場で軽く会話をしており…
俺は急激な眠気に襲われていた。
本日も心地の良い疲労感に包まれながら帰宅するまで車内で眠りこけているのであった。
初めての練習試合でヒットを打ったという喜びを本格的に抱くこともなく…
俺の本能はただ…今は疲労を完全に取ることに専念しているようだった…
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