第3話初練習試合、初打席、初ヒット

入団したシニアチームの日曜日の予定は基本的に練習試合が組まれていた。

一日二試合の予定が組まれており何処も強豪チームとの練習試合だった。


「吹雪。試合をよく観ておけ。特に二遊間の動きは参考にしろ。

新チームになって早くも数ヶ月が経過しているんだが…

あの二人は二年の頃からずっとレギュラーなんだ。

吸収できる技は幾らでもあるだろう。

それと…うちの攻撃の時はずっと裏で素振りしていろ」


「はい…」


監督の言葉を受けて…

前半部分は理解できていた。

僕がショートを守りたいという気持ちを監督は知っているようだったし…

実際にチームの二遊間のレベルはかなり高い。

参考にできるところは幾つも存在している。

単純に捕球するという一点を取っても彼らのレベルの高さはチームでも頭一つ抜けているだろう。


それ以外にも各バッターに最適な守備位置。

ランナーが出た時の投手捕手内野手とのコミニュケーション等など。

彼らの長所をあげればきりがないほど優れた選手…

完全にチームの中心選手であることは間違いなかった。


更に彼らは打撃方面でも優れた選手だと言わざるを得ない。

足と技と打撃センスを生かした彼らは一、二番を任されていた。


「あぁー。一つ言っておくが…打撃に関しては誰のことも参考にするな。

俺の言うことも先輩の言うアドバイスも決して耳にするな。

親父さんだけの言うことを聞くんだ。

分かったな?」


「はい…」


「そういうわけでうちの攻撃は観なくて良い。裏で素振りしていろ」


「わかりました…」


監督の後半部分の言葉が理解できた俺はしっかりと返事をしてベンチを抜けた。

裏に出るとバットを手にして意味のある素振りを開始する。


ウォーミングアップを終えた選手たちは現在コーチに寄る試合前のシートノックを受けている。

俺は参加すること無く監督に呼び止められていたというわけだ。


そして現在…

俺は試合が始まるまでベンチの裏で素振りに勤しんでいたのであった。






相手チームのシートノックが始まってうちのチームはベンチでミィーティングを行っていた。

俺は呼ばれること無く現在もベンチ裏で素振り中だった。

試合が始まるまで俺は独り意味のある素振りの時間を過ごしていた。


「吹雪。そろそろ整列だ。行くぞ」


エース投手が俺を呼びに来てバットを置くとベンチに入る。

控え選手が中心になってグラウンド整備を行っていた。

俺もトンボを手にしてグラウンドに向かおうとしていると…


「吹雪は良い。選手にもそれは伝えてある。

お前は相手投手のクセを盗みながらバッターボックスに立っているイメトレをしておけ」


監督に言われた言葉がうまく飲み込めず…

意味がわからずにいる俺にエース投手は耳打ちをしてくる。


「今日の俺の登板は五回まで。散々な成績だったらその前に降ろされる。

試合は七回まで。

どの様に試合が運ぶかわからないが…

都合が悪いタイミングで俺に打順が回ってきたら…

それ以上は言わなくても分かるだろ?

今日は練習試合だ…公式戦じゃない。

気楽にやろうぜ」


エース投手の言いたいことが未だに理解できていない俺は少しだけ首を傾げていたことだろう。

自分の言いたいことが理解されていないと気付いたエース投手は軽く微笑んで口を開く。


「吹雪。お前は既に期待されているんだ。

監督だって徐々に実践経験を踏ませたいと思っていても可笑しくないだろ?」


「えっと…試合に出られるってことですか?」


「さぁな。

確定ではないが…監督が代打で使いたがっているのは…明らかだろ」


「そうなんですか…?」


「当然だろ。ヒットを打つってことだけを見れば…吹雪は選手の中でも随一だ。

二塁打を打つとか三塁打を打つとか本塁打を打つとか…

まだパワーも走力も足りない吹雪には難しいだろう。

でもな…安打を打つってだけなら投手の俺よりも吹雪に任せたいって俺でも思うよ」


「そうですか…ありがとうございます…」


「あぁ。初めての練習試合。初めての打席になるかもしれない。

心の準備はしておくんだぞ?

あまり気負いすぎずな」


「はい…」


グラウンド整備が終わると俺達は整列をして…

いざ、試合開始!





一回表。

相手チームの攻撃から試合は始まる。

うちのエースはピシャリと三人で抑えて選手はベンチに戻ってくる。


「よし。三人で抑えたのは良い立ち上がりだ。

でも初めからフルスロットルで投げすぎるな。

上位打線相手に力が入りすぎるのも理解できる。

次の回も中軸から始まり力が抜けないだろう。

今日は五回までしか投げさせないと決めてあるが…

継投が上手にハマらないこともあるんだ。

抜けるところはちゃんと抜け。

五回まで投げても疲労がたまらない様に工夫して投げるんだ。

キャッチャーももう一度リードを考えろ。


さて。

気持ちを切り替えて攻撃といこう。

一巡目はサインを出さない方針で行く。

好きなことをやってこい。

どんなことでも俺は評価しよう。


よし!行って来い!」



一回裏。

うちのチームの攻撃が始まって…

俺はすぐにベンチ裏へと向かう。

バットを手にすると相手投手をイメージしながら素振りに勤しんでいた。


グラウンドからは白球を金属バットが気持ちよく打ち抜いた心地よい音が聞こえてくる。

遅れてベンチの選手たちのエールのような叫びが耳に伝わって…

きっと誰かがヒットを打ったのだと理解した。

そして俺は…自分が打席に立ったときのことを深くイメージしていた。

ヒットを打てば…あんな声援を送られるのか…

それはきっと得も知れない幸福感に包まれることだろう…


そんなことを感じながら素振りの手を止めなかったのである。




二回、三回とうちのエースはノーヒットで相手打者を抑えている。

130km/hに届く速球と相手打者の芯を外すストレートと同程度の速さで投げられるツーシーム。

球速の早いスライダーとタイミングを完全にずらすチェンジアップ。

それらを駆使して相手打者を完全に翻弄している。

絶対的エースと言って遜色ない彼の好投に寄ってチームは未だに無失点だった。


攻撃では一番から八番まで何処からでも安打を打ちチャンスを広げていた。

特に三番、四番、五番は相手チームにもかなり警戒されており…

外野は定位置よりもかなり深い場所を守備位置にしていた。

打者全員のお陰でチームは三回までに六点を取っていた。


うちのチームはかなり強いのでは…?

俺は直感的にその様に感じていた。

チームの選手が小学一年生の俺の入団に怪訝な表情を浮かべなかったのも今なら納得がいく。


彼らは自分の成長に集中しており異物と思われる俺が入団しても気にもしなかったのだ。

下からどの様な突き上げがあろうと…

自己成長で全てが解決すると信じているのだ。


控えの選手からレギュラー陣まで全員が優秀な選手なのだろう。

全員がレギュラーポジションを手にしたくて…

けれど下の人間をけなしたり貶めたり…

そういう汚い手段を取らないのは彼らが自らの成長に余念がないからだ。


レギュラー陣よりも自分のほうが上手だと証明できれば…


いきなり入ってきた天才児よりも自分のほうが使えると証明できれば…


彼らの思考は自らの価値を高め…

監督や選手や自分自身にすら存在価値を認めさせる。

それだけに近かった様に思える。


中学生の中に生意気な小学一年生が混じろうとも…

彼らが俺のことを除け者にしたりいじめたりしないのは…

彼らが本質的に善人であり優れた人間性の持ち主で…

自らを信じており高みを目指すことに躊躇がなく…

誰にも負けないと自らに誓っているからだと思われる。


閑話休題。


エース投手は五回表に三番、四番、五番に連続安打を許したものの無失点で本日の登板は終りを迎えた。


「今日こそはパーフェクトで終われると思ったんだがな…」


「仕方ないさ。三、四、五番は明らかにストレートに的を絞っていた。

俺も打者が何を待っているのか分かっていたんだがな…

お前の将来のことを思って変化球勝負をさせられなかった…

それに練習試合だ。

結果的に後続を抑えて無失点で終われたんだ。

良い成績だっただろう。


何よりも今はどんなチームもマシン速度を130km/hぐらいに設定している。

ストレートだったら打てるって思われても可笑しくない。

ただ逆を言えば…お前の変化球にはお手上げということだ。

自信持って良い。よく投げたよ」


「そうだな。球速もう少し上げるか…

高校で通用させるには後一年で10km/h程は速くしたい」


「下半身トレと関節周りのストレッチ中心だな。

それにフォームも少しだけ改善してみるか?」


「フォーム改善はコーチと監督に付き合ってもらうとして…

今後の課題が見えたいい試合だった」


「だな。今日の試合は問題無さそうだ。

六回、七回を投げる二人は球速はまだまだだが…かなりの技巧派だし。

相手はお前の後でより一層打ちにくいはずだ」


「あぁ。ベンチに控えている二人が頼もしいからな。

俺も投げやすくて助かる」


「そうだろ?俺も気楽にリードできて助かっている」


裏で素振りをしているとエースと正捕手の会話が少しだけ聞こえてきていた。


「吹雪。代打」


「え…?」


「俺の打順だから。監督が呼んでる。行って来い」


「はい…」


ベンチに戻ると監督は俺の背中を軽く叩いて発破をかけてくる。


「初練習試合。初打席。気軽に行ってこい。

いつものバッティング練習だと思って。

好きに打ってこい」


「はい…」


俺は緊張と高揚を胸に秘めながら打席へと向かう。



相手投手は先発ピッチャーではなく…

既に交代していた。

チームが攻撃の時は素振りをしていたためどの様な投手か…

まるで理解していなかった。

しかしながら来た球を弾き返す。

それだけをイメージして…


投手が投げた一球目は100km程のカーブだった。


リリースする瞬間の手の形。

抜くように放られた球の軌道。

リリースされた瞬間に捉えることが出来た球の縫い目。

緩やかな放物線を描いて捕手のミットに投げられたカーブボール。


変化量、球速共に打ち頃だと理解していた。

投手が投げる数秒の間に俺の脳内の思考は高速回転していた。


変化して現実よりもゆっくりとこちらに向かってくるボールを俺は…

ただ丁寧に打ち返す。


初練習試合、初打席…セッター前ヒット。


ベンチからは割れんばかりの声援を送られていた。


ファーストに到着した俺だったが…

すぐにタイムが掛けられて代走を送られたのであった。


初ヒットに一人浸っていると…


「カーブ狙っていたのか?」


ベンチに戻った俺に監督は怪訝な表情で口を開く。


「えっと…投げられる瞬間にカーブだって分かったので…」


「投げられる?投げられた瞬間じゃなくて?」


「はい。相手投手のリリースする瞬間…

あれはストレートの投げ方じゃなかったので…」


「ストレートは打てないって思ったか?」


「いえ。そうではなく…」


「何だ?何か考えがあるなら言ってみろ」


「はい…こんなちびがいきなり代打で送られて…

きっと油断していると思ったんです。

だからなるべく初球打ちがしたくて…

それが理想だって直感的に思ったんです」


「………そうか。よくやった。二試合目も同じ様なタイミングで代打に出す。

これからもよく考えてプレイしろ。

ナイスバッティングだった」


「はい。ありがとうございます」


代打の出番が終わっても俺はベンチ裏で素振りを続けるのであった。





一試合目。

うちのチームは8−0で勝利を収める。


昼食を食べた後、少しの食休みをして…


第二試合目が始まろうとしていた…



次回へ。

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