第12話 葉咲崎蒼と学校の友達
昼休みは教室で何をする訳でもなくぼっーとしていた。いつもの面子と昼食を共にした後は各々好きなように時間を過ごしている。
「今日は千大くんと一緒じゃないんだね」
「うわっ!?」
「わぁ!?」
完全に気を抜いていた所に声を掛けられて肩が飛び上がる。その蒼に驚いて奏汰も声を上げた。
いつもの奏汰は自分の席、もしくはゲーム仲間の元でスマホゲームをしているのだが、今日は蒼の隣に居た。
「びっくりしたぁ……」
「僕もびっくりしたよ……。ごめん急に声掛けて」
「いや、謝ることじゃないっての。背後を取られた俺が悪い」
「一体何と戦ってるのさ」
千大と一夏とは打ち解けているが、奏汰の方はまだ妙に気を遣っているのが蒼にはわかっている。場を和ませようと適当なことを言ってみたが、奏汰は困ったように愛想笑いするだけで逆に蒼はやらかしたと思った。
「どうかしたのか奏汰」
「……ちょっと気になって」
「何が?」
「……今日は千大くん達と遊びに行かないんだって」
「今日は疲れたから休みだよ。……一夏が俺に、千大に付いて行ける運動神経を褒めてた理由がわかるわ……。あいつ体力馬鹿過ぎる」
蒼は机に突っ伏して完全に脱力してみせる。
千大は昼休みにバスケやらサッカーやら野球やら……あらゆる部活の生徒と相手をして、半ば道場破りのようなことをしている。
千大の運動能力はどの部活にも求められているのか、負けたら部活に入るという約束の元で勝負を受けては返り討ちにしていた。
「あいつなんなんだ?」
夏休み手前、各々の部活が新チームの構想が見えてきたところでその勧誘熱はヒートアップし、千大とチームを組んでいた蒼はとうとうギブアップした。
帰宅部だというのに身体が筋肉痛だらけだ。蒼はこの様なのに千大は未だ元気に走り回っている。
「葉咲崎くんもすごいと思うよ」
「……千大のやつ、人一人分くらいジャンプするときあるんだけど、俺の目の錯覚?」
「多分千大くん人間じゃないから」
「とにかく俺は限界だよ……」
はあ、とため息をつくと静かな時間が流れた。
時間にして数分──否、数十秒程度のはずなのに、その時間が妙に長く感じた。
「それじゃないのでは?」
「え?」
「聞きたいこと」
「……あ」
確信を突かれたのか、奏汰は逡巡して言葉を詰まらせる。
一つ、二つ……と、深く息を吸って覚悟を決める。
「その……葉咲崎くんはさ」
「うん」
「なんでこの学校に来たの?」
「うん?」
思っていたよりもキツイ質問に蒼の頬を冷や汗が伝う。
「……え、俺のこと嫌いなの?」
「ち、違うよ! そうじゃなくて!」
「あ、違うの」
「違うよ!」
奏汰は手を振って慌てて否定する。蒼も流石にそんな意図はないだろうと思っていたが、なぜそんな質問をされたのかがわからず、思わず意地悪なことを言ってしまった。
「地元の友達と離れてまでこの学校に来たのってなんでかなって。葉咲崎くんだって運動できるし引く手あまたでしょ」
「運動できることを過大評価し過ぎだよ」
「う……それは僕が運動音痴だからかもしれない。けど、一人で離れたところに来るのって勇気いると思うんだよ」
「んー、結構思いつきだったからなぁ」
「えぇ……」
あっけらかんと言い放つ蒼に奏汰は困惑してしまう。
奏汰から見て蒼は才能の塊に見えていた。
運動も出来る、勉強も出来る。そしてそれらは完全な才能ではなく努力の賜物であり、努力をする才能も備えている人間である。
努力が経験値として活かされる人間という存在に見えていた。
「……んー、まあ強いていうならさ。俺、学校の先生になりたいんだよ」
「そうなの?」
「そ、だからちゃんと勉強して頭を良くしなきゃなーってさ」
「なんか……意外だね」
「向いてないってこと?」
「ち、違うよ!」
またもや意地悪な返しをすると、今度は奏汰も少し怒った顔をした。
「なんだろうな、別に深い理由はないんだけど……何かを教えられる人ってかっこいいなとか思って」
それは昔の緋羽が関係していた。子供の頃に夏休みの宿題を溜め込んで、困り果てたところを助けてくれた緋羽がかっこよく見えた。
たったそれだけの理由で憧れた。
何かの、誰かの支えになれることに憧れたのは、蒼の両親が少し放任的なのもあったかもしれない。
蒼も別に親が悪いとは思わないが、むしろ良い親だと思ってはいる。それでも小さい頃に明確な夢や目標を持たなかった蒼には、何かの為に頑張る理由が欲しかった。
教師になりたいと思ったのは、将来を本格的に考える高校受験を前にして思ったことだった。
「じゃあ意外と立派な人間だと関心した?」
「そうだね。意外と将来のこと考えてるんだなって思ったよ」
「……つまり、何も考えてない奴だと思ってたんだな?」
「もう! だから違うってば! なんでそうなるかなぁ!」
同じようなやり取りもそろそろしつこくなってきただろう。
ただ、少し奏汰との距離が近づいた気がした。
「あ、これ他の二人には言わないで欲しいな。真面目系はキャラじゃないから」
「なにそれ。……でも、いいよ。秘密にしてあげる」
別に秘密にすることでもないと思うが、誰かに言うほどの話でもない。それでもこの夢は自分一人で追っていたい。
少なくとも今はそう思っている。
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