第11話 七月の第三日曜日
「作戦会議ですね」
麦茶を出されて席に着くと、開口一番にそんなことを言ってきた緋羽のことを、
「作戦会議?」
「はい。夏休みに何をするか、です」
「ああ、そういう」
昨日は結局のところだらだらと会話していた。
蒼は
「それで、昨日も言ったんですけど友達が出来たので、その友達に夏休みの過ごし方の案をいただきました」
「案?」
「はい。昨日帰ってから聞いてみました」
緋羽は一枚紙を取り出すと、そこには箇条書きにいくつかのワードが並べられていた。どうやらこれが夏休みにやることリストなのだろう。
「海、ゲーム、プール、祭り、花火……これ全部か?」
「別に全部をやろうとは思ってませんよ。できる範囲で」
「海とプールって一緒じゃないか?」
「全然違いますよ。何を言ってるんですか? ……もしかしてその二つの場所は水着が見られる場所としか認識してないんですか?」
「そ、そんなつもりは……」
軽蔑するような細い目で睨みつけられて蒼は顔を逸らした。
しかし、水着と言われると意識してしまうものがある。特に雛原緋羽という女の子はスタイルも良く、どんな水着でも似合いそうだからこそ、男子高校生の蒼も想像が膨らんで仕方がなかった。
「……えっちですね」
「なにも言ってないが?」
「目は口ほどに物を言う。ですよ」
緋羽は両腕を組んで胸を隠すようなポーズをとってみせる。
「いや、一ミリも見てないが!?」
「そうですか?」
「そうですよ!」
完全に下劣なケダモノを見る目で緋羽が睨みつけてくるので蒼は必死に弁明する。あくまでそんな関係になるつもりはない蒼としては、そういう態度を取られる方が意識してしまうのでやめて欲しかった。
気を取り直すように咳払いを一つ、蒼はもう一度紙に目を通した。
「だとしても海に行ってプールに行って……って、どっちにも行く必要あるのか? どっちも水じゃん」
「難癖の付け方が雑ですね」
「逆に丁寧な難癖ってなんだ」
ふむ、と緋羽は顎に手を当てると頬杖をついてブツブツ言っている蒼を見つめる。
なんでも乗り気なことが多い蒼が苦悶を示しているのが珍しく、その様子を興味ありげに眺めていた。
……そこで一つ結論が出た。
「もしかして泳げないんですか?」
「…………あ?」
一瞬ビクリと肩を震わせたがすぐに持ち直して蒼は緋羽を睨みつけた。
まさに図星という反応に緋羽は「ほう」と納得した顔をして見せる。
「なるほど、そういうことでしたか」
「悪いかよ。泳げないことがそんなに悪いかよ」
「泳げないことは気にする必要はないと思うんですよね」
「いや、泳げるが?」
「さっきと言ってることが矛盾してますよ」
珍しく不機嫌な蒼を見て緋羽はなんだか楽しくなってくる。
それでも表情はいつもと変わらぬ無表情で、淡々と質問攻めをする形になっていた。
そして、もう一つの結論がでる。
「水が怖いんですね」
「…………」
芯を射抜く発言に蒼は天を仰いだ。
「そういえば、昔川に飛び込ん溺れたって聞きましたけど」
「なんで知ってんだよ」
「同じ学校ですよ?」
「そうだったわ」
緋羽には言っていないはずだが、松葉杖なんて目立つことになれば流石に話が流れてくる。
蒼はあの時の事故がきっかけで水場が苦手になっていた。なにより多くの人達に迷惑を掛けたことも大きく、今では黒歴史となっている。
「そのトラウマを克服するために……いえ、無理は良くないですからね」
「いや、まあ……そうだなぁ。トラウマ克服するためにも行ってみるかなぁ」
「大丈夫ですか?」
「……単純な性格ではあるからな」
「無理はしなくていいんですよ。少しずつで」
「なんか優しくないか?」
「私はいつも優しいですよ」
「それはない」
蒼がはっきりと否定すると、お互いにジト目でにらみ合う時間が生まれた。
とりあえず息をついて、もう一度紙に目を通す。蒼にはまだ気になる部分があった。
「ここにさ、お泊りとか書いてあるんだけど……これはなに?」
「友達の家に泊まることじゃないですか? 私は挙げてもらった案をメモを取っただけなので」
「……その友達にはどんな聞き方をしたんだ?」
「蒼との夏休みの過ごし方。ですね」
「…………ん?」
きっと緋羽が聞いた友達は緋羽と女友達の過ごし方を聞かれたと思ったんだろうと、そう蒼は考えていたが、ここでまさか自分の名前が出されている事実が判明して一瞬思考が停止した。
「中学の時から知ってる人でしたから」
「いや、だからってなぁ……。俺の名前出したら変な噂されるぞ?」
「もうされてますよ。なんなら中学の時から私達は付き合っていると思われてますよ」
「そうだったのかよ」
「知らなかったんですか?」
「そういうノリでからかわれてるだけで、裏でもそういう話があるとは思ってなかったわ」
実際に『お前ら付き合ってんの?』的な言葉は何度も言われたし、蒼はその都度適当に流していた。からかってるだけで皆本気で聞いているわけではないと思っていたので、蒼はそんな話が自分のいないところでもあったことに驚いた。
「なんだか面倒になったので蒼の名前をだしました」
「……休み明けに面倒なことになってるかもしれないぞ」
「これで面白がって広めるような人ならそれまでですね」
「なんて自己犠牲的な友達の選別方法なんだ……」
肝の座り方に蒼は苦笑してしまう。
それでも緋羽自身は気にしてなさそうなので考えても仕方ないと割り切ることにした。
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