第10話 七月の第三土曜日

 あおはなんだか妙に落ち着かない気分で席に着いてアイスカフェオレのストローに口をつける。向かいに座る緋羽ひうはいつも通りと言った表情でいつものようにホイップクリームの乗ったアイスコーヒーを頼んでいた。

 スプーンでホイップクリームを掬って口に運ぶと少し幸せそうに微笑んだ気がした。


「今日は勉強はしないんですね」

「まあ、テストも終わったし今くらいはいいかなって」

「そうですか」


 緋羽はもう一口ホイップクリームを口に運ぶ。

 今日の蒼は勉強道具を持ってきておらず、その為こうして緋羽と面と向かって座るのはなんだか落ち着かなかった。

 今までは勉強に誘うという理由があったのに今日はそれがない。つまりこれは本当になんなのか、蒼の頭の中にはデートの文字が浮かんでいた。


「蒼は夏休みは何しますか?」

「俺? んー……何しようかな」


 蒼も夏休みのことを考えていたが、まさか緋羽の方から言いだしてくるとは思っていなくて少し動揺する。

 毎日でも一緒に居たい。そう言ったのだからそうするつもりなのだが、じゃあ何をするかと言われたらこれといって思いつかない。


「勉強ですか」

「そ、れは……ほどほどに……?」

「そうですか」

「いや、するつもりはあるけど、勉強ばかりもしてらんないというか」

「別に何も言ってませんよ」


 言い訳のように言葉を紡いでいると、その心を見透かしたように緋羽が目を細める。蒼にとって勉強は今の学校に付いて行くために必要な習慣であると同時に、雛原緋羽と会う主な理由となっている。

 男女の友情は成立しないという一言によって、この関係は友達ではないと二人は言うが、ならば改めてこの関係はなんなのか。

 ホイップクリームをスプーンでコーヒーとかき混ぜてる緋羽はいつもと変わらない様子だった。


(……気にするだけ変か)


 思えば緋羽の方からは誘う時は特に用事もなく誘われていた。ならば今更蒼が用事もなく誘ったところで何も気にする必要はないだろう。

 蒼もアイスカフェオレを一口啜る。

 いつもは集中力が切れそうな時にストローを咥えていた為気づかなかったのか、今日は特に甘く感じられる。


「今日は苦いですね」

「え?」

「コーヒーが。苦みが強くてホイップクリームがちょうどいいです」

「そういう日もあるんだ」

「毎日同じのようでちょっと違いますね。コーヒーの味がわかるほど舌が肥えてるわけでもありませんけど」

「ふーん。こっちはいつもより甘く感じるな」

「それも不思議ですね」


 向かい合った緋羽が僅かに笑みを作ってそう言ったような気がした。

 今日の緋羽はいつもと違うような気がする……。蒼はそう思ってあることに気づいた。

 今日の緋羽は本を読んでいない。最初から蒼と向き合って目を見て話している。おそらく緋羽の脇に置いてある小さな鞄に入っているのだろうが、やはり誰かと話す時は読書はしないのだと改めて思った。


「……夏休みの前に今なにするかって話だな」


 勉強もしない、本も読まない。

 いつもの時間の使い方が今日はできなくて、蒼は顎に手を当てて悩んだ。

 それに対して緋羽は「むぅ」と不満げな顔をして見せる。


「私との会話は楽しくないですか」

「楽しい会話ができるタイプの人間か?」

「この間学校で友達が出来ましたけど?」

「は? マジで?」

「マジです」


 目をキリリとさせる珍しい表情を見せられて蒼は鼻で笑いそうになる。

 控え目ではあるがそんなドヤ顔を見せたのは初めてのことである。

 短冊に書いた願い事は本当に叶うのかと蒼は関心した。


「へー凄いな。なにがきっかけだったんだ?」

「向こうから勉強教えてと言われました」

「…………どこかの誰かさんみたいだな」

「私も、蒼のことを思い出しましたよ」


 自覚があるのか、ないのか……緋羽は今までで一番の微笑みをして見せる。


(…………こいつやっぱり可愛いな)


 改めて緋羽の容姿の良さに気づかされ、不覚にも蒼は見惚れてしまう。

 それを認めてしまうのは悔しいのですぐに切り替える。


「しっかし勉強って……それ友達なのか?」

「女性同士の友情は成立しますよね?」

「それはするだろ。…………なんか変な拗れ方しなかったら」

「女の友情って怖いですからね」

「まるで他人事だな」


 女子の友達と聞いて、何故かはわからないが胸が軽くなる感じがした……ような、曖昧な感覚を蒼は味わった。


「それで夏休みとか一緒に遊ぶとかは?」

「蒼も混ぜてですか?」

「なんでだ。そこは緋羽とその人と一緒にだろ」

「向こうは他にも友達がいますから、その可能性は低いでしょうね」

「そうか」


 蒼はストローに口をつける。……どうやら今日のカフェオレがかなり自分に合った味なんだろう。先程から胸の奥でなにかホッする感覚を味わっていた。


「なので夏休みは蒼と過ごすことになりますね」

「それって毎日?」

「嫌なら早めに言ってください。私は蒼の言葉を信じ切っているので」

「まあ嫌じゃないけど」

「予定が合わない日とかですよ。あったら事前に言ってくれると助かります」

「そうだな、そうするよ」


 なんだかんだ夏休みに会う約束を決めてしまった。

 このことが千大せんだいにバレたらどんな目で見られるだろうか。

 まあいいか。と、蒼はカフェオレを飲み干した。

 やはり今日のは甘く感じた。

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