第8話 葉咲崎蒼とテスト明け

 テスト期間中のここ数日の教室の空気は非常に重かったものの、それが終わればあとは結果を祈るのみで、あとはどうにでもなれという解放感に教室の中は満ちていた。


「終わったー! 全てが終わったー!」


 テストが終わると山崎やまざき千大せんだいが両手を上げて歓喜の声を上げた。

 半ばヤケクソにも見えるが、切り替えが早いことは素直にあおも関心しそうになる。

 そんな大声になんの反応もせずに上宿かみやど一夏いちかは鞄を持って立ち上がる。


「一夏は今日から部活再開なのか」

「そうだ」

「そういえば、野球部だけいないのはそろそろ大会が近いからだったり?」

「近いなどではない。まさに今日、三年生達は最後の試合だ」

「え?」


 蒼はふと思いついた疑問を聞いてみると、思いも寄らない答えが返ってきて目を丸くした。

 夏の野球の大会と言えば学校総出で応援するものだと思っていたが、どうやら既に大会は始まっているらしい。


「あれ? 二試合目だよね?」

「だから最後の試合と言っただろう」

「あっ……」


 今度は三砂瑚みさご奏汰かなたが聞くと悲しい答えが返ってきた。


「それはまあなんというか……。全校応援とかないんだな」

「甲子園まで行けばあっただろうな。バスケ部の俺には関係ないが、毎年テスト期間が被ってるらしい。ままならん話だ」

「じゃあ野球部は後でテスト受けるのか」

「そうだ。だから奴らはテスト範囲を人から聞いた上でテストを受けることが可能だ」

「まあ、夏の大会後にそんな余裕があるのか怪しいと思うけど……」


 スケジュールや精神的な面を考えると、蒼は野球部に対して少し同情したくなる。

 そんな蒼とは正反対なことを千大は思う。


「それいいなぁ……」

「ならお前も野球部に入るといい。体力馬鹿のお前ならやっていけるだろう」

「それは一理あるな」

「いや、千大。勉強の為に部活やるとか嫌じゃないか?」

「それは百理あるな」


 手のひらをころころと返しながら千大は頷く。

 蒼も少し呆れてしまうが、一夏が体力馬鹿と評するように千大の運動能力は高い。

 どこかの運動部に所属していればと思ってしまう。


葉咲崎はさざきくんも千大くんも部活には入らないんだね」

「助っ人なら参加するぜ! 何でもできるからな!」


 と、千大には謎の自信があり


「俺は身体動かすのは好きだけど部活やるまでの熱量はないよ」


 蒼はそこまではついて行けないとため息をついた。


「そんなことよりテストの方はどうなんだ山崎」

「何にもわからん!」

「馬鹿が」


 一夏が吐き捨てるように呟いた。

 なんだかんだ勉強を付き合っていたらしく、そんな裏話を聞いた蒼は一夏を優しいと思ってしまったが、千大の態度を見ると優しすぎる方だと思ってしまう。

 緋羽ひうに対してこんな風に吹っ切れたら、さぞ冷たい目で見捨てられるんだろうと蒼は思ってしまう。


「いや、大丈夫だって。赤点は回避できるさぁ」

「その程度で満足するな」

「うぉぉ……運動部らしいことを言うなぁ」

「死ね」

「何でだよ!」


 もはや一夏が色々面倒になって直球で言い放った。


「ちなみに蒼はどうだったんだー?」

「まあ、俺はぼちぼちかなー。結構解けたからそんなに心配はしてない」

「まじかよ……」


 何故か裏切り者を見るような目で千大は蒼を見てくる。

 休みの日に緋羽と勉強したのが大きかったのだろう。それに蒼はいやいや言いつつも短い時間ではあるが毎日勉強はしていた。

 その成果が少なからず出ているのか、思っていたよりも問題が解けた手応えを感じていた。


「まあ葉咲崎の方は心配はいらんだろ」

「そこまで言い切られるとちょっとプレッシャーがあるんだけど」


 一夏の言葉に蒼は苦笑しつつも、やはり千大を心配してあげているとも取れる言葉に彼の優しさを感じた。


「ってかもう過ぎたのはよくね? 夏休み何かしないか?」

「俺は部活がある」

「僕は家族で旅行が……」

「俺もなんかする」

「薄情者共が! 蒼にいたっては予定ないだろそれ!」

「まあ、そうなんだけどさ」


 実際に夏休みの予定なんて何もないが、蒼は緋羽に言った一言のせいで緋羽と過ごすという考えが頭の中にあった。


「え、もしかして彼女か?」

「いや、友達」


 千大の問いに動揺しかける。

 決して彼女ではないが、女子ではあるので当たらずとも遠からずとも言える勘の良さ。

 それでも蒼は表情に出さずに"友達"と言い切る。


「葉咲崎くんは中学の時の友達も向こうに居るもんね」

「くそっ! そんなに昔の男の方が大事かよ!」

「その言い方やめろや、気持ち悪いから」

「どいつもこいつも! 俺達は友達じゃないのかよ! もうやってられるか!」


 千大は顔を腕で隠しながら走って教室から出ていく。


「あれ大丈夫なのか?」

「千大くんはああいうのよくあるから」

「俺は部活に行く」

「ああ、いってらしゃい」


 この三人ではよくあることなのかと理解すると、蒼もとりあえず心配しないことにした。


(それにしても、夏休みか……)


 日に日に暑さが増していくのを感じて、窓からの日差しを複雑な気持ちで見ていた。

 こういう日には氷のような幼馴染と一緒に過ごすのがいいのかもしれない。

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