第7話 七月の第二日曜日
漫画やアニメに出てくるような、如何にも金持ちのお嬢様が住んでいるような豪邸……ではないものの、蒼からしてみればかなり裕福な家庭に見えた。
テレビで一時期見ていた、有名人の家やら有名人が探す高級物件やら、緋羽の家を見た感想はそんな感じだった。
「何を呆けた顔をしているんですか」
リビングに入った蒼は天井の高さに言葉を失っていた。
身長が伸びて段々と近くなる家の天井に寂しさを覚えてしまうが、緋羽の家はそんなこともないだろうと蒼は吹き抜けの下で苦笑した。
「いや、久しぶりに来たなって」
蒼も小学校の時は何回か来たことがある。
あの頃は緋羽の家で勉強してたことが多く、中学からは最近よく行っているカフェで勉強していることが多かった。
広々としたカウンターキッチンは料理系の動画撮影でもしたら映えるんだろうと、蒼はまるで初めて来たかのように部屋の中を見渡してしまう。
「蒼」
「は、はい。なんでしょう」
「勉強、するんでしょう?」
「そうでした」
定期考査が目前となれば遊んでる暇はない。特に蒼の方は油断は出来ない。
今日は緋羽の方から誘われたが、その時に電話に出た蒼は苦虫を噛み潰したような顔をしながら渋々承諾した。
勉強をしなければいけないのはわかっているものの、緋羽から遊びに誘われたら仕方ないと免罪符にするつもりだった。その緋羽から勉強に誘われてしまうという絶対に逃げられないパターンが起きてしまった。
もちろん、蒼がそんな顔をしていたのは緋羽にはわからない。
「なんで急に家に呼んだんだ?」
「そんなにおかしい事ですか?」
「いや、……おかしくはないか」
「私の部屋に上げるつもりはないですけど」
「ん、ああ。それは任せるよ」
ここまで来たら緋羽の部屋もどれだけ広いか少し気になってしまったが、やはり女の子の部屋に上がるのもなんだか申し訳ない気がした。
別に緋羽はそこまで心を許している訳ではないだろう。蒼はそう思っているので、なんだかんだ異性としての距離感があることに安心する。
あまり無防備(本人にそのつもりはない)な扱いをされると蒼も困る。
「蒼は自分の家で勉強するのは集中出来ないって言ってましたし、私の家なら集中出来ると思うんですよ」
「それは、ありがとう?」
「私も流石に少しは勉強しておきたいですし」
「なるほど」
もはや完全に勉強をする空気になってしまっていることに蒼は覚悟を決める。
やりたくない……。けれども、やらなければならないのも事実。
「そういえば両親は出かけてるの?」
「はい。蒼を家に呼ぶと言ったら出掛けることになりました」
「え、なんか……それは申し訳ないな」
「気にしなくていいですよ。私が友達を呼ぶことに泣きそうになってましたから、余計なお節介する自覚があったんでしょう」
透き通った綺麗な緋羽の声でも、『余計なお節介』という部分に力が籠もっているのがわかった。
年相応の親へのダルさというものが見えて、感情がわからない表情に加えて、お淑やかで大人びて見える緋羽もまだ高校生になったばかりの女の子なのが改めてわかる。
(まあ、結構不満は顔に出すんだけど)
と、ロングスカート姿のTHE・清楚と言わんばかりの私服姿をした緋羽から蒼は目を逸らした。
「……何か失礼なこと考えてます?」
「いや、別に?」
眉を曲げてあからさまに不信感を目で訴えてくる緋羽に、両手を上げて降伏のポーズを示す。
その態度が気に入らないのか、緋羽はジト目で睨みつけた。
「親には友達って言ってるんだなって」
「その説明が一番面白がって探られないと思いますし」
「まあ、それはそうだなぁ」
腐れ縁だなんだと回りくどい言い方をしたら、逆に面白がられそうではあると蒼も思う。
蒼も学校の友人に緋羽のことを聞かれたら"友達"と言うだろう。
「別に私はどうでもいいですし」
「どうでもいいか」
「他人がどう思ってようが、本人の勝手だと思いますし」
「それはそうか」
「ああ、それと蒼にお父さんから手紙を預かってます」
「……手紙?」
そう言われて、緋羽は封筒を一枚蒼に渡した。
「ところで、何か飲みます?」
「別に気にしなくてもいいけど」
「お客人に対して何も出さないというのも嫌なんですけど」
「……じゃあ、お茶でもコーヒーでもジュースでも」
「わかりました」
いらない遠慮はするな。という圧を受けた気がして蒼は後退りしつつも提案する。
広いキッチンの奥の冷蔵庫に向かつ緋羽を横目に、苦笑しながら封筒を開くことにした。
中に入っていた手紙を見る。そこにはただ一言だけ短い文章が添えられている。
"
手紙の最後には緋羽の父親と母親の名前がフルネームで書かれている。それが何の為に書いているのか蒼にはわからなかった。
「なんだこれ……」
「蒼?」
「いや、何でもない」
「もしかして現金とか入ってました?」
「いや流石にない」
「そうですか?」
何故両親の名前が書かれているのか分からないが、もう充分面白がられてるような気がしていた。
とりあえず気にしないようにテスト勉強に集中することにする。
なるべく余計なことを考えないようにすると必然と集中することが出来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます