第6話 七月の第二土曜日

 週末がやってくると、あおはいつものように緋羽ひうに勉強の監視を頼む。

 特にこの休み明けの週には夏休み前のテストがあるので、蒼は力を入れておきたいところだった。

 緋羽もテストを控えてはいるものの、元々頭がいいのと、そこまで難しい問題は出ないことがわかっているのでいつものように本を読んでいた。

 先週と同じカフェで二人は先週と同じように向かい合って座っていた。


「そろそろ休憩したらどうですか」

「……そうするかな」


 本に目を落としたままの緋羽に提案されると、蒼は時計を確認する。

 ここに来ていつの間にか一時間が経過していた、まだ終わるつもりはないが一度休憩しても良い時間だろうと、蒼は首を鳴らして背伸びをすると参考書を閉じた。

 緋羽もそれを確認して本を閉じると、いつものと同じアイスコーヒーを一口飲む。トッピングされたホイップクリームは既に溶けて、苦みの中にちょうど良い甘さが混じっている。


「緋羽はいつもそれ飲んでるよな。ウィンナーコーヒーって言うんだっけ?」

「ホイップクリーム乗せドリップアイスコーヒーですよ」

「ここで注文するならそうなんだろうけどさ」

「甘いコーヒーは苦手ですから、それに甘い食べ物も……」

「……それさ、最終的にその両方が混ってないか?」

「これはちょうど良い感じになるんです」

「へぇー」


 そういうものか。と、蒼は頬杖をついて興味ありげに眺めていた。

 蒼は手元にあったアイスカフェオレのストローに口をつける。既に殆ど飲み干してしまい、ズズ……という音を立てて細かい氷がぶつかる音が聞こえた。


「何か飲みますか」

「俺はいいよ」

「そうですか」


 別に喉も渇いていない。……というよりも、蒼としてはあまり金を使いたくない、という気持ちが大きかった。

 きっと今日だけじゃなく来週も、そのまた来週も……こんな風に緋羽と一緒に過ごすことを想像していた。そして、気づけば夏休みに入っているだろう。

 そうなったら手持ちが些か心許ない。

 そんな蒼の気持ちを知ってか知らずか緋羽はスマホを向けてくる。


「これ、頼んでいいですか?」


 そう言って見せて来たのはこのカフェのスマホアプリで、画面に映っているのは期間限定のメニューだった。

 夏らしい水が舞う青空を背景にしたホイップクリームの乗ったバナナオレが派手に映し出されている。


「別にいいんだけど……、さっきと言ってることが違わないか?」

「甘い食べ物は嫌いではないです。けれど私の場合、一口二口で味わえれば良いんです」

「我儘だなぁ……」

「なので、蒼と二人で分けようと思います」

「は?」


 予想外の言葉に蒼は目を丸くした。

 緋羽はそれに対してカウンターの如く目を細めて見つめ返した。


「いいよ。って言いましたよね」

「ちょっと待て、あれは"結構です"って意味の『いいよ』であって、俺も何か飲むとかそういうのじゃ──」

「すみません。先週も言いましたけど、私は冗談の区別がつきませんので」

「これは"冗談"とかそういう話ではないだろっ」


 蒼がジト目で睨みつけると、緋羽もスマホを触る手が止まる。

 緋羽の目はスマホの画面を見たまま停止すると、やがて観念したようにスマホをテーブルの上に置いた。

 緋羽の機嫌が悪くなった気がして、なんだか蒼も申し訳なくなる。


「別に頼んでもいいぞ」

「帰りにテイクアウトするので大丈夫です」

「そうか?」


 緋羽の目を見ると、別に機嫌が悪くなっている訳ではない気がした。

 蒼も緋羽の全てがわかるわけではないし、緋羽の無表情には振り回されるが、ちゃんと負の感情は表に出ることは知っていたので、別に気を損ねていないことはわかった。


「まあ二人で一つのグラスとかカップルみたいだしな」

「…………」


 ヘラりと、そんなことを言ってみると緋羽が眉を曲げて目を細めた。

 それを見て、やはり緋羽の機嫌の悪さはこうして表に出ると確信する。


「その程度のことでそう思われるなら、今後蒼との接し方を考える必要がありますね」

「冗談だよ」

「私は冗談が通じません」

「俺で慣れておけ」

「……確かに私もいい加減学習しなければいけないと思いますけど」


 蒼の言葉に一理を感じながらも、それはそれとしてその態度が気に入らないのか、緋羽はジト目で睨みつける。

 蒼も蒼で、言うほど"その程度"のことなのか? と、少し眉を曲げて苦笑いをした。

 蒼がもう一度緋羽の方を見ると、じっと見つめられていることに気づいた。


「蒼は陽キャですから、私とは合わないですからね」

「は? いや、俺別に陽キャではないって」


 蒼は急に何を言い出すんだと肩が落ちる。

 その一方で、緋羽は学校での話を思い出していた。

 より正確に言えば、学校で話を聞いていた時に蘇った中学時の時のことを思い出していた。体を張ったり、明るく元気に友達と絡む蒼の姿を度々見ていて、それは緋羽とは正反対とも言える人間性だった。


「充分陽キャですよ」

「いやいやいや、陽キャってのは──ひゃーうぃー! ……とかそんな感じでしょ」

「それはただ言語が崩壊してるだけの馬鹿ですよ」

「俺の陽キャの解像度の低さによって俺が陽キャじゃない証明が出来たのでは?」

「咄嗟にそのテンションが出せるのが既にだと思いますけど。というか急にやめてください恐怖を感じました。というよりイラッとしました」

「やらせないでくれ」

「別にやらせてはないんですけど。とても気持ちが悪かったです」


 吐き捨てるようにストレートな言葉を言い放つ緋羽に気圧されてしまうが、そんな緋羽に何故だか少し安心感を覚えた。


『私とは合わないですからね』


 そう言われた時に蒼は寂しさを感じた。

 緋羽との関係は恋とかではないが、この切っても切れない"腐れ縁"は、切れないのではなく

 切りたくない──なのではないだろうか。

 だとしても、それは今度こそ絶対に緋羽には言わないと蒼は心の中に決めた。

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