第5話 雛原緋羽と学校生活

 緋羽ひうの通う高校は家から近い距離にあり、その分朝もゆっくりした時間を過ごせる。それは特に朝が苦手な緋羽に取ってとてもありがたかった。

 既に殆どの人が登校している時間帯に教室に入る。決して遅刻はしていないが緋羽が教室に入った瞬間、その瞬間だけ教室の人達の目が緋羽に集まる。

 いつものことなので気にせず自分の席に座るとそのまま本を読む。

 高校生活が始まって三ヶ月になるが、未だに緋羽には友達がいない。別にそれで構わないと緋羽は思っていた。


雛原ひなはらさん」


 緋羽が本を読んでいた所に一人、見慣れない男子が声を掛けてきた。その男が別のクラスの男子ということに気づくと、緋羽は何かを察したのか本を閉じる。


「何ですか」

「あの……雛原さん、この前机の中に何か入ってなかった?」

「何か、とはなんでしょうか?」

「その、手紙……なんだけど」

「ああ、あれですか」


 わざとらしく聞き返した後で、緋羽はうんざりしたように目を伏せて息を吐いた。


「申し訳ないですけど、気味が悪かったので捨てました」

「えっ!?」


 予想外の答えだったのか、男子の方は目を丸くして驚いたが、緋羽は淡々と言葉を続ける。


「差し出し人がわかりませんでしたから、……とはいえ、私もなんとなくは察して一応中身を確認はしました」

「か、確認してくれたんだ……じゃあ──」

「言いたいことがあるのなら直接伝えて欲しいですね。放課後は私も暇ではないので」


 冷たく言い放った言葉に男子が言葉を失う。

 緋羽の声は大きくないが、それでも教室の中でいつも一人でいる緋羽が男子と話をしているということだけで、教室にいる人達の視線を集めていた。

 あからさまに視線を向けることはしないが、教室の皆はチラチラと目配りして二人の様子を気にしている。


「差し出し人が誰なのかはわかりませんし、こちらの都合を考えもしないで、何の為に呼び出すのかも教えてくれませんし、恐怖を感じてしまいます」

「それは……」

「もしこの言葉が届いているのなら、こういうことは二度としないでもらいたいです。どうせ私は一人でいますから、話しかけるタイミングはいつでもありますから」

「あ、その……」


 淡々と目を合わせずに言葉を紡ぐ。

 男子の方は何も言えずに……


「……ごめん」


 というしかなかった。

 緋羽はあえて差し出し人がわからないという体で話しているからか、その謝罪の言葉には目を閉じるだけだった。

 男子は肩を落として重い足取りで教室を出ていく。

 緋羽は言葉を選ぶべきだったかもしれないと思いつつも、自分の気持ちを正直には伝えたので一仕事を終えたように息を吐くと、再び本を開き始める。


「やっぱり雛原さん冷たいなぁ……」


 どこからか、そんな声が聞こえた。

 聞こえないように言ったのだろうが、緋羽以外の教室の人間にも聞こえているようで、誰が言ったかわからないその言葉を皮切りに、男子も女子も小さな声で喋り始める。


「公開処刑でしょ今の」

「けど、その気がないんだから応えてやる義理もないってのはわかるわー」

「えー? けど皆のいるところで言う?」


「そもそもあいつが直接言いに来たからだろ」

「いや、ちょっと待てよ。雛原さんのさっきの言葉ってやり方が気に入らないだけで、別にフラレたわけじゃないんじゃないか?」

「だとしてもお前にはねーよ」

「ま、まだ何も言ってないだろ!」


「そもそも雛原さんって付き合ってる人いるでしょ」

「もしかして葉咲崎はさざきくん? やっぱり付き合ってるの?」

「だっていっつも一緒に登校してたでしょ」

「家が近いだけって言ってたけど、なんか付き人みたいだったよね」


 それぞれが別の会話であるものの、各々が耳に届いた疑問に答えるような、気色の悪い一体感が教室の中にあった。

 それでも緋羽は気にせず本を読み続ける……フリをした。


(一緒に登下校をしてただけで付き合っていると思われるなんて、蒼も中々可愛そうですね)


 噂話のターゲットがあおに移ったことに同情してしまう。

 この高校には元々中学が一緒だった生徒も多いので、蒼の話が出るのもおかしくはない。そして、次第に蒼に関する話もエスカレートしていき…………


「てか、あいつ勉強出来たんだな」

「ああ、わざわざ遠いとこ行ってな。なんなんだろうな」

「なんだよ、頭悪いフリしてたってことか? あいつ運動も出来るだろ、結局あいつも天才なんじゃないか」

「なら雛原さんとぴったりだな」


「葉咲崎くんって好きな子追いかけて行ったんじゃないの」

「え、マジ?」

「だってあんなに頭良いところ行く人には見えないし」

「じゃあ雛原さんフラレたってこと?」


 思いもよらない方向に話が変わっていき、緋羽も眉間をピクリと動かした。


(……どうしてそうなるんですか?)


 とはいえ、ここで反応したら図星とも思われてしまう。くだらない話は無視するのが一番だろう。

 そう思っていても、やはり好き勝手言われるのはあまりいい気分ではないのも事実だ。

 そんな時だった……


「葉咲崎? 雛原さんの彼氏?」

「彼氏かどうかは知らないけど、蒼はだいぶ面白い奴だぞ」

「面白い?」

「俺達と蒼で漫画の技とか修行方とか本気で真似してたりしたからな」

「そういや川に飛び込んで足の骨折ってなかったか? 流石に誰もやらないと思ったのに」

「そこまで深くなかったからな」

「そいつ馬鹿なのか?」

「結構馬鹿だぞ」


 昔から蒼と仲がよかったかのような男子達の会話が耳には入る。確かに蒼は小学校の時に一時期足の骨を折って親に送迎して学校に行っていたのを思い出す。

 あの時に一緒に登校する機会がなくなったのに、完治すると何もなかったかのように、また一緒に登校していた。


「そんなに運動神経凄かったら運動部に入ればいいのに」

「いや、まー、なんつうか……家の事情? あんま勝手に言いたくはないけど」

「なんか部活は金が掛かるとか言ってたよな。別に貧乏ってわけではないはずなのに」

「んー、まあけど実際金は掛かるからな。野球のグローブとか硬式だと五万とか六万とかするし」

「うぇ……そんなするのかよ」

「買ってもポジション変わったらとかあるからなぁ……」

「ひぇ……」


 彼らの話が別の話題にすり替わったところで、緋羽も聞き耳を立てるのをやめて読書に集中する。


(家庭の事情……多分、嘘なんじゃないでしょうか)


 緋羽も蒼の家の事は緋羽も詳しくは知らないが、蒼の家にいったことは何度かあるし、別に複雑な家庭環境には見えなかった。

 あくまで表に出さないだけなのかもしれないが……。


(別に興味もありませんけど)

 

 それはそれとして、自分への注目も逸れたところで緋羽は読書を再開した。

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