第3話 七月の第一日曜日②
映画館も併設してるせいか、この大型のショッピングモールは休日にはそこそこ人が多い。
気を抜けば逸れてしまう……程の人混みではないが、なるべく離れないように二人は距離を近づけて歩いていた。
「人が多いですね」
「まあ、特にイベントがあるとそうだよな」
「イベントですか?」
「ほら、あれ」
数多くの店が並ぶ道を抜けると、一階から四階まで目が通る吹き抜けの広い空間になっている。
ここで季節により様々なイベントをしていたり、セール品などが並べられたりしているのを、蒼もよく目にしている。
そして七月となれば……
「本当にあったな」
「……七夕?」
「そ、短冊を書いて飾っていいんだよ」
立派な笹が数本用意されていて、特に子供連れの人達がその側で書いた短冊を飾り付けていた。
「これの為に今日は来たんですか」
「本当にやってるかは知らなかったけどさ、短冊って真面目に書いたことないし、久しぶりにやってみたいなとか」
「短冊ってそんな真面目に書くものでもないでしょう」
相変わらず楽しくなさそうな表情でそう言うが、
ただ、蒼は少し失敗したと思った。
人の集まる中に歩いていくと、周囲の人達の視線が緋羽に向けられているのが蒼にもわかった。
やはり緋羽の整った容姿は目立ってしまうようで、そのことに気が回らなかった蒼は頭を押さえた。長い茅色は髪はサラサラと舞い、整った容姿と線の細い身体に、ただ歩くだけでも注目を集めてしまう。
「蒼?」
立ち止まった緋羽は振り返って蒼を見て不審に思い眉を曲げた。緋羽本人は周りの視線などまるで気にしていなかった。
「いや……改めて思うなって」
「何をですか」
「緋羽ってその……目立つなって」
言ってしまうか迷ったが、恐らく緋羽も気づいてはいるんだろうと、そう思うと誤魔化す方がおかしい気もしたので正直に言う。
言われた緋羽は至極どうでもよさそうに目を細める。
「そうですね」
「そうですねって」
「慣れてますから」
「そうか」
「けど、こうして見られているなら大丈夫ですよ」
「大丈夫?」
「周りの視線がない時は、バレないように髪を触られてることもありましたから」
「は?」
想像してなかった事を聞かされて蒼は言葉を失った。
緋羽がそんな被害にあっているとは知らなかったのと、そんな目にあった恐怖を想像すると胸が痛くなった。
それでも緋羽は淡々と気にしていない様に喋る。
「今は蒼がいるから大丈夫だと思います」
「そ、そうなのか? 役にたてているのならいいけどさ」
「これに関しては私の容姿ではなく、私が物静かで孤立している女の子だから、狙われやすいのかもしれないと思っているんですよね。ですから蒼が側にいれば大丈夫だと思います」
「……そういうものか」
緋羽は顎に指をあてて冷静な分析をする。
別にそこまで深く気にしていないように言うが、それでも蒼にも使命感のようなものが生まれてしまう。
無意識に周囲を警戒してしまう。不審な人物はいなそうなことを確認すると、その蒼を緋羽がジト目で見上げていた。
「別にいいですからね」
「何が?」
「俺が守ってやる。とか思わなくても」
「別に思ってねーし」
図星を突かれてしまった恥ずかしさから舌打ちをしそうになったのを蒼は堪えた。
「居てくれるだけで役に立ってますから」
それならいいか。と、蒼が小さく声を漏らしたのは自分にも言い聞かせる為だった
気を取り直して短冊を書くことにする。正直なところ蒼も何を書くかは決まってはいない。
今日は元々家に居るつもりだったのだ。出かける予定なんてなかったし、思いつきでやって来ただけに過ぎない。
とはいえ一人だと遠目から『なんかやってるな』としか思わない行事に、ちょっと参加してみたいという好奇心はあった。
「緋羽は何書くか決まってたりする?」
「そうですね……。"無病息災"でしょうか」
「なんか、真面目に考えてるな」
「そうですか? なら不老不死にしましょうか」
「……究極的に健康を祈ればそうなるかぁ。というか、そんな健康意識高かったの」
「いえ、努力でどうにか出来るものを願うのはなんだか情けないので、そう考えると病気にかからないという願いが無難だと思うんですよね」
「短冊ってそんな真面目に書くものじゃないだろ」
蒼がさっき言われた言葉をそのまま返す。
「なら蒼はどうします?」
「え、えー……まあ、赤点回避できたらいいなー的な?」
これは努力でどうにか出来るものだと思うが、別に蒼は情けないとは思わない。テストは時に神頼みをしたくなる時はある。運でどうにかなる時もある。運でどうにか出来る範囲に持ち込むことが努力なのだ。
……と、心の中で言い訳をした。
緋羽も別に蒼の願い事を貶すようなことはしない。自分の理念から外れる願いであってもそれは他人のことなのだから、緋羽は気にしない。
むしろ、蒼のものを聞いて別の願いを書くことにする。
「私も少し実現できそうな願いにしますか」
「と、言うと?」
緋羽はすらすらと短冊に書き始める。
願いは簡潔に、単純に──"友達1人"──と書かれていた。
「100人ではなく?」
「そんなにいらないです」
苦虫を噛み潰したような顔であからさまに嫌がる。雛原緋羽は無表情で無感情だと蒼は思っていたが、今日はなんだか基本的に悪い感情に対して表情が豊かである。
「なるほど、1人でいいのな」
「別にそこまで欲しいわけでもないですけど、作るなら本当に仲が良い人を1人作るべきだと思うんですよね」
「それは言えてるな。けど緋羽」
「なんです」
「その1人は俺じゃないのか?」
ただ純粋に疑問に思ったことを聞いてみた。
蒼と緋羽は目を合わせてお互いにぱちくりと瞬きをする。
緋羽は真顔で、蒼はそんな緋羽を見て「ん?」と、自分が変なことを聞いたのかと戸惑う。
「男女の友情は成立しないという話を……」
「それも昨日したなぁ……」
またもや自分の発言に刺されてしまう。
ならばこの関係はやはりなんなのだろうか。気になってはいるが、別に言葉にしなくてもいいのかもしれない。
蒼がそう思っていると緋羽は呟く。
「私達は……腐れ縁って言うんですかね」
「それっていい意味なのか?」
「さあ、どうでしょう」
「おい」
目を細めてどうでもよさそうに答える緋羽に肩を落とした。
ここまで距離の近い異性の関係に、少し身構えるところがあった蒼だが、緋羽のことを見ているとそんなことは気にしている方が馬鹿みたいだと思った。
「けど、切っても切れない関係……そう言われたら、私達にはしっくりきませんか?」
緋羽は淡々とどうでもいいように言って見せる。
「まあ悪くはないか」
蒼もそうそっけなく答えた。
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