第4話 昼行燈

 目覚めると、いつもと同じ朝だった。


 いや、ガラクタ達は乱れに乱れて散乱しているから、昨夜の出来事は現実なのだろう。


 それとも、あれは単なる悪夢でこの惨状は地震のせいかもしれない。


 急いでスマホで確認するも、それらしき地震情報は見当たらなかった。


 そうっと首筋に触れてみる。


 痛てぇ……


 のそりと立ち上がり洗面所へ。鏡を覗けば

指の跡がくっきりと痣になっている。


 やっぱり現実か……


 ゾクリ、と背筋を冷たいものが走る。這い回るミミズのような感覚が、両の腕へと広がっていく。


 怖っ!


 今度は家中の窓を確認してみたが、人が出入りできそうなところはちゃんと鍵が掛けてあった。


 やっぱり生きている人間じゃなくて、幽霊か何か、それもとびきり悪質な霊の仕業か。


 確かにこの家は古いし、よくわからないガラクタがわんさとある。まあ、曰く付きの品だって一つや二つ混じっているはず。


 それでも、一昨日までは何事も無かった。


 と言うことは、新参者の仕業と考えるのが妥当だろう。


 俺はもう一度寝室へ行くと、床の間の掛け軸に目をやった。


 一見、何事も無いように見える。


 いや…なんだろう?


 昨日はあれほど感じていた魅力が、さっぱりわからない。筆の勢いも無ければ、溢れ出てくる気概も執念も高揚感も無い、ただの煤けた紙に無造作に書かれた『◯』。


 どういうことだろうか?


 これは、えいさんに見てもらった方が良さそうだな……


 にしても、会社行く時、この痣どうしようか?


 俺はクソ暑い中、シャツのボタンをキッチリと上まで留めての出勤を余儀なくされたのだった。



 栄さんこと篠山栄一郎しのやまえいいちろうは、爺さんが足繁く通っていた骨董屋、『昼行燈ひるあんどん』の主人だ。御年八十歳だが、矍鑠かくしゃくとしていて良く喋る。

 俺もガキの頃から連れられて行っていたので、孫のように可愛がってもらっていた。


 会社帰りに、と言っても、店はとうに終い時間。階上の栄さんの自宅へ押し掛けた。奥さんを三年前に亡くしているから、今は一人暮らしだ。


「全く、年寄りをこき使いやがって。まあ、いい。夕飯食べてけ」


 口では憎まれ口を言っているけど、栄さんの目が好奇心でいっぱいなのは隠しきれてないからな。


「うちにはガラクタが山のようにあるけど、こんなこと初めてだったから焦ったよ」


「あったりめぇだろ。お前んとこの爺さんには、俺がしっかり吟味した品しか見せてないからな」


「やっぱり、栄さんにはわかるんだ」


「ま、死なねえ程度にはな」


 その言葉に、昨夜の恐怖が蘇ってきた。


 ぶるりっ―――



 俺が馳走になっている間に、栄さんはさっさと件の掛け軸の箱を開けていた。


 最初はワクワク。開けた途端に眉間に皺が寄る。しばらくそのままブツブツと唱えながら眺めて、その後慎重に取り出して、はらりと畳の上に広げた。

 とっくりと眺めてから。


正坊まさぼう、これを何処で買ったんだ?」


 俺は昨日の経緯を手短に語った。

『ぼったくり』の店名を言った途端、栄さんの顔がさっと強張った。そして、ふうーっとため息をつくと、


「これはまた、随分と気に入られたようだな」と呟いた。


 意味が分からず栄さんの顔を見つめる。


「その店は……現世うつしよの店じゃねぇよ」


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