第3話 魂が抜けた

 ひゅーっ ひゅっ

 ぅんがっ うぐっぁ―――


 息の通り道が見つからない。


 なぜだ!?

 何が起こっているんだ。


 鋼の意志で瞼をこじ開ければ、夜の闇よりも黒い人影が俺の上に覆いかぶさって、首を締め上げていた。


 強盗? 凶悪犯?


 慌てて振り払おうとするも、体の自由が全く効かない。


 金縛りか?


 不思議なことに、黒い人影の重量はまるで感じない。それなのに、指先が物凄い勢いで首にめり込んでくるのだけは感じ取れるのだ。


 漆黒の顔が近づいてきた。目も鼻も口も無いのに、はぁ、はぁと興奮したような息遣いが降り掛かかる。気持ち悪さと恐怖で、ゾワゾワと粟立つ肌。


 生臭い匂いとともに絞り出された嗄れ声を、辛うじて鼓膜が捉えた。


 しぃ〜ねぇ〜〜〜


 殺される!


 ガラガラガラガラ カタカタカタカタ……


 ガラクタ達が共鳴するように震えだす。やがてそれは地響きを立て家を揺らし―――


 カハッ……


 俺の口から、命が吐き出された。


 慌てて見下ろせば、横たわる俺の体。

 帰ろうと藻掻くも、やっぱり上手く動けない。

 

 俺の体の上に跨る人影が、くるりとこちらを見上げてきた。


 何故か、目が合った気がした。


 にたぁ〜


 嬉しそうに笑う。


 ヤバい! 帰れなくなってしまう。

 俺、このまま死ぬのかな。


 別にこの世に未練があるタイプでは無いが、それでもまだ二十八年で生涯を終えてしまうのは淋しい。

 会社の連中、直ぐに死体を見つけてくれるだろうか。放置されそうだな。


 やっぱ、このまま死ぬのは嫌だ。


 目まぐるしくそんな事を思った時、今度は黒い人影が形を変えた。蛇のように長い一本の流線となって、俺に向かって来る。


 うおっ!?


 魂まで消滅させようって魂胆か?


 必死で逃げようとするも、相変わらず動けない俺には捕まる未来しか無かった。


 シュルリとしなる黒い線は、あっという間に俺に追いつき絡め取られてしまう。


 ぐるぐると魂魄の周りで円を描くように回り始め、徐々にその輪が小さくなり、俺を縛り上げた。


 その円の様子に既視感を覚える。


 あの掛け軸の円相と同じだな。

 悟りを開いた究極の形って言われているけど、俺に取っちゃ単なる拘束具だな。


 ああ……今度こそ終わりか……


 そう覚悟を決めた時、物凄い勢いで降下を始めた。

 風を切る勢いで、ドスンと激突するように己の身体に戻された。


 えっ!?


 もしかして助かったのか!


 確かめたかったけれど、あまりに疲れていて無理だった。そのまま、泥のように眠りに落ちていく。


 遠くに断末魔の叫びを聞いたような気がした。


 


 


 


 




 


 

 


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