第2話 爺さんの家

 予想通り、仕事鞄には入らないので抱えて歩くことになってしまった。己の自制心の無さを反省するも、思わぬ掘り出し物に巡り会えたので、足取りは軽かった。


 無事に仕事を終えて帰路につく。


 最寄り駅からキーコキーコと自転車で二十分。最後はなだらかな坂道を立ち漕ぎ。


 ザワザワとした竹林を背負った山際の一軒家。道のどん詰まりにあって、近所の家は屋根を見下ろす位置にぽつりぽつり。


 ここで一人暮らししている。


 俗世からちょっとだけ離れられるような気がして俺は気に入っているけれど、傍から見たらおんぼろ家だ。


 古いし不便だから、資産価値はほとんど無い。父さんも叔母さんも欲しがらなかった、寧ろ処分に困っていた爺さんの家。


 だから、俺が貰ったんだ。


 俺の爺さんはちまちまと小遣いを貯めては、婆さんや子ども達に呆れられながら、なんの役に立つのかさっぱり分からない、汚れて煤けたガラクタを買ってきては、床の間ところへ積み上げているような人だった。


 そんな爺さんが語るガラクタの謂れは、子どもだった俺にとっては、正に宝の山。ワクワクとしながら聞いていたものだ。


「正宗は物の価値が分かる子だ。将来大物になるぞ」


 そんな爺さんの身贔屓丸出しな予見は当たらず……


 俺はあくせくと社畜生活を送っているけどな。


 風呂に入って汗を流してから、冷蔵庫のビールをプシュッと開ける。

 喉を滑り落ちる金の泡の感触に、生きていることを実感する至福の一時。


「ふぅ~」


 一息ついたところで、いよいよ抱えてきたお宝のお披露目タイムだ。


 店で一目見た時に感じた筆致の力強さを確認する。目を近づけて墨の滲み具合を辿れば、緩急つけた筆先の動きまで伝わってくるようだった。


「すげぇー。なんか執念みたいなのが伝わってくるぜ」


 独り言た。


 その時、整理しきれず部屋の隅へ置きっぱなしのガラクタ達が、カタカタカタっと小さく音をたてた。


「地震か?」


 と同時にふっと鼻腔を駆け抜けた香り。


 線香……か?


 揺れる音は直ぐに治まったので気にすること無く、俺は手元に意識を戻した。


「何処に飾るかな」


 いつもなら買って来てもそのまま仕舞い込んで置く。だが、今日は何故かちゃんと飾りたいと思ったから。


 結局、八畳寝室の床の間に掛けた。


 足元のガラクタは放置したままだけど……ま、別に構わないだろう。


 


 


 

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