第16話 心因性性機能障害
「もう少し早くご相談に来て頂くべきでしたね。貴方は心因性の性機能障害。つまりれっきとした病気です」
落ち着いた口調で、物腰柔らかなドクターはゆっくりとそう言った。俺が訪れたのは、男性専用の性に関するクリニックだった。
本当は大学に入学した時から、自分が此れに該当するのではないかと疑っていた。しかしホストクラブに入店すれば、その内克服できるという期待も持っていた。
実際はその逆で、ホストの仕事のせいで症状を悪化させていた。ドクターは俺の将来を考えるなら、今すぐにホストの仕事は辞めるべきだと言った。
「貴方の場合、10歳の時のトラウマが大きな原因となっています。年月が経つにつれて其れが精神的なストレスとなり、身体にまで強い影響を及ぼしています。
此のまま放置すれば、負の連鎖は恐らく悪化の一途を辿るでしょう。しかし貴方はまだ21歳と若い、治療すれば治る可能性は十二分にあります」
「どうして俺だけが……………直接見ないにしても、皆自分がどうやって産まれて来たかは知っているでしょう。それに嫌悪感を持つのはおかしい事なのですか?」
「落ち着いて下さい、杉山さん。貴方の場合は、子供の時に直接見た事が原因なのです。一般的に此れは普通の事ではありません。はっきりと言いますが、親御さんの配慮が足りなかったという事になります」
担当医は非常にわかりやすく、論理的に俺の今の状態を説明してくれた。つまり俺の場合、子供頃のトラウマが原因で心に激しいダメージを負っているのだった。
「深層心理に直結するトラウマは、その後の人生に大きく影響を及ぼします。貴方の場合はそれが10歳の時ですから、猶更ダメージの影響が深いのです。
このまま放置していては、深刻な鬱病・統合失調症などの精神疾患を引き起こしてしまいます。貴方はまだその手前にいる状態ですから、適切に治療を続ければ必ず治ります」
「先生………………俺はわからないんです。先生の仰る通り、ホストクラブは今日で退職します。問題は其処じゃなくて………………性行為が出来ない事は、俺の人生にとってそんなに影響力があるのでしょうか。
俺はいい会社に入って、高い給料を貰えればそれでいいんです。結婚願望も有りませんし、子供は絶対に要りません」
「仕事さえ順調ならば、後はどうでもいい………というのは不可能だと私は思います。人間はロボットではありませんので、プライベートを仕事と完全に切り離す事は出来ません。
ましてや貴方の場合、現時点で体調不良の原因にもなっています。今は若いので吐くだけで済むかもしれませんが、進行すれば重度の自律神経失調症にもなりかねません。もしそうなった場合、仕事にも影響をきたす可能性がある………其れは貴方のキャリアにも影響する、そうは思いませんか?」
担当医の言っている事は的を得ていた。実際俺はストレスが原因で、今日の授業と仕事を両方休んでいる。そして明日も行けるかというと、自信が無いのが本音だった。
「先程10歳の時のトラウマが原因だと言いましたが、実際はもう少し複雑なのではないかと私は思います。
失礼ですが貴方は幼少期に、ご両親から十分に愛情を受けて育ちましたか?」
「いいえ、俺の両親は俺を粗末に扱っていました。抑々俺は望まれていなかった、両親が欲しかったのは女だった。俺が生まれた時、母親は酷くがっかりしたと言ったそうです」
「恐らくそういった面も、貴方の性格形成に大きな影響を与えています。愛情不足・貧困・そして貴方の資質でもある潔癖症。これら全てが複雑に絡まっている為、大人になっても過去のトラウマを払拭できずにいるのではないでしょうか」
担当医がそう言った瞬間、俺は一生幸せにはなれないだろうと思った。人間が本来感じる幸福感を、俺は気持ち悪いと思ってしまうからだった。
「杉山さん。貴方の様に心因性の性機能障害で悩む方は、実はかなりの数いるといわれています。私のクリニックの患者さんにも、貴方と同じ様な事で悩んでいる方が沢山います。貴方が本気で治したいとおもうのなら、私も全力で貴方の治療に取り組むつもりです」
「治療というのは…………カウンセリングと、投薬のことですよね。俺は学生で、そんなに金に余裕が無いんです。出来れば少ない回数で、快方に向かう事は出来ないでしょうか」
俺の質問に対し、担当医はやってみなければわからないと言った。俺はひとまず家に帰り、もう一度自分でよく考えてみる事にした。
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