第15話 堕ちた天使
俺は自分の目をごしごしと擦り、パッケージの女を何度も凝視した。顔も体型もかなり変わっていたが、どう見ても中学の同級生・田中明音だった。
(メチャクチャ弄ってるわけじゃないけど、目と鼻は確実に整形してる。でもほくろや輪郭の形は全く同じだし、何よりこの笑顔……………)
「おいおい、まさかそれ気に入ったのかよ。デビューして間もない新人の、黒峰あすかだぜ。Gカップ天使降臨だってよ、クソだせーーキャッチコピー!!でもまあピン張るだけの事はあるぜ、此の女」
「これ…………ちょっと借りて帰る。俺明日も朝早いから、もう家帰って寝るわ!」
俺はそう言って、さっさと木原の家から出て行った。帰り道のチャリを漕ぎながら、本当に田中なのかどうか確かめずには居られなかった。
(あいつ、夢は歌手になる事って言ってたのに………なんでこんな馬鹿な道に入ってんだよ。いや、多分人違いだ……………あいつはきちんとした家庭の子供だ、こんな事親が認める訳が無い)
帰宅した俺は急いでパッケージを破り、DVDデッキに借りたAVを放り込んでいった。わけのわからないインタビューが始まった瞬間、俺は一気にその場に座り込んだ。
楽しそうに喋っている女は、間違い無く田中明音だった。見た目は変わっていても、流石に声までは変える事が出来ない。田中の声は少しハスキーで、特徴的だった為良く覚えていた。
(なにやってんだよ、こいつ……………あんなに頑張って進学校行ったのに。そういえば高校の時、途中から姿を見かけなくなった気がする。あの時は全く気にも留めて無かったけど…………こいつ、何処かで道を踏み外したんだ)
(俺も人の事は言えねえけど、流石に此処まで落ちぶれちゃいねえよ。馬鹿な事しやがって…………これじゃもう、一生を捨てたも同然だろ)
相手役のジジイが移った瞬間、俺は速攻で停止ボタンをおした。そしてトイレにダッシュし、水のようなゲロを大量に履いていった。
(き、気色悪い………あんなにいい子ぶってた女が、よりにもよってこんな………あ、頭が痛い。嫌だ、此れは何かの間違いだ。違う、単なる良く似た別人だ)
俺は心臓を抑えながら何度も自分にそう言い聞かせ、トイレの水を何度も何度も流していった。そしてDVDをデッキから取り出し、目一杯力を込めて真っ二つに割った。
(こいつが誰であろうと、俺には関係ない……………自分で選んだ道なんだったら、自分で責任取りやがれ)
本当はもうこの時点で、俺はホストを辞めるべきだった。抑々俺にとって、最も自分を苦しめる職業がホストだった。
俺は10歳の時のトラウマのせいで、人間の動物的な一面を毛嫌いする様になってしまった。汚らしい・気持ち悪い・人の皮を被ったケダモノ。
俺はすぐに携帯を取り出し、希美に「別れる」とだけ書いてメールを送信した。そして速攻で希美をアドレス帳から消去し、携帯の電源を切って布団の中に潜り込んだ。
此の世界の全てが、酷く薄汚れていて嫌だった。俺の親も教師も同級生も、誰もが気味の悪い妖怪の様に思えてならなかった。
どうして自分だけがこんなに苦しんでいるのか、その理由すら俺にはわからなかった。俺は心の中で何度も神に祈った。
俺だけは違う人間で居たい。あんな汚らわしいケダモノと同じになりたくない。もし神が俺をその様に作ったのだとしたら、誰か今すぐ俺を殺してほしい。
俺は布団の中で、西さんの名前を呼んでいた。西さんに会いたい、今すぐ俺の話を聞いて欲しい。
あの優しい西さんは、今の俺を見て何と言うだろうか。俺も既にケダモノに変わってしまったのか。わからない……………何もわからない。
俺は翌日、初めて学校とバイトを休んでしまった。そして俺は昼間にフラフラと起き上がり、ボーっとした頭で病院に電話を掛けていた。
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