第17話 報い

帰宅した俺がホストクラブを辞めると伝えると、怒り狂った木原さんが速攻で電話を掛けて来た。

俺は木原さんのサポートにも付いている為、俺が辞めると木原さんの収入も減る。だが木原さんが俺の退店にキレたのは、実はそれが原因では無かった。

抑々俺は以前から売り上げの割に、実際に貰う金が少ないと感じていた。俺が店長に電話をして確認をすると、俺の売り上げの10%は木原さんの取り分になっていた。

此れは入店した時に、俺が木原さんに紹介された事が原因だった。木原さんは俺をホストにする事で、何もしなくても勝手に10%入って来る様に最初から仕向けていた。

ホストにとって、10%の取り分は非常に大きい。100万売り上げた場合は10万円、何もしなくても勝手に給料に加算される事になる。

俺は店長に抗議をしたが、店長と木原さんは初めからグルだった。木原さんの様な存在は所謂スカウトマンで、店によって決められたバックが手に入る事が勝手に決められていた。

そんな事も知らずに、俺は木原さんにずっと憧れの感情を持っていた。あんな風に要領良く生きて、大金を手にしたいと思った事が間違いだった。

店での俺の立場は、今や非常に大きなものとなっていた。木原さんは俺の家に来て、罵声を叫びながらドンドンと扉を蹴りつけていった。



結果的に、俺は勤務していたホストクラブを飛んだ。飛ぶというのはつまり、ばっくれて辞めるという意味だった。

ホストクラブに限らず、水商売は突然バックレる人間が非常に多かった。給料の多さは仕事の苛酷さと比例している為、俺の様に病んで辞める人間はさして珍しく無かった。

俺はこの日も学校を休み、まず使っていた携帯電話を解約した。番号を変えなければ、関係者から毎日大量の電話が掛かって来るからだった。

そして新しい番号で携帯電話を購入し、その足で不動産会社へと向かった。今の家に住んでいると、木原さん達がまた怒鳴り込んで来る可能性が高いからだった。

大学に近い安物件を契約し、俺は即金で経費を払ってこの日からすぐに入居した。幸いなことに俺のバイト先は引っ越し業者だったので、俺の引っ越しは非常に早く安い値段で済ませる事が出来た。

全ての手続きを済ませた後、俺は真っ先にゼミの教授の元へと向かった。俺は一週間も学校を休んでいた為、教授は酷く俺の身を心配していた。

「小﨑さんも様子がずっと変なんだけど…………君達恋愛でトラブルでも起こした?彼女に尋ねても、何も答えてくれないから」

「すみません、高村先生。俺……………人には言いたくない病気になったんです。彼女と別れたのも其れが原因です。この事は誰にも言わないで下さい。俺は治療をしなければならないので、またゼミを休む日があるかもしれません」

俺がそう言うと、高村教授はわかったと言って俺の肩を叩いた。そしてもし困った事があったら、遠慮なく相談しなさいと言ってくれた。




「杉山君は成績は優秀だけど、ご家庭の事とか色々事情を抱えているんだろ。其れに君は友人を絶対に作らない。詳しくはわからないけど、君が何かに思い悩んでいる事には気付いていたよ」

「先生、俺……………病気が治るかどうかわからなくて、今凄く不安で一杯なんです。情けないけど、俺は……………」

「今は無理に言わなくていいよ。とりあえず明日から、普通に授業を受けなさい。小﨑さんとは席を離して、班も同じにならない様に調整するから。

いいね、いつもと同じ生活をするんだよ。しっかり食べて、それからよく休む事。君は元々学力は高いんだから、きっと大丈夫。もっと自分に自信を持って」

高村教授に優しくそう言われ、俺は思わず泣きそうになってしまった。先生に一礼した後、俺は自転車に乗って見晴らしの良い河へと向かった。

(なんでこんなに、生きているだけで毎日が苦しいのだろう。親が俺を産まなければ、俺はこんなに辛い思いをしなくても済んだのに)

俺は生まれてから一度も、両親に誕生日を祝って貰った事が無かった。アルバムには妹の写真は沢山有るのに、俺の写真は殆ど残っていなかった。

俺の生誕は、誰からも祝福されないものだった。女が欲しかった母親はがっかりし、アル中の父親は酒を呑んでいた。

(俺はこれからどうやって………何を頼りに生きて行けばいい。勉強・金……………そんなものでは俺の心は満たされない。卒業して就職して、俺は一体何を…………何をして生きて行けばいい)

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