第12話 指針

高校生になってからも、俺は相変わらずバイトと勉強に明け暮れていた。田中とは別クラスになり、あの件以降一度も会話をする事は無かった。

俺の新しいバイト先は、ホームセンターの品出しだった。此処で知り合った木原佳樹という男が、この先の俺の人生に大きな影響を与えた。

木原は大学1年生で、背が高くモデル並のイケメンだった。彼女は常に3人はおり、他にも女が何人もいるといつも自慢げに語っていた。

「杉山さあ、お前金貯まったら整形した方がいいよ。骨格はかなり整ってるし、手加えたら結構なイケメンになると思うぜ」

「そんな大金ねえよ、此処の時給だけじゃ生活するので手一杯。うちの親クソ馬鹿だから、借金ばっかり膨れ上がって…………俺はあんな人生送りたくねえから、絶対にトップで卒業して奨学金免除で大学入るんだよ」

木原は俺よりも年上だったが、俺がタメ口で話しても全く気にする素振りもみせなかった。それどころか俺を気に入り、休憩所で会う度に整形を薦めて来た。

「俺も整形してこの顔なんだよ。ホムセンのバイトの後、駅前の店でホストやってんだけどさ。ぶっちゃけ月収70万超えてるんだよね」

「はあ!?流石に嘘だろ、いくら外見が良いからって……………それだけでそんなに稼げるわけねえだろ」

俺がそう言うと、木原は財布の中身を景気よく見せてくれた。其処にズラリと並んだ札束を見て、俺は目の前がぐらぐらと揺れるのを感じた。

「接客で女ちょろまかせば良いだけだ、簡単だよ。相手が喜ぶことだけ言えばいいんだ。可愛い・好き・愛してる。ホスクラにハマる女は愛情に飢えてる。だからあいつらの欲しいものをくれてやれば、あいつらはホイホイ俺達に金を貢ぐってわけ」




話していて良くわかったが、木原は単に顔が良いだけの男では無かった。大学ではきちんと良い成績を収めており、ホストは卒業したらきっぱり辞めると決めていた。

「俺も家もさあ、お前と同じでド貧乏なんだよ。いや、ぶっちゃけお前の家の方がまだマシかも。俺んちシンママでよ、母ちゃん馬鹿だから金全部男に貢いじゃうんだよね」

「マジ糞の親だな、早く死んだ方だ良いよ。だからお前、親を反面教師にして稼いでるんだ?」

「そういう事。でもこんな普通のバイトじゃ限度があるだろ。だから稼げるうちにドーンと稼いで、その間にちゃんとホワイトカラーに就職できる様にしておく。此れがホントの賢い生き方ってやつじゃね?」

バイトが終わった後、俺と木原は近くのファミレスでこんな風に話をする様になっていった。木原の賢い所は、大金を稼いでもホムセンのバイトを辞めないところだった。

「水商売に染まる馬鹿ってさあ。普通の金銭感覚が全員ぶっ壊れてるんだよ。俺はそうならない為に、ホムセンのクソつまらねーバイトを続けてる。時給850円なんて、今の俺なら5分で稼げる額だけどさ。世間一般じゃ其れを1時間で稼ぐ、その感覚を忘れないようにしておくんだよ」

「なあ……………本当に俺でも、お前みたいに要領良く生きられるのかな。俺友達いねえからコミュ障だし…………勉強以外ホントに何にも取り柄ねえんだよ」

「いいや、お前は見どころが有るよ。中学からバイトと学業を両立させるなんて、並大抵の努力じゃ出来ねえよ。コミュ力は技術さえ掴めばすぐ上がる。1番簡単な方法はな、彼女を沢山作る事だよ。取り合えず一人作って、ついでに童貞も卒業しろ」



其の時の俺は、今にして思えば木原に上手く転がされていた。木原ほど頭の回転の速い奴が、何の見返りも無しに俺に近付く筈も無かった。

俺は未熟で馬鹿だった。だから木原を尊敬し、あいつの様になりたいと思ってしまった。今まで我慢していたものが、濁流の様に一気に心に広がっていった。

俺は初めて男性ファッション誌を買い、奮発した金で洒落た髪型にカットして貰った。手ごろな価格の流行の服を買い、持ち物は全て洗練されたものに替えていった。

更に俺は朝と夜、毎日欠かさずトレーニングをする様になっていった。朝は10キロランニングし、夜は公園で懸垂を100回やった。

それを1年間続けた結果、俺は女からモテまくるようになっていた。背も中学の時より15cm伸び、肉体改造でスポーツの成績もどんどん良くなっていった。

高2の時に適当な女で童貞を卒業し、その後も適当に遊んでは捨てるを繰り返した。其の間もバイトと勉強は欠かさず行い、進学クラスでも成績は常にトップを維持していた。

翌年俺は、希望していた偏差値の高い大学への入学が決まった。其の大学は成績優秀者であれば返還義務のない給付型奨学金制度を利用出来る為、入学当初から其処を目指して成績を上げていた。

その頃貯金は既に300万を突破していた。俺は其れを木原に打ち明け、全額使っていいから最も腕のいい先生を紹介してくれと頼んだ。











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