第11話 ホームレスババアとの再会

「調子に乗ってんじゃねえ、此のドブス!!!!!!!」

俺は田中を突き飛ばし、口元をおしぼりでゴシゴシと拭いていった。田中とキスした瞬間、吐き気がする様な強烈な嫌悪感に襲われた。

田中は酷い・屑と俺の事を罵倒し、わあわあと声を上げて泣き始めた。面倒臭く感じた俺はさっさと荷物を持ち、金も払わずにカラオケボックスから飛び出していった。

(き、気持ちが悪い………………頭がクラクラする。ヤバい、マジで吐きそう)

駅前の人ごみの隅で、俺は口元を抑えながら座り込んでいった。さっきの感触を想い出す度に、強烈な吐き気が何度も何度も込み上げてきた。

「ちょっと君、大丈夫!?うわ…………顔真っ青じゃない、救急車呼ぶ!?」

電柱の傍で座り込んでいる俺を見て、いきなり金持ちそうなババアが声を掛けて来た。俺はババアの持っているブランドバッグを見て、うるせえと一言だけ言った。

「あれ、あんた……………どっかで見た事ある顔ね。えーーっと、誰だっけ」

「知らねえよ、お前なんか。どうでもいいからあっち行けよ、クソババア!!」

俺がそう叫んだ瞬間、金持ちババアは納得した様に声をあげた。そして貴金属塗れの手を叩き、あんたサトルでしょと言った。

「その生意気な喋り方、昔と全然変わって無いわね~~。相変わらずガキンチョのまんまなのかしら」

「はあ?なんでお前俺の名前知ってんだよ。つうかお前、マジでホント誰」

俺がよろよろと立ち上がると、金持ちババアはアハハとデカい声で笑った。そして名前を聞いた瞬間、俺は衝撃のあまりその場に倒れ込みそうになった。



金持ちババアは、あの汚いホームレスの小曾根さんだった。小曾根さんは体調の悪い俺を連れて、通り沿いの小さな公園へと向かった。

その途中でミネラルウォーターを買い、とりあえず飲んでと言って渡してくれた。

神社が取り壊された後、小曾根さんは警察に保護されたという。そして福祉施設で暫く暮らしていたが、ある日嫌になって其処を飛び出した。

「其れからすぐにね、超熟風俗の店で働き始めたのよ。まあとりあえず住む家も用意してくれたし、あんな監獄みたいな場所に居るよりはマシになったの」

「超熟って何…………小曾根さん、あんた一体いくつなんだよ」

「あたしまだ46よ。あんたと会った時は40ちょいだったっけ?あの時は一文無しだったから、婆さんに見えたかもしれないけど。超熟は凄い歳くったババアって意味よ。水商売用語でね、まあ其の内わかるわよ」

小曾根さんは其処でバリバリ金を稼ぎ、今は客の男と一緒に暮らしていると言う。男も水商売関係者で、今日はたまたまオフの日だった。

「よくわかんねーんだけど…………そんなに金稼げるんだったら、10年間もホームレスなんてする意味無くない?」

「好きでやってたわけじゃないわよ、当たり前でしょ!あたし、旦那と子供捨てて逃げて来てたのよ。その元旦那がヤクザでさあ、私見つかったらぶっ殺されちゃうの。でもねえ、警察が教えてくれたのよ。あいつさ、とっくの昔に死んでたんだって!笑っちゃうでしょ、プププッ!!!」




香水臭い小曾根さんの話を聞きながら、俺は西さんの言葉を思い出していた。小曾根さんがあんな姿をしていたのも、恐らくヤクザの旦那の眼から逃れる為だったのだろう。

「育児放棄だからあたしも捕まるだろうし、まあああやって隠れとくしかなかったのよ。でも子供は成人したらしいからさ、もう私がこそこそする必要もなくなったってわけ」

「全部自業自得じゃねえか…………でもまあ良かったじゃん、今は金あるみたいだし。今度はヘマやらかすなよ」

「生意気なガキのくせに、言う事だけはいっちょ前ね!あんたも20歳越えたら店来なさい。若い子なんてめったに来ないから、特盛でサービスしてあげるわよ」

「冗談じゃねえ、誰がデブスのババアに金払うかよ。大分マシになったから、俺そろそろ家に帰るよ」

馬鹿馬鹿しい気分に駆られ、俺は荷物を持って立ち上がった。そして帰る前にふと、小曾根さんに西さんはどうしているのかと尋ねた。

「え、西さん?知らないけど、多分死んだんじゃない?あの人大分前から体弱ってたし。退去の時ちらっと見たけど、なんかもうミイラみたいだったわよ」

「そう……………それだけ聞いときたかった」

俺はそう言って、さっさと小曾根さんの前から立ち去っていった。帰り道のバスの中でふと西さんの事を思い出し、涙が出そうになっていた。

(もしホントに死んでるなら……………良かったな、西さん。あんた長生きだけはしたくないって言ってたもんな。俺はあんたの事忘れないよ。俺にまともに向き合ってくれたのは西さん……………あんた一人だけだったから)

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