第10話 最悪のファーストキス
受験が近付いてきた為、俺は新聞配達のアルバイトを辞めた。合格の為に勉強に打ち込み、今までバイトをしていた時間も全て勉強に注ぎ込んだ。
田中も苦手だった数学を克服し、俺と田中の成績は学内でも常に上位を争っていた。その甲斐合って、俺と田中は上南高校に合格した。俺にとっては嬉しいというよりも、当然の気持ちの方が強かった。模試でほぼ100点に近い成績を維持していたのだので、本番の受験で落ちるわけがなかった。
中学の3年間は、只管バイトと勉強だけに打ち込んだ。俺はこの時点で、人生に友人は必要無いと思っていた。必要なのは社会で戦っていくスキルであり、今の自分に出来る事は勉強だけだった。
卒業式の日、田中が合格祝いをしないかと俺に持ちかけて来た。俺は金が無いので即座に断ったが、全部田中が奢ると気前良く言ってくれた。
この日まで知らなかったが、田中の家は金持ちだった。父親は税理士で、母親は大手食品会社の管理職をしているという。
「お年玉、今年は使わないで全額取っておいたの。だから何でも好きなもの注文していいよ。杉山君、食べ物何が好き?」
「俺は食えれば何でも…………外食、したことがないんだ。俺の家ド貧乏だから、外で飯食ったり出来ないんだよ」
「じゃあ、カラオケ行こっか。駅前のジョンカラってね、食べ物の種類がすっごく豊富なの。勉強のストレス発散にカラオケ行こ、ねっ!」
急にそんな事を言われても、俺は今まで娯楽施設にも行った事がなかった。それに家のテレビは壊れているから、最新のヒット曲も1曲も知らなかった。
「苦手なら杉山君は歌わなくていいよ。私、阿村美知恵の大ファンなんだ!だからごめん、煩いかもしれないけどミッチの曲だけは歌わせて!!」
「そんな奴知らねえし…………俺親子丼食ってるから、お前勝手に好きな曲歌っとけよ。お前の金なんだから、別に俺に遠慮する事はねえよ」
ずっと只の真面目女だと思っていた田中が、カラオケが始まると別人の様に豹変していった。田中はプロ並みの発声力で、軽快にダンスをしながらヒット曲を歌い上げていった。
「お前………めちゃくちゃ歌上手いんだな。今まで全然知らなかった」
「杉山君ってホント私に興味無いよね。私3年間声楽部だし、幼稚園の頃からダンススクールにも通ってるの。上南高校に受かったらね、ボーカリストオーディション受けてもいいってママが約束してくれたのよ!」
田中の将来の夢は、阿村美知恵の様な歌姫になる事だと言う。其れを聞いた瞬間、俺はどう頑張っても絶対に無理だと思った。
確かに歌は物凄く上手いが、肝心の外見が平凡過ぎた。其れを言うと田中を傷付けると思い、俺は何も言わず淡々と飯を食い続けていた。
「杉山君は将来何になりたいの?頭良いから、大学行って大手企業に就職!?」
「いや、俺ん家金無いし……………あ、そっか。進学クラスに入って、奨学金免除にすればいいのか」
「そうだよ、杉山君なら絶対いけるよ。だってめちゃくちゃ頭良いもん、絶対にいける!私も頑張る、だから高校に入っても一緒に頑張ろ!」
すっかりテンションの上がった田中は、ポーズを取りながら元気よくそう言った。其の瞬間に足がソファーに突っかかり、もの凄い勢いで俺の上に倒れ込んでいった。
「ご、ごごごごごごごめんなさいっ!!!マイク頭に当たったよね、痛く無かった!?」
「別に平気…………ちょっと掠っただけだし。っていうかパンツ見えてるぞ」
俺がそう言った瞬間、田中は悲鳴を上げながらスカートを直していった。俺は家で常に妹のパンツを洗っていたので、其れを見ても何とも思わなかった。
「ま………前から聞いてみたかったんだけど。杉山君ってさ……………わ、私の事どう思ってる?」
「どうって……………頭良いし、努力家だと思ってる」
「そ、そういう意味じゃなくて……………最初に手紙で伝えたでしょ?私、杉山君の事が好きなの。あの時は手紙破られちゃったけど…………」
顔を真っ赤にしてそう言う田中を見て、俺は普通に可愛らしいと思った。好きか嫌いかの二択で言えば、当然好きに決まっていた。
「じゃあキスしてから決めてもいい?俺、お前と恋愛しようって本当に思ったこと無いんだよ。でも其れっぽい事したら、お前の事をそういう風に見るかもしれない」
「えっ……………い、いきなり!!??も、もしキスして駄目だったら、私はそれでおしまいって事!?」
「わかんないけど、今まで通りの感じでいいんじゃない?高校入ったら出会いが沢山あるじゃん。お前も俺の事なんて、秒で忘れるかもしれないだろ」
俺は田中との経済格差を気にしていた。田中と付き合っても常に其れは付きまとうし、その度に俺が惨めな思いをするのは嫌だった。
(金持ちのお前に言っても、どうせ無駄なんだし……………俺は高校に入ってもバイトしなきゃならねえが、お前はダンススクールやボイトレに通って好きな事が出来るんだろ)
「抑々諭だけど、なんでお前俺の事好きなの?俺別に見た目が良い訳でも無いし、ボッチで貧乏の底辺野郎だろ」
「それは杉山君が勝手にそう思ってるだけだよ。杉山君……………あんなにバイトしながら勉強も頑張ってて。皆秘かに言ってたんだよ、もの凄い努力家の男の子だって」
「好きでバイトやってたわけじゃねえよ。俺はスポーツは得意じゃないんだから、勉強で頑張る以外どうしようもないだろ。全部しょうがなくやってんだよ。お前らみたいな金有る奴にはわかんねーーだろうけど」
俺がそう言った瞬間、田中が一瞬悲しそうな表情を浮かべた。今の一言は、田中の心を傷付けてしまった事をすぐに感じ取った。
「…………お前が金持ちなのは、別にお前が選んでそうなったわけじゃねえ。わかっただろ、俺みたいな貧乏人は根が卑屈なんだよ。俺はお前が思っているような男じゃねえ」
「だったら私もそうだよ、杉山君。私だってホントは、勉強あんまり好きじゃない…………うち、親が凄く厳しいの。成績優秀じゃないと、やりたい事何もさせてもらえないから…………」
「そういうの、選択肢が有るっていうんだよ。逆に成績さえ良ければ、お前習い事とか何でも出来るんだろ。いいじゃねえか、金持ちで。俺には只の自慢にしか聞こえねーーよ!」
俺がそう言った瞬間、田中は思いっきり俺の両肩を掴んでいった。そして目を閉じて、勝手に俺の唇を奪っていった。
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