第9話 初恋

其の日の午後、俺は話した事の無い女子に突然声を掛けられた。俺の靴箱の中に手紙を入れたから、読んで欲しいと言われたのだった。

其の女子は、田中明音という名前だった。俺が靴箱の中に手を突っ込むと、確かに田中からの手紙が入っていた。

俺はその場で封をビリっと破り、何が書いてあるのかと手紙を読んだ。すると田中は俺の事がずっと前から好きで、是非友達になりたいと書いてあった。

話した事も無い女に、突然そんな事を言われても迷惑でしかなかった。15歳のいま大事なのは高校受験のみで、其れ以外の事は心底どうでも良かった。

チャイムが鳴って授業終了後、俺は手紙を持って田中の座っている席へと向かった。そして目の前で手紙をビリっと破り、これが俺の答えだと言った。

真っ二つになった手紙を握り締め、田中はわあっと声を上げて泣き始めた。すると田中の友人数名が俺を取り囲み、最低だのクズだのと罵声を浴びせて来た。

俺は其れを無視して、さっさと教室を後にした。モタモタしていると、新聞配達のバイトの時間に遅れてしまうからだった。



それから3日後の夕方、俺の家の前に何故か田中が立っていた。俺は自転車を止めながら、田中を無視して家に帰ろうとした。

「ま、待って…………あの、この前はごめんなさい。杉山君が困るのわかってて、あんな事しちゃって……………ほ、本当に迷惑掛けてごめんなさい!!」

「別に何とも思ってねえよ。俺バイトと受験あるから、其れ以外の事に時間割けねえんだよ」

「知ってる、朝と夕方新聞配達してるんだよね。それに成績も常に上位だし………杉山君、上南高校目指してるって本当!?わ、私も第一志望其処なんだけど」

上南高校は、俺の通える範囲内では最も偏差値の高い進学校だった。3年間勉強に打ち込んできた俺にとっては、十分に合格出来るレベルの受験だった。

「そうだけど。だから何?」

「あ…………あのね、杉山君………いつも成績いいけど、英語だけ少し苦手だって聞いたの。私英語は成績トップだから…………その、良かったら一緒にべ……………勉強とかしたらどうかなって」

其れを聞いた瞬間、俺は田中が英語で常にクラスのトップだという事を思い出した。特に俺が苦手とする発音は、田中の方が圧倒的に上を行っていた。



俺は田中の提案にOKを出した。田中自身には全く興味は無く、単に効率よく英語の成績を上げたいという理由からだった。

但し俺は時間が無い為、一緒に勉強するのは昼休みだけと決めていた。翌日から図書室で、俺と田中は英語の勉強を熱心に行い始めた。

あっという間に俺と田中が付き合っていると、クラスの間で話題が広がっていった。そんな雑音は完全に無視し、俺は田中から発音について重点的に教わった。

田中の指導のお陰で、俺の英語の成績は飛躍的に伸びた。苦手だった発音も苦にならなくなり、英語についても十分に自信が持てるようになった。

俺は生まれて初めて、女にプレゼントというものを渡した。田中は数学が苦手だと言っていたので、俺が使い終えた参考書を田中に譲ってやった。

「田中が苦手だと言っていた箇所は、全部付箋を貼って解き方のコツを書いておいた。此れを全部頭に叩き込めば、お前も数学は苦手じゃなくなる」

「あ、ありがとう……………めちゃくちゃ嬉しい。杉山君、本当にありがとう。私今日から此れで数学めっちゃ勉強する!!杉山君、一緒に上南高校合格しようね!!」

嬉しそうに参考書を抱き締める田中を見て、俺は初めて田中の事を可愛いと思った。取り立てて美人というわけではないが、素直で真面目な田中は俺の中に恋心を芽生えさせていった。






















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