第7話 西さんの秘密
俺は恐怖のあまり、ポチを置いてそのままダッシュで逃げ帰った。茂みから出て来たジジイよりも、俺を罵倒する小曾根さんの方が100倍恐ろしかった。
次の日の下校後、俺は急いで西さんの所へと向かった。西さんはいつもの様に、にかっと笑って俺の名を呼んだ。
「ポチがおらんのやけど、何処行ったか知らんよね?確かに鎖に繋いどったんやけど、まあ犬やし其の内帰って来るかねぇ」
「そんな事より西さん…………ちょ、ちょっとこっち来て!早く」
俺は強引に西さんの腕を引っ張り、境内の外へと連れ出していった。そして周囲に人が居ない事を確認した後、昨晩の出来事を西さんに話していった。
其れを聞いても、西さんは平然としたままだった。特に驚きもせず、呑気な様子で「そうかね」とだけ言った。
「前も言ったけど、小曾根さんとは関わりたくないんだってば。さとる君も、昨日見た事は全部忘れなさい」
「で、でも…………あの人何かヤバいよ、俺わかるもん。警察に言った方がいいのかな、ねえ西さん」
「ダメダメ、そんな事したら絶対に駄目だよぉ。あのね、さとる君。子供の君にこんな事言いたくないけど、小曾根さんはああやって生きて行くしかないの。
ホームレスの意味わかるよね?家もお金も何も無いんだから、もうそれ以上奪ったら駄目なんだよ」
「う………奪う?俺は小曾根さんを助けたつもりだったんだけど……………よくわからないけど、俺がした事が間違いだったって事?」
「間違いじゃないんだけど、小曾根さんにとっては困る事なんだよぉ。いいからさとる君、これ以上あの人に関わるのは止めなさい。それが出来ないんだったら、学校に連絡してもう此処に来れなくするけど………それでもいいの?」
西さんにそう言われると、俺はそれだけは困るという風に首を横に振った。此処は俺にとって唯一安心出来る、家なんかよりも100倍大事な場所だった。
「わかったよ、西さん…………それとごめん、ポチがいなくなったのは俺のせい。俺、ポチを探しに行ってくるよ」
「ええんよぉ、犬やから放っといたら勝手に戻って来るって。そんな顔せんでええよぉ、さとる君。今まで通り、学校終わったら此処におってええよぉ」
優しい声で西さんがそう言ってくれた瞬間、俺はぼろぼろと涙を流してしまっていた。親も教師も誰も大人は俺を理解してくれないが、西さんだけは俺の事をちゃんとわかってくれていた。
「おじさんはねぇ、あそこに建ってるアパートの大家なんよ。本当は管理の事とかしなきゃいけないんだけど、息子がぜ~んぶ代わりにやってくれてるからねぇ。
だから何もしなくてもお金は入って来るけど、代わりに居場所が無くてねぇ。息子の嫁や孫達に嫌われとるから、まあしょうがないんやけど」
「なんで…………西さん、優しいし良いおじさんじゃん。うちは婆さんしかいない
けど、嫌味ばっかりでメチャクチャ嫌い。あんなババア、早く死ねばいいのにって思ってるよ」
俺がそう言うと、西さんはあははと苦笑いを浮かべた。そして傍にあった古いベンチに座り、自分も孫に同じ事を言われてると言った。
「昔色々あってねぇ、おじさんは此れでも結構お金持ちだったんだよ。でもおじさんのせいで会社潰れちゃってね。残ったのがあのアパートだけなの。
本当だったら今頃息子が後を継いでいる筈だったんだけど……………おじさんはバカだから、商売やるのに向いてなかったんだよねぇ」
家に居場所のない西さんは、子供の頃からお参りに来て居るこの神社で時間を潰すのが習慣になったという。この神社は10年以上前から無人の為、雑草を刈ったりゴミを拾うのが西さんの役目のようだった。
「事情は知らないけど、小曾根さんもまあ色々あったんだと思うよ。だからね、さとる君。君は私や小曾根さんみたいにならないで。両親の事が嫌いなら、そんな大人にならなければいいんだよ。
今は子供だから難しいけど、18歳になったら家を出なさい。社会に出て働いて。さとる君はさとる君のね、生きたいように生きればいいんだよぉ」
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