第4話 ババアとのプロレスは100円貰っても無理
俺は西さんに、昨夜両親が裸でプロレスをしていた事を話した。其れを聞いた西さんは、別に普通の事だと言った。
「さとるくんは子供やけ、まあよくわからんとは思うけど。父ちゃんと母ちゃんは別におかしな事をしてたんやないよ。大人になったら其の内わかるって」
「そんな先じゃなくて今知りたいんだよ。あれは一体何なの、親がプロレスをすると何か俺ん家にとって良い事でもあるの?」
俺がしつこくそう尋ねると、西さんはにかっと笑って「あるよ」と言った。
「父ちゃんと母ちゃんはね、さとるくんの弟か妹を作ろうとしてるんよ。家族が増えるんよ、良かったやない」
「はあ!!??冗談じゃない、只でさえ俺の家超貧乏なのに!!母親なんか毎月、給食費払うのも嫌とか言ってんだよ。絶対に嫌だ、今すぐ止めさせないと!」
「そんな事言ってもねえ、多分もう手遅れだと思うよぉ。しょうがないんだよ、大人の男と女なんてそういうもんだから」
西さんはそう言って、完全に人事の様にゲラゲラと笑った。頭に来た俺は西さんの腕を力いっぱい掴んだ。
「じゃあ西さんも、あの隅っこにいるババアとプロレスごっこしてるのかよ。いつもいるだろ、あそこの汚い小屋の中の奴だよ」
「いや~~~、無理無理無理。小曾根さんでしょ、あの青い小屋にいる。絶対嫌だよ、100円貰っても無理」
手をぶんぶんと横に振りながら、西さんはホントに嫌そうな表情でそう言った。俺が何でと尋ねると、汚いし臭いから嫌だと西さんは言った。
小曾根と呼ばれている小太りのババアは、10年前から此の境内に住み着いているホームレスだった。恐らく掃除用具入れだった小屋に勝手に入り、そのまま10年以上も此処で暮らしているという。
俺は走って小曾根のババアが居る小屋へと向かった。そして扉のようなベニヤ板を足で蹴り、居るんなら出て来いと叫んだ。
「おい、ババア!西さんがなあ、お前とプロレスするのは100円貰っても嫌だって言ってるんだよ。1000円だったらいいのか、おいったらおい!!」
苛つきながら何度もベニヤ板を蹴り飛ばしたが、小曾根は何を言っても其処から出てこなかった。馬鹿馬鹿しくなった俺はバーカと叫び、さっさと走って西さんの所へと戻っていった。
「あのババア、何言っても全然出て来やしないよ。もうとっくに中で死んでるんじゃないの?」
「いやあ、小曾根さんは夜中しか出てこないんだよ。あの人の事はそっとしてあげて。っていうか私も関わりたくないんでさぁ」
西さんの言っている意味が理解出来ない俺は、ふーんとだけ言って境内の一番涼しい所に座っていった。
兎に角どうにかして、両親に弟や妹を作るのをやめさせなければならなかった。俺の家が此れ以上貧乏になったら、俺はこの先もっと苦しむ事になるのだろう。
そんな事もわからない両親の事を、当時の俺は心底バカだと思った。給食費も払えないような家なのに、これ以上家族を増やしてどうするのだろう。
犬や猫ならその辺に捨てればいいが、子供は捨てると警察に捕まるとニュースで言っていた。俺の両親は、俺を捨てて犯罪者にでもなるつもりなのだろうか。
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