月光にたゆたう
ああ、ようやく一緒になれる。
ずるずるずるり、力の入っていない身体を台車に乗せた。
台車はあらかじめ彼女の家の近くに置いておいたから、スムーズに事が進んだ。
黒い髪が月明かりに照らされて、白い肌はより一層白く見えた。
閉じられた瞳にキスを落とす。
私はなるべく揺れないようにしながら、彼女が乗った台車を海まで押した。
だんだん楽しくなってきて笑いがこぼれる。
「あはは!」
しばらくすると海が見えた。
この日をどれほど待ちわびただろう。
どれだけ彼女の前で仮面を被って演じていたことだろう。
きっと最後の最後まで本当の私に気づきやしないのだろう。
月明かりが私たちと海を照らしている。
海は静かで、私たち以外誰もいない。
台車に乗った彼女を下ろして、抱きかかえて海の中へと進んでいく。
ひんやりとした水の感覚が伝わってくるのが面白くて、大声で笑ってしまいそうなのを堪えるのが大変だった。
世界に彼女と私、それだけだ。
冷たくなってくる温度を感じながら、月の下までざぶざぶと歩いて行く。
「あはは!」
堪えることのできなかった笑いが口から滑り落ちた。
それでも彼女は重たく瞼を閉じている。
きっともう開くことはない。
黒く長い髪は半分以上海にのまれてしまっている。
だんだんと足がつかなくなってきて、浮遊感が私たちを包み込んでいく。
ゆらゆらと海にたゆたう。
月がずいぶんと近くに見えた。
彼女のだらしなく開いた口元にキスを落とす。
「ん……」
「ありゃ」
服薬させた睡眠薬が足りなかったらしい。
キスで目覚めるなんて白雪姫みたいだ。
ぼんやりとした世界が見えているらしい彼女は、私を見てぽつりとつぶやく。
「夜乃?どうして?」
「寝てた方が苦しくなかったのにね」
海に漂って、まだ状況を把握できていない彼女の髪をなでる。
不安が宿る瞳が私を見つめていた。
だんだんと覚醒してきているのだろう。
彼女は私を不安と戸惑いの瞳で見つめてくる。
「どうして」
悲鳴にも似た声を聞いた。
私はにっこりと笑う。
「旭が好きだから!」
手を握って、潜っていく。
彼女は突然のことに対応できていなくて、思い切り水を飲み込んでしまっている。
深く、深く、深く。
彼女の息が切れるまで。
だらしなく開かれた口、瞼は半分ほど閉じられている。
黒い髪はたゆたっていて。
彼女の細い身体を強く抱きしめて、私は息を止めるのをやめた。
これでずっと一緒。
ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ。
私のもの。
大好きだよ――。
月明かりがゆらゆらと差し込んでいる。
深く、深く、深く。
二人の身体は海の底へと落ちていった。
月光にたゆたう 武田修一 @syu00123
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます