付与魔術師カルマは今日もどこかでやさぐれる

第1章 カルマの日常～旅に出るまで。

第1話 飲まなきゃやってられない！

「じょうらんじゃない！　やってられないっての！」

　陽が落ちる前から酒場で安酒をあおりやさぐれる女魔術師。彼女の名前はカルマ。御年二十九歳の独身である。

　カルマの仕事は付与魔術師だ。客が持ち込む武器に強化魔法を付与し、報酬を受け取る。

　付与する属性は客の要求によって変わる。最も希望が多いのは「切れ味向上」だ。

　次に希望が多いのは、「耐久性向上」。これは武器を壊れにくくする。剣でいえば折れにくくなり、刃こぼれが減る。

　三番目の「売れ筋」が「軽量化」だ。メイスやハルバード、ウオーハンマーなどの大物武器の重量を軽くし、取り扱いやすくする。

　しかし、付与魔術には回数の上限があった。その回数は武器の個体ごとに異なり、予測がつかない。

　上限を超えて魔術を付与しようとすれば、武器は粉々に砕け散る。

「あと一回！　あと一回だけ頼む！」

　欲張る客は憑りつかれたように付与魔術の重ね掛けを求める。冒険者や騎士は自分の命と生活を守るため、武器に最高の性能を欲するのだ。

　カルマとしては無理をしない方がいいとなだめたいのだが、所詮は客商売。

「うるさい！　金を払うのは俺だ！」

　そういわれては、いう通りにするしかない。熱くなった客の無理な要求に答えた結果、武器が砕け散り、客は絶望の悲鳴を上げる。

「うわあー！　俺の剣が！」

「ほらぁ。だからいったでしょうに」

「ふざけるな！　お前のせいだ！」

　せっかく育て上げた（・・・・・）剣が水の泡と消えた。熱くなっていただけに、客の失意は大きい。

　金を返せというのはまだいい方で、「弁償しろ！」と開き直る奴がいるかと思えば、「殺してやる！」と襲い掛かって来る奴までいる。

　無難な二、三回までで付与をストップさせる「引き際の良い客」は全体の一割にも満たない。

　つまり、九割の客は武器を失って騒ぎを起こすのだ。

「まったく、やってらんれえっての」

　カルマは右頬にある火傷の跡をポリポリとかいた。こどもの頃、鍛冶師だった父親の作業場で転んだ際にできたものだ。顔をしかめると、傷痕が引っ張られてむず痒い。

　傷さえ眼に入らなければカルマの顔立ちは十人並みの器量で通る。まともな服を着て化粧でもすれば、男の一人もできるだろう。

　――しらふでおとなしくしていれば、だが。

「ンもうっ！　こっちのせいにしらいでよね！」

　依頼を受ける際、カルマは「失敗しても文句をいわない」という念書に客のサインをもらっている。これがある以上、どれだけ騒がれようとカルマが罪に問われることはない。賠償も返金もする必要はない。

　そうではあるが、カスハラに対処するのは疲れるのだ。身も心もへとへとになる。

　結局、一日の終わりには安酒を食らってやさぐれることになる。

「あ～あ。イケメンれ性格のいい、金持ちの次男坊がろっかに落ちていらいかなあ。十九歳の初心なヴァージン、わらしに一目ぼれしろ～！」

　周りのテーブルから男たちがそっと立ち上がり、酔眼を泳がせるカルマから距離を取る。

　今夜の酒も深くなりそうだった。