第18話 事件の裏


 同時刻。地下一階、前部階段前。


 中央階段付近から、男の悲鳴が響き渡った。

砂長谷たちの視線が、闇に包まれた地下一階の中心部へと向けられる。


「おい、今の叫び声、聞き覚えないか?」

「う、うん、あるよ……あ、あれは、きっと夢路くんの……」


 砂長谷と縞野は、その声の主がクラスメイトの夢路秀から発せられたものだと気付いた。

数 秒前、山田の口から生存が語られたばかりだった故に、その先入観から勘違いをしたとも考えられたが、間違いなく夢路の声だった。


「いったい、奥で何が起きてるんだ?」

「わ、わかんない。ここからじゃ何も見えないよ」


 辺り一帯が闇に包まれていることもあったが、位置的に通路の角や、中央にある防火扉が遮蔽物となり、明かりすらも確認できない。


「夢路……っていうのか、あの少年は。ほら、僕の言った通りだろう? 君たちのクラスメイトが生きていたんだ。彼が相馬くんを殺した、決して僕じゃない」


 夢路が地下階にいることがわかり、山田の言葉の信憑性は高くなったが、それでも完全に信用できるとまではいかなかった。夢路が協調性の低い不良生徒で、人より非情なことは理解していたが、それでも何の動機もなく相馬を殺すとは考えにくい。


 夢路を見たことは信じても、それと相馬、三岳殺しは別だった。

 山田がテロリストの一人である以上、簡単に信用できるはずもない。


「そもそも、僕は君たちと別れる際、何も武器は持っていなかっただろ。僕は見た、相馬くんを殺した武器は、一般の客船にはだいたい常備されている非常用の斧だ。死体を見たのなら、切り口からそのくらいのことは君たちも察しただろ? 僕は斧なんかもっちゃいなかった、違うか?」


 たしかに山田の言う通り、斧を持っていればさすがに気づいたはずだ。この地下階で斧を入手したとしても、ライトを持っていたのは殺された相馬だ、気づかれずに手に入れるのは不可能だろう。それは仮に、山田がライトを隠し持っていたとしても無理だ。この暗闇では、少しの光源ですら目立ってしまう。

 山田にいくら対人戦の心得があったとしても、この地下階で相馬を殺すのは難題だろう。


「それに、僕には二人を殺す動機がない」

「正体がバレそうになったからじゃないのか?もしテロリストだと知られたら、自分だけ見捨てられる恐れがある」

「憶測じゃないか。聞くが、相馬くんにそんな素振りがあったのか?」

「うっ……そ、それは、なかったと思うけど」


 山田の最もな言い分に、砂長谷は言葉を詰まらせる。


「そうだろう、ないならその推理は成り立たない。まあだけど、嘘をついていたことはすまなかった。一つでも嘘をつけば、その他のことも信じられなくなる。それは人間の心理だ、責める気はない。僕は君の言うように、テロリストであることが知られれば、脱出が困難になると判断したんだ。だが、死体から衣服やメガネを奪ったことは反省するよ」


 砂長谷の推理は半分当たっていた。山田が二階を探索していたのも、大浴場から出てきたと誤認させられる死体の中で、自身の体系と合う者を選別していたためだった。

 山田はメガネを外し、その場に捨てた。割と度が強かったらしく、軽く目尻を抑えていた。


「はぁ、わかったよ、あんたは相馬も三岳も殺してないんだな。一応、今は信じておく」

「ありがとう、すまないね」

「ただ一つ確認させろ。サイドスラスターとかに関して、一切嘘とかは付いてないのか?」

「それだけは間違いない。テロを行う際、万が一のことを考慮して、脱出ルートは元々計画されていたからな」

「なるほど。そしてその万が一が、本当に起きちまったってことか」

「ああ、そうだ。原因は、我々の用意した爆弾の誤爆だ。脅し目的と最終的な証拠隠滅のために機関部に仕掛けた爆弾が、何故か爆発してしまったんだ。そんな話、計画にはそもそもなかった。完全にしてやられたよ」

「してやられた? もしかしてあんた、誤爆の原因が何なのか見当がついてるのか?」

「まあね。恐らくだが、我々にテロを依頼した連中、この船の持ち主と繋がっていたんだろうな。最初から目的は、テロリスト襲撃による事故に見せかけ、保険金をせしめようって魂胆だったんだ。僕たちは、そいつらに利用されてしまったんだろう」

「そ、そんなふざけた計画に、俺たちも巻き込まれたってことかよ」


 全ては、この世界のどこにでも溢れているお金の、ほんの一部を手に入れるためだけのもの。船の所有者はこれほどの犠牲者を出してまで、僅かばかりの至福を求めたのだ。真実とはあまりにも小さく、大したことのない動機故のことだった。

 もはや怒りを通り越して、呆れ返ってしまうレベルである。


 テロリストの誤爆という方が、まだ気持ちは穏やかなままで終われたかもしれない。

だが砂長谷の中で、それは逆に大きな活力へと変わっていた。


「なら、何としても生き残って、この真実を世に知らしめねぇとだな。利用されたままで簡単にくたばれるかっての」

「へぇ、素直に僕の言うことを信じてくれるんだね」

「一応の筋は通ってるからな。そもそもあれほどまでに用意周到だったお前らが、爆弾だけ誤爆させるなんて、改めて考えたらおかしい。誰かの故意によるものだってんなら、その方がよっぽど納得できる」


 あくまで山田を信用したわけじゃないと、強調して答える砂長谷。


「だが、まだ三岳殺しに関しちゃ真っ白ってわけじゃねぇ。下手なことはするんじゃねぇぞ」

「ふふ、ありがとう、感謝するよ」

「ここで争っていても埒があかないしな。今はとりあえず先を急ごう。さっきの叫び声も気になるしな」


 三人は一旦話を終わらせ、船の後部へと向かった。


「沈没まで、あとどれくらいかわからない。とにかく今は急ごう。君たちと会う前に、僕は救命ボートのフックを外して、ワイヤーを伸ばしておいた。沈没渦に巻き込まれる前に、すぐ船から離れれば助かる可能性はある」

「お前が自分だけ助かるためか?」

「いや、他人の信用を買うためだ。船の知識と脱出した後の希望、これだけあれば人は頼ってくれる。もちろん、最終的には自分が生き残るためだがな」

「やけに素直だな、まあいいけど。俺らが生き残れるなら文句は無しだ」


 程なくして、通り道である中央階段が見え始める。奇妙なことに、何故かそこだけオレンジ色の光に包まれていた。

 

 中央階段は惨状だった。


 辺りには炎が燃え広がり、下には大量の瓶の破片が散らばっている。

 吹き抜けで他の階と繋がっている中央階段の近くには警棒、そして非常用の斧が落ちており、斧の刃先は、誰かの血で真っ赤に染め上げられていた。


 そしてそのすぐ横には、人間の形をした何かが燃え続けていた。


「な、なんだこれ……」

「この匂い、恐らく中に入ってたのは酒だな。ここに倒れているのは、酒を被って火に引火してしまった誰かだろう。事故とは思えない、故意に火をつけられたと考えるのが無難か」


 砂長谷たちの頭の中には、すぐに夢路の顔が思い浮かんだ。

 日々、過激な暴力を行うことがあった彼なら、相手を焼き殺してもおかしくはない。


「それにこの斧、相馬くんを殺した例の少年が持っていた物と同じだ」

「じゃあまさか、こいつは夢路なのか?」


 炎に覆われた、人だったと思われる黒い塊に視線が向けられる。


「てことは、さっきは誰かに火をつけられた夢路くんの悲鳴ってこと?」

「さぁ、これだけじゃさすがにわからないね」


 その被害は、誰なのか判別することは不可能なほど酷かった。


「まだ生きている可能性がある以上、油断は禁物だ。念のため、背後にも気を配っておこう。どこかに隠れて、僕たちを狙っているかもしれない」

 

 夢路はしぶとい。故に、簡単にくたばってしまうような男ではない。もし彼が生きているのであれば、必ずまた現れる。砂長谷や縞野は、それを十分に理解していた。

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