第15話 悪意の循環
二人はすぐに、相馬たちが向かったであろう地下階へと走った。
よく考えれば、テロリストの一人が一般乗客になりすましているかもしれないという可能性は少なからずあった。それを考慮しなかったことによるミス、だがもう後悔してもしきれない。まだ何事も起きてなければいいと、ただ祈るばかりであった。
足場が綺麗とは言えない前部階段を駆け上がり、砂長谷たちは地下一階へと到着する。
「ち、地上階より、だいぶ暗いね」
「ああ、完全に外界の光が遮断されちまってるからな」
だが逆にこれほど辺りが暗いのであれば、むしろ相馬の持つスマホのライトが目立つはずだ。しかし通路の先には、それらしい光は確認できない。
少し、胸騒ぎがした。
もう船の後部へと行ってしまったのではないだろうか、そう思った瞬間、足元に妙な違和感を覚えた。
「なんだ?」
何か、ぬるぬるするものを踏んでしまった嫌な感触だった。
誰かの死体でも踏んでしまったかもしれないと思い、砂長谷は恐る恐る足元を照らした。
「……え?」
思わず惚けた声が漏れた。
砂長谷の足元に転がっていたのは、先に地下階へと向かった相馬春也の死体だったのだ。
「うわああああああっ!」
自分でも驚くほどの声量で、砂長谷は叫んだ。それは耳がつんざくかのような激しい咆哮だった
「ど、どうしたの? 砂長谷くん」
「ダメだ、見るな!」
咄嗟にライトをずらし、後ろにいる縞野の視界から相馬を隠した。
「もしかして……誰かの遺体?」
「ああ……相馬だ」
「えっ!? うっ、嘘でしょ……なんで、相馬くんが……」
予期していた最悪の事態が起きてしまったのかもしれなかった。砂長谷は縞野にこちらを見ないように伝え、相馬の遺体を調べ始めた。
首元を鋭利な刃物でえぐり取られていた。傷口の広さや出血量から、それが単なるナイフによるものではないことがわかる。刺すという用途ではなく、恐らくは破壊、切断に用いられる武器だ。
すぐに、船の中に常備されている非常用の斧が思い浮かんだ。何者かが斧を持ち出し、それを使って相馬を殺害したのだ。この闇夜の中、ライトを持っていたと思われる相馬は絶好の獲物だ。自身は相馬の光を頼りに先制攻撃を仕掛けることができる。
「も、もしかして、本当に……や、山田さんが?」
「わからない。だが、あの男がテロリストの一人だったなら、その可能性は高い。まだ相馬の体には熱がある。多分、殺されたのは俺たちと別れてすぐだろう。ならまだ遠くへは行ってないはずだ」
その時、砂長谷は相馬の遺体のすぐ側にスマホが落ちていることに気づいた。これは相馬がライトの代わりに使用していたものだ。
「どうやら、山田は最初から明かりを持っていたみたいだな。でなきゃ殺した後で、このスマホを拾って行ったはずだ」
「私、まだ信じられないよ、山田さんがテロリストの一人だなんて。そうだったとしても、私たちと別れてすぐに相馬くんを殺したりするかな?」
「さぁな、それは俺にもわからん。けど、三岳のことを考えると、少し想像はつく」
「ど、どういうこと?」
「三岳や相馬に、自分の正体がバレそうになった……もしくはバレたと勘違いして殺した、ってことだよ。二人ともバカじゃない、少し注意力を働かせれば、やつの正体に気づいてもおかしくないだろ」
「す、砂長谷くんは、三岳先生を殺したのも山田さんだと思うの?」
「今の段階だと、あの男が最有力容疑者だ。船が転覆した後で、明確に殺す動機があったと思えるやつだからな」
あくまで砂長谷の憶測ではあるが、一応の筋は通っていた。
だが、山田がテロリストの一人である根拠を知らない縞野は、あまり納得がいっている様子ではなかった。
「ねぇ、さっきのことだけど、砂長谷くんはどうして山田さんがテロリストの一人だって気づいたの? 懐中時計のことと船の構造に詳しいってだけじゃ、少し不十分じゃない? 似たような時計って可能性はあるし、砂長谷くんが見間違えたってこともあるよね?」
「俺の推理は状況証拠から組み立てたものだ、そこに確証はない。ただ、山田が二階を徘徊していたことが気になったのさ。もしテロリストの一人なら、さっさとサイドスラスターに向かえばいいはずだ。なのにわざわざ寄り道をした理由……それはテロリストの格好をやめるためだ」
「遺体から衣服を奪うために、客室や通路で似たような背格好の人を探してたってこと?」
「ああ、それも大浴場を利用していたように見せかけるため、あの男は二階を選んだんだ。全ての情報を一つにまとめると、あの男がテロリストで、他の生存者と良好な関係のまま脱出するために追い剥ぎ行為をしたことに結びつく」
縞野はなるほど、と感心したように呟いた。
もしもテロリストの格好をしたままだったら相馬と縞野が揉めた際のように、テロリストだけを邪険にされる恐れがある。乗組員が避難活動を円滑に進められない今、他の生存者に見捨てられる危険性を回避したかったのだろう。
「とにかく、今は桐崎を探そう。無事なら、きっとサイドスラスターへ向かってるはずだ」
「うん、そうだね。きっと大丈夫だと思う」
大丈夫、とは言うが、縞野の声からは自信が失われかけていた。
自分たちのチームでリーダーシップを発揮していた相馬の死に、ショックを隠しきれていなかった。
「さて、ここからライトを使うどうかだが」
迷っていた。闇の中に自ら光を作り出せば、相馬同様に格好の的になってしまう。だが、ライトなしでは桐崎を探すのは非常に困難だ。二人は選択を迫られていた。
その時、砂長谷は階段付近から何者かの気配を感じた。
しかし、ライトの光などは特になかったため、慎重になりすぎた故の勘違いだと思い、それ以上は特に気にしなかった。
「す、砂長谷くん?」
すると、どこからか砂長谷を呼ぶ声が聞こえてきた。
無意識に、辺りをライトで照らした。すると闇の中からゆっくりと、見知った人物が姿を現した。
「よ、良かった。無事だったんだね」
「お、お前は……」
そこにいたのは、砂長谷たちがいま最も危険視している存在、山田だった。
「明かりが見えたから、もしかしてって思ったんだよ」
山田はホッとした表情で二人に歩み寄る。
「待てっ、近づくな! 距離を取って、俺の質問に答えろ!」
「え、いったいどうしたんだい? な、何をそんなに怒っているんだ?」
何が起きているのか理解できないのか、山田は目を白黒させる。
「とぼけるな。お前、一般人のふりをしているが、テロリストの一人だろう。もう隠しても無駄だ、全部わかってる」
すると、途端に山田の表情が翳りのあるものへと変わっていった。そしてばつが悪そうに、おもむろに視線を逸らした。
「否定はしないんだな」
「……見抜かれてしまったのなら、仕方がないからね。その通り、僕はテロリストの一人さ。この名前も、ついさっき適当に考えたものだ」
山田は妙にあっさりと、自身の正体がテロリストであることを認めた。
「じゃあやっぱり、お前が三岳や相馬を殺したんだな!」
「それは違う。僕が三階を探索していた時、そもそも死体なんてなかった。それに、相馬くんを殺したのも別の人間だ。まあ、今さら信じてはくれないだろうけどね」
「当たり前だ。そんなデタラメ、よくもまあ思いつくもんだな。そう都合よく人が殺されてたまるか」
「本当に僕じゃない! 相馬くんを殺したのは、君たちと同じ制服を着た男だ。一瞬だけ、ライトの光で顔を見た。赤い髪の、目つきの悪い少年だったよ」
「そ、それって、まさか……」
話を聞いた瞬間、砂長谷と縞野は思わず互いに顔を見合わせた。
二人とも、それが誰なのかすぐにわかった。そんな特徴的な生徒は、一人しかいない。
「い、生きてたのか……夢路」
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