第13話 譲れない正しさ


 危険を極力避け、限られた人間を確実に助けようとする相馬。

 多少の危険があったとしても、助けられる者がいる限り、その全員を救おうとする縞野。


 二人の考えは対照的に見えて、根本的には同じだった。

 より多くの人を救いたい。その意思が嫌でも伝わってくる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、先生が殺されたって、いったいどういうことなんだ?」


 山田が話に割って入る。

 どうやら、まだ相馬たちは話をしていなかったらしい。


「この下の三階で、僕たちの担任教師が殺されていたんです。何者かに、背中をナイフか何かで刺されて」

「そ、そんなバカな。ど、どうして」


 訝しげな面持ちで、山田は額に青筋を立てる。


「わかりません。恐らく、テロリストたちに集められた際、抵抗して殺されたのかと」

「山田さん、三階から来たわけじゃなかったんですか?」

「い、いや、僕も三階に流れ着いたんだよ。僕も、君たち生徒と同じところに集められていたからね。けど、人が殺されてたなんて気がつかなかったよ」


 それを聞いて、砂長谷はやや怪訝な表情を浮かべる。この山田という男は、生存者を捜索しながら上を目指していたと話していた。なのに、客室の中にあった死体に気づかないというのはおかしい。

 もしそれが本当なら、三岳が殺された時刻が僅かだが絞り込める。


「あの、それってどのくらい前だったとかわかりますか?」

「え、時間? 何でそんなことを聞くんだ?」

「い、いやその、全員の証言を合わせれば、船が転覆してからどれくらいの時間が経ってるかがわかるんじゃないかって思って」

「ああ、なるほど。だが、それについてはあまりあてにしないでくれ。この通り、転覆の際に時計を壊してしまってね、体感でしか覚えていないんだ」


 山田は、高そうな懐中時計をポケットから出して見せた。あちこちにひび割れがあり、まるで時が止まっているかのように、針が停止していた。


「けど、逆にこの時間に船が転覆した可能性が高い。今が何時かわかれば、どれくらいの時間が経っているかはわかるはずだ」


 砂長谷は相馬がライト代わりに使っているスマホに目を向けた。たしか防水で、まだ一応生きていたはずだ。

 懐中時計の時間と見比べると、既に二時間以上が経過していた。


「まずいな、水密区画の状態にもよるが、最悪の場合はあと一時間もしないうちに沈んでしまう。もう時間がない」

「そ、そんな……」

「この船は構造上、揺れをある程度軽減できるようになっている。そのおかげで普通の客船よりは浸水に強いが、だからといって何時間も待ってくれるわけじゃない。運が良ければ十時間もってくれるかもしれないが、運が悪ければ今すぐにでも沈んでしまう」


 専門的なことなどは学生の身ではわからなかったが、最悪のケースを考えると、もう時間の余裕は一切ないらしい。


「山田さん、本当に詳しいですね」

「まさかこんなところで役立つとはね、正直な話、自分でも驚いているよ」


 山田は苦笑し、肩をすくめた。彼の知識がなければ、恐らく砂長谷たちは脱出ルートに気づくことすらなかっただろう。不幸中の幸いとはまさにこのことだ。


「でも本当なら、既に救命ボートで避難できてもおかしくない時間なんだ。乗組員がテロリストに隔離された影響で、避難活動ができなくなってしまったんだろうね。あと、船が完全にひっくり返ってしまっているというのも、その一つかな」


 全てが悪い方向へと傾いてしまった。不運な事故ならまだしも、これは人為的な力が働いてしまっている。避難活動さえちゃんと機能していれば、修学旅行生であった砂長谷たちは優先的に避難できていたかもしれない。


「はぁ、テロリストさえいなければ、こんなことにはならなかったのにな……」


 相馬が、力のない声でぼやいた。


「やめろ、お前らしくもない」

「ああ、そうだな、悪い」


 三岳が殺された時刻を絞り込もうとしはずが、経過した時間によって嫌な現実を突きつけられてしまい、皆の気力が落ち始めていた。


 しかし、おかげで縞野もだいぶ気を落ち着かせてきたらしく、先ほどの剣幕は既に収まっている。だが、また話を戻せば言い争いになることは必然だろう。上を目指す以上、次の階に行けば生存者を捜索するかどうかの選択にはいずれぶつかってしまう。


「さて、長居してしまったな。時間がないとわかった以上、もたもたしてはいられない、すぐに上を目指そう。ダクトが沈んでしまえば手遅れだ」


 山田が促すが、その瞬間に縞野の表情がこわばった。


「私は生存者を探す。だからみんなは先に行って」

「おい、何を言い出すんだ、縞野。一人で行くなんて危険すぎる!」

「ごめん相馬くん、それでも私は行くよ。本当は各階をくまなく探してでも、生存者を見つけたいって思ってた。さっきは妥協したけど、もう私は覚悟を決めたよ。ここからは、一人で行動する」


 今までになく真剣な顔つきで、縞野が言った。その瞳からは、揺るがない強い意志が感じられる。

 説得など、もはや不可能だった。


「ならこれ使いなよ、私のペンライト。明かりがないと、不便でしょ?」

「あ、ありがとう。桐崎さん」


 止めるどころか、桐崎は縞野が一人で行くことを促すかのように、移動の助けとなる光源を手渡した。


「心配なら相馬くんも一緒に行ってあげれば?まあその場合、ペンライトはいらなくなるから返してもらうけど」

「いや……ぼ、僕は……」


 相馬にはなから、縞野について行こうなどという気は微塵もなかった。どうにか説得して、行くのを止めたい、それだけだ。桐崎がペンライトを渡したのは、相馬が一緒に行くはずはないと、どこかで確信していたからだった。

 ある意味この行為によって、相馬の内心を浮き出すこととなってしまった。


「おい、これ以上険悪な空気で居心地悪くすんなよ。俺が縞野と一緒に行く、それで問題ないだろ?」


 砂長谷が手を挙げ、自ら同行を志願する。

 だが当然、相馬が素直にそれを認めるはずもなかった。


「待て、お前まで何を言い出す。勝手なことばかりしようとするな」

「俺が一緒に行きながら、縞野をどうにか説得する。そしたらすぐお前らに追いつくさ。脱出ルートの場所はもうわかってんだしよ。それともここで縞野を見捨てるのか?」

「そ、そんなこと、できるはずない。でも、お前が行ったからと言って、二人が無事で帰って来れる保証はない。このまま全員で上に向かった方が遥かに安全だ」

「だろうな。まあ、それはもう諦めてくれや。お前はとにかく、山田さんと桐崎を連れて上に向かうことだけを考えろ」

「す、砂長谷……」


 砂長谷は自分で言っておきながら、後々恥ずかしくなってしまいそうな言い回しだな、と感じた。映画の見過ぎからか、口調がどうもくさくなってしまっている。


「それじゃあ、ここからはまた別行動だ。上で待っててくれよな」

「ご、ごめんね、砂長谷くん」

「気にすんな。ほら、時間ねぇんだからさっさと探しに行くぞ」


 縞野をこのまま一人で行かせるのは、実質見殺しにしているのと変わらなかった。もしそれで縞野が助からなければ、自分が助かっても後味が悪い。だがそれ以上に、縞野を一人で行かせてしまった際に起きるもう一つの問題を、砂長谷は危惧していた。


 それは、十字傷の死体を見られる恐れだ。

 縞野単独で確認させるというのは、何としても避けたかった。同時に桐崎のいないところで、縞野に事実を伝えるチャンスでもあった。

 テロリストの危険性がはっきりすれば、このお人好しも考えを改めるのではないだろうかという、淡い期待を寄せていた。

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