第8話 決裂


「私はあまり、そのやり方には賛同できないかな」

「ど、どういうことだ、桐崎」


 桐崎は淡々とした口調で言った。


「それはつまり、このグループで一つの社会を作るってことだよね?」

「あ、ああ、言ってしまえばそういうことだ」

「今は良いけど、それは後々に響くと思う。だから私は反対」

「僕は、合理的な考えだと思うんだが」

「合理、か。それを口にしてしまったら、私たちのグループは崩壊するよ。集団で生き残るには、合理よりも慈悲の方が優先される。個々で生き残りたいなら、たしかに合理性は大切かもしれないけど、変に争いが生じる恐れもあるんじゃないかな?」


 桐崎の言葉は妙に鋭く、冷たかった。キャップ帽の影もあってか、無表情が顔面に張り付いているように暗かった。


「だってそうでしょ、自分の意見が通らなかった人は、少なからず反抗心が生まれる。どうして自分には賛同してくれないのか、たったこれだけのことで、人の信頼には亀裂が生じる。それなら、最初からない方がいい。私は単にそう思うだけ」


 桐崎の言い分にも一理あった。多数決とは時に残酷で、互いの信頼を壊しかねない危険な行為だ。些細なことでも、人と人との間には溝が生まれてしまう。ならばいっそ、最初から自由な方がいい、もしそれでリスクを背負うことになっても、本人の自業自得だ。身を委ねた自分たちにも、同等の責任がある。

 しかし、もしこれが多数決で決まるのなら、少数派は責任を負う必要がなくなる。むしろ、その結果に異議を申し立て、争いに発展することは想像に難しくない。


「それと付け加えるなら、偶数の時点で多数決として成立してない。もしも意見が割れたらどうするの? まさかその後でジャンケンでもして決めるの? これは修学旅行の班決めでも、ましてや文化祭の出し物決めでもない。命がかかったことなんだよ?」

「そ、そうだね、たしかにこれじゃ、そもそも合理性もクソもないか」


 桐崎の最もな意見に、相馬が折れた。合理性を重視した考え方が間違っているわけではなかったが、そのやり方には少し問題があった。今回の場合、桐崎の方が適正な対応だっただけである。決して、相馬が悪いというわけではない。

 それは相馬ももちろんだが、砂長谷や縞野も理解していることだった。当然、責めたりするようなことはしない。


「ご、ごめん二人とも、私がわがままを言ったせいで」


 話の発端を作ってしまった縞野が負い目を感じてしまっている。


「君が謝ることじゃない、悪いのは僕だ。チームワークを乱すようなことを言ってしまい、申し訳ない」

「二人して謝るのやめろ、辛気臭い。どうせ上に行くルートは確保できてるんだ、少し生存者の探索をするくらい問題ないだろ。俺たちはただのガキだ、最善の選択なんてわかるはずもない」

「あ、ああ……ありがとう、砂長谷」

「お前に感謝されるなんて、なんか気持ち悪いな」

「はは、酷いな。僕はたしかにお前に対して厳しいが、別に嫌ってるわけじゃないんだぞ。むしろ逆だ、頼りにしている」

「だからキモいっつうの」


 砂長谷は心なしか、さっきよりもチームとして安定したように感じた。

 変に気を使い過ぎるのも、やはり考えものである。


「吊り橋効果ってのもあるし、もしかして二人の間にそういう関係が芽生えちゃうかもね」


 桐崎が両手で長方形のフレームを作り、その中に砂長谷と相馬を入れた。


「やめろ。せめて異性とだろ、そういうのは」


 人は危機的状況にあると、本能的に子孫を残すために異性との関係が急速に発展するという。子孫繁栄が目的になるのであれば、それに同性は含まれない。

 砂長谷は思わず、縞野に視線を寄せた。

 このメンバーでなら、できれば縞野と良い雰囲気になりたい。一人の男として、それは当たり前の思考だ。最も、縞野が自分に対して何の感情も抱いておらず、それが今後も芽生えることはないなどということは、砂長谷からしてみれば承知のことだ。


 組み合わせができる可能性があるのは、相馬と縞野だろう。

 クラスでも頼りになる相馬と、人気者の縞野、二人はお似合いの関係だ。

 己の価値をよく理解している砂長谷は、変な勘違いや自惚れは抱かない。傲慢な人間の真逆に属するため、自信というものが欠落している。それを謙虚と言えば聞こえはいいが、砂長谷の場合は単に冷めているだけである。


 そういう意味では、桐崎とはなんだかんだで馬が合うかもしれない。

 お互いに自身の限界を認知しており、身の丈に合った生活を送っている。


「縞野さん、砂長谷くんが狙ってるから気をつけてね」

「ふえぇっ! ねね、狙ってるの?」

「狙ってねぇよ! お前、いい加減なことを吹き込むな!」

「ふふ、ごめんごめん」


 桐崎の抑揚のない声は、暗い船内では少し不気味だった。

 言葉に気持ちが込められてないため、冗談なのか本気なのか、桐崎の感情がよくわからない。


「それじゃあみんな、次の階からは二手に分かれて生存者を探そう。でも探す時間は十分に限定する。十分経ったら、すぐに前部階段で落ち合う。これでどうかな?」

「異論なし」

「同じく」

「み、みんな……あ、ありがとう!」


 縞野の目に若干の涙が込められる。他人のためにここまで感情的になれるのは、縞野の魅力だ。ただ、そんな彼女に対して、偽善だと感じる者も当然いる。捉え方次第ではあるが、建前だけなら大抵の人間は前者だろう。


「別に、ただ助けられる人を見捨ててまで、自分だけ生き残るってのも気持ち悪いしな」

「あれ、もしかして砂長谷くんってばツンデレなの? 男のツンデレは需要薄いよぉ、特に君の場合は」

「うるせぇな、そんなんじゃねぇよ」

「そのセリフ、まさにツンデレじゃん」

「ほっとけ」


 桐崎がやけに絡んでくるため、砂長谷は露骨に顔を歪める。少し相手にするのが面倒になってきていた。


「いいから、さっさと探しに行くぞ、無駄話してる余裕なんかねぇんだからよ」

「ふふ、そだね」


 僅かながらに見せた桐崎の笑みは、純粋とは程遠かった。

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