第3話 日常との乖離


 時間はあっという間に過ぎ去っていた。

 気づけば映画のスタッフロールが流れ、程なくして照明が復活する。

 パニックホラーというより、叙述トリックに近い作品だった。


 起こる事件や襲い来る怪物は全て主人公の妄想であり、舞台も主人公のために用意された治療施設だったというオチである。


 終わってみれば、たしかに伏線になるようなシーンがところどころにあった。ミステリーは得意分野ではないため、砂長谷は謎が明かされるまで異変に察することすらできなかった。違和感を覚えるところがなかったと言えば嘘になるが、あまり深くは考えておらず、終盤になってからやっと思い出したほどだ。


 ミステリーの分野を得意とする者なら、ある程度の伏線には気づき、結末が推理できるのだろう。

 だが、ある意味では非常に新鮮な内容だった。普段から積極的に見るジャンルではないため、割と楽しむことができた。


 体を伸ばしながら席を立ち、おもむろに桐崎の方に目を向けた。

 しかし、もう既に彼女の姿はそこにはなく、まるで最初からいなかったかのように、消え去っていた。

 どうやら、桐崎はスタッフロールを見ないタイプらしい。

 家庭用テレビで見るならまだしも、映画館の巨大スクリーンを前にしてスタッフロールを見ずに退席するというのは、映画好きの砂長谷からしたら邪道と言わざるを得ない。

 

 人それぞれではあるため、最後まで見ろと押し付けることはできないが、こと映画に関してだけ言えば、桐崎とはあまり感性が合わないようだ。

 シアターを出ると、入り口で相馬が砂長谷を待っていた。


「そっちのが終わるの早かったんだな」

「大した差はない。僕たちの映画もさっき終わったばかりだ」

「縞野はもう部屋に戻ったのか?」

「ん? ああ、彼女なら女子連中に攫われてしまったよ。男女問わず人気があるからな」

「ははは、人気者は大変そうだな。俺はもう部屋に戻るけど、お前はどうする?」

「僕もそろそろ戻るとするかな、長時間座ってたら疲れたよ」


 相馬は首を鳴らし、軽く腕を回した。

 砂長谷は少しだけ桐崎のことが気がかりだったが、眠気が今にも襲いかかってきそうだったので、まずは部屋に戻って休むことにした。

途中、互いに映画の感想を語り合った。

 二人が客室のある二階まで降りたところで、相馬が船内の異変に気づいた。


「おい砂長谷、何かおかしくないか?」

「んだよ、藪から棒に。いったい何がおかしいって?」

「いま俺たちは六階から二階まで降りてきたはずだ。それなのに、船員の姿が見当たらない」

「はぁ? なんだよそれ、どっかで会議でもしてるだけじゃねぇの?」

「かもしれないが、少し気になってな」


 相馬はクラスで委員長をしているだけあって勘も鋭く、頭も回る。そのため妙なことに気が向きやすい。

 砂長谷も周りに目を配るが、やはり相馬の言うように、船員と思われる人間の姿はどこにもない。

 不自然なほどに静かで、人の気配もほとんど感じられなかった。


「とりあえず、誰か先生にでも相談しろよ。三岳みたけとか暇そうだし、話くらい聞いてくれんじゃねぇの?」


 砂長谷は担任教師、三岳の名前をあげた。


「うーん、そうだな。僕の思い違いかもしれないし、最も船内で暇を持て余しているであろうお前に話を振ったのだが、どうやら人選ミスらしい」

「やっと気づいたか。でも、なんかそうはっきり言われると腹立つな」


 しかし、怒るのにもカロリーを消費して疲れるため、そんな無駄なことはしない。砂長谷はどちらかというと省エネ体質の人間なのだ。無駄に活発に働く相馬とは、正反対の存在である。


「じゃあ、僕は三岳先生のところに行ってくるよ。ただの考えすぎならいいんだけどな」

「おう、いってらー」


 砂長谷が部屋に戻ると、再び孤独な空間が形成される。

 少し、胸騒ぎのようなものがしていた。

 そしてふと、窓の外に目を向けた。その時、砂長谷は妙な違和感に襲われる。

映画を見る前とは、景色が少しだけ違っていたのだ。


 水平線の上に見えていたはずの太陽が、何故かこの二時間足らずで消えていた。海面も船の影に覆われており、太陽の速度が異常だ。いや、正確には船の航路が反転している。

 多少向きが変わるのならまだしも、完全に進む方向が逆になるなど、普通ならありえない。明らかに異常事態だ。


 航路を間違えていると言えばそれまでだが、本来の正しい航路がどちらだったのか、この状態ではわからない。

 船の乗員が見当たらないことと何か関係があるのだろうか。しかし何か問題が起きれば、間違いなく船内にアナウンスが流れ、乗客に知らされるはずだ。


「一応、相馬のやつに教えておくかな」


 本当なら今すぐベッドの上にダイブし、体を伸ばしてリラックスしたかった。

 脳内から強制的に排除し、今は何も考えずこの平穏の時間を味わっておきたい。だが、そういうわけにもいかない状況になりつつあった。

 相馬のスマホに電話をかけようとした、その時だった。


 突然、耳をつんざくような激しい破裂音が轟いた。

 その衝撃で砂長谷の心臓は跳ねた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る