第2話 同類


 古い映画というだけあり、生徒の数は候補の中で最も少ない。

 あまり人の顔を覚えない砂長谷は、同じクラスであるにも関わらず、他の生徒が誰なのかよくわかっていなかった。

 生徒は見やすい席に集中しており、特に親しくない生徒同士は、お互いに席を一つ分空けて座っていた。

 そのせいもあって、ベストポジションに座ろうとすれば、両隣から仲が良いわけではない生徒に挟まれてしまう。変に人間関係を気にする砂長谷は、わざと見やすい席から外れ、少し前の席を選んだ。


 同じように、わざわざ見やすい席を避けている生徒がいた。キャップ帽を被っており、顔はよくわからない。

恐らく、砂長谷と同様の理由だろう。見た感じでは、あまり人と馴染むタイプとも思えない。


「砂長谷くん……だっけ?」


 すると、キャップ帽の生徒が砂長谷に声をかけてきた。意外な展開に、思わず目を丸くする。


「えーっと……誰?」

桐崎真夜きりさきまや。まあ、わかんないよね……私のことなんて……」


 少女は眠気を誘うような抑揚のない口調で言った。ボソボソとしていて、声量が低く聞き取りにくい。キャップ帽の下から、虚ろな瞳を覗かせている。


「よく俺のこと知ってたな。俺、お前と話したことない気がするんだが」

「うん、あってるよ。私は君と会話したことなんて一度もない」

「じゃあ、何で話しかけてきたわけ?」

「なんだか少しだけ、自分と同じ匂いがしただけ。それでつい」

「同族の気配ってやつか」

「うん、まあそんな感じかな。名前は……自然と覚えてたし」

「へぇ、記憶力いいんだな」

「それなりにね」


 会話はそこで終わった。


 お互い話すこともなければ、特に話す理由もない。二人の間に気まずい空気が漂い始める。

 桐崎は砂長谷同様、クラスで親しい友人などがおらず、少し浮いている存在だ。故に、何か仲間意識のようなものを感じたのかもしれない。砂長谷は彼女のことを知らないが、同じタイプだということはすぐに感じた。


「何でこんな古い映画選んだわけ?」


 このまま無言というのも少し気持ちが悪かったので、砂長谷は無難な話題を振ってみた。


「一番……人が少ないと思ったから。私……できるだけ一人がいいの」

「へぇ、変わってんな」


 この手の生徒は、必ずクラスに一人はいる。人と群れることを避け、極力孤独に生きようとする。

 中二病とはまた違う。かっこいいとか、ミステリアスな私素敵とか、そういうものではない。本当に一人の方が落ち着く、モグラのような人種だ。


「そういう砂長谷くんは? どうしてこの映画にしたの?」


 訊き返してきたが、桐崎はこちらに視線は向けてこない。真っ直ぐ目の前のスクリーンだけを見つめている。


「他の映画は前に見たことがあったんだよ。いい機会だから、初見の映画にしようって思ったんだけだ」

「ふぅん、映画好きなんだね。あんまりそういうイメージなかったな、意外」

「意外って、俺はどう見てもインドアだろ。いったい今までどんなイメージだったんだ?」

「そうだなぁ。なんていうか、効率主義って感じかな。やらなくてはならないことはなるべく楽に、そして手短に。誰よりも時間に飢えているように見えたよ」


 あながち間違いというほどでもなかった。たしかに砂長谷は興味のないことは手短に済ませ、必要のないことはできるだけやらず、他人に任せる傾向がある。


 面倒くさがり屋と言えば聞こえは悪いが、エネルギー消費の効率が良いとも言える。いわゆる省エネ体質だ。

 大罪で例えるなら、怠惰にあたるだろう。


「お前、なんか妙に詳しいな、もしかして俺のストーカーか?」

「本当のストーカーだとしたら、その質問は危険なんじゃないかな? まあ安心していいよ、単純に気になってただけで、ストーカーってほどじゃないから。ていうか、そもそも砂長谷くんは割とクラスじゃ目立ってる方だしね。ある意味でだけど」

「自覚ねぇな。クラスの連中からはほとんど認知されてないものだと思ってたよ」

「量産型なら、それもありえたかもね。砂長谷くんは、単に黙殺されてるだけだし。私もだけど」


 自分で思っているほど、砂長谷は陰が薄いというわけではないらしい。というより、逆に捻くれているからこそ、悪い意味で認知されていたようだ。


「だから思うんだけど、砂長谷くんって他人にあんまり興味ないよね。何事も自分優先で、そういうところに共感したのかも」

「それは誰にでも当てはまることじゃないか?誰だって自分が大切で、楽して安全に生きる道を選ぶだろう。俺やお前だけってわけじゃないはずだ」


 すると、初めて桐崎が砂長谷の方を向き、不気味な笑みを浮かべた。

 瞬間。背筋に悪寒が走る。本能的な何か、恐怖に近いものを感じた。


「ふふ、そういうところだよ。私が砂長谷くんに共感しているのは。人間なんて、所詮は利己的な生き物、そこには善も悪も存在しない。私は、砂長谷くんはそういう人種だろうって、ずっと思ってた。そして今、確信した。君は私の同類だよ、根っからの」


 その瞳は、酷く濁っていた。まるで生を感じない、人形のような瞳。

 思わず、砂長谷は目を逸らす。


「お前と一緒にするな。言っただろ、誰しも思ってることだって。それをオープンにしてるかしてないかの違いでしかない」

「割り切ってるね。けど、それをはっきりと言えるってのは、珍しい方だと思うよ。それがたとえ、真理だとしても」


 不思議な人間だった。普通、こんなことを言えば引かれて距離を置かれてしまう。しかし、桐崎は真逆の反応を見せる。


「お前、いったいなんなんだよ」

「難しい質問だね、自分が答えられない質問はしない方がいいよ」

「うわ、めんどくさ、俺以上に捻くれてるな」

「面倒? 私は少し楽しくなってきたけどな、君と話すの」

「やめろ、だるい。つうか、もう映画始まるだろ」


 無駄話をしている間に、上映の準備は整っていた。


「そうだね、話の続きは終わってからってことで」

「勘弁してくれ、俺はもうお前と話すのはごめんだ」


 照明が落ち、館内は闇に包まれていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る