第10話 聞きたくない

 


 王宮の敷地の端に建っている教会で、今日俺とリラの結婚式が行われている。

 総騎士団長という俺の立場と、どうしても陛下の『俺も参列したいぃ!』というわがままで、王宮の敷地内にある教会で行う事になった。


 純白のドレスに身を包んだリラが開いた扉から入って来た時は、天使か女神か精霊か、はたまたそれらの使いがやって来たのかと思うほど美しかった。


 リラは「本番のお楽しみ」と言って、この日まで本番のドレス姿を頑なに見せようとしなかったが、花嫁姿のリラは神々しく膝から崩れ落ちそうになった。


 いまだにこんなに美しく可憐な女性が本当に俺の妻になるのかと信じられない気持ちだ。

 勿論、リラの魅力はその外見よりも内面にあると今の俺は知っているから、リラがどんな外見をしていたとしても構わない。

 だけど、やっぱり花嫁の美しさには感動を覚える。


 内心では、滂沱の涙を流して膝をついて神に感謝の祈りを捧げている俺だが、総騎士団長という立場もあるし新郎が情けない姿を見せるわけにはいかないので、なんとか澄まして立っている。


 サランジェ伯爵夫人は新婦側の一番前の席で静かに涙をハンカチで拭いながら歩いてくるリラを見ているが、夫人以降の席に座ってるサランジェ伯爵家側の参列者の中にはひきつった顔で俺を見ている人もいる。


 確かに涙が流れないように目に力を入れているけど。こんな時にでも恐れられるとは…………。

 俺のことなど気にせずに、女神のようなリラに見惚れてもらいたいものだ。


 ゆっくりと俺の元までやって来たリラに高い位置にある窓からの光が降り注ぎ、発光しているかのように見える。

 何もかもを包み込むような優しい笑顔のリラとベール越しに目が合う。


 もしかしてリラは本当は女神なのか?本当に幻ではないよな?と一瞬頭に浮かんだが、サランジェ伯爵の言葉で身が引き締まる。


「リラを、頼みます」

「っ!はい」


 誓いの言葉を言う時は声が震えないように頑張ったが、結婚の誓約書へ記名するときも、ベールを持ち上げる時も緊張で手が震えた。

 誓いのキスは、それはもう緊張どころではなかった。


 正直、その辺の記憶があまりない。

 ちゃんとできていると良いのだが。


 教会から出ると抜けるような快晴の空で、神も我々の結婚を祝福しているように思えた。


 リラが持っていたブーケは、最近の流行らしいブーケトスという儀式で塀の外で見ていた平民の少女の手に渡った。


 この教会は申請したら一般の人も入れるため、王宮の敷地内とはいえこの辺の塀は低めになっている。

 とはいえ、この教会で結婚式を挙げられるのは貴族だけだが、平民にとって貴族の結婚式は贅を尽くしているように見えて憧れらしい。その為、この教会に限らず貴族の結婚式があれば新郎新婦を見ようと平民が見物に集まってくるのだ。


 今回も低くなっている塀の外側には沢山の人が来ていて、リラを見て感嘆の声をあげていた。


 少女が目を輝かせて手中に降ってきたブーケを見つめる姿を見て、リラと目を合わせて微笑む。花嫁からのブーケを受け取ると幸せな結婚ができるらしい。少女にも、俺がリラと出会えたように最高の相手と出会える事を願う。



 そしてそのまま教会から近い王城の庭園にて披露宴を行う。


 リラが人見知りで疲れてしまわないように、両家の親戚や付き合いのある貴族家、俺の仕事関係で騎士団員などから厳選した少人数の披露宴にしたが、これも陛下が参列したいと言ったので王宮の庭園で行う事になってしまった。


 クローデル公爵家は当主の俺が社交を疎かにしているし、サランジェ伯爵家も今は社交が盛んではないので、親しく付き合いのある貴族家はそれほど多くない。


 我が家の広間でも充分賄える程度の招待客しかいない。

 公爵家当主の結婚披露宴だが、貴族の中でも小規模な披露宴だ。


 王族でもないのに王宮で披露宴を行うなんて恐れ多いが、そもそも陛下の要望だし、そのおかげで陛下にも喜ばれた。

 新郎である俺よりもよほどニコニコして嬉しそうに見える。


「ヴァレリオ!リラ嬢!じゃなかったもうリラ夫人だね!おめでとう!」

「陛下。ありがとうございます」


 グラスを掲げながらご機嫌な様子で話す陛下を見ていると、王宮で披露宴をしてよかったと思える。


 筆頭公爵家嫡男で宰相のアントニオと公爵令嬢のマーガレットの結婚式の時は、豪勢な結婚式で参列者もものすごく多かった。俺も参列したが誰が誰だか分からなくなるほどだった。


 その時も陛下が『城でやればいいよ。城でやってよ。大広間貸すよ』と言ったが、王宮に併設された教会はそれ程大きくないため『挙式の時点で入りきらない』と、アントニオが固辞して王都の大聖堂で式が行われた。

 そのため、警備の観点から陛下は参列できなかったのだ。


 マルコの時はまだ王太子だったからギリギリ参列できたのに、アントニオの結婚式に参列できないと知った時は、『幼馴染なのに!俺だけ除け者にするなんて酷い!』と陛下が機嫌を損ねてしまって宥めるのに時間がかかって大変だった。

 執務を拒否した皺寄せはアントニオが自分で食らっていたけど。


 今回は王宮の敷地内だし、参列者に騎士団関係者も多い事から陛下も式から参列してもらえたのだ。

 陛下も参列できる事が決まってからはご機嫌で、執務が捗って良いとアントニオに感謝された。その為に参列してもらう事を決めたわけではないのに。

 

 二人で公爵家へ帰ってきて初めて、結婚したことを実感できた。


 縁談を断られ続けた俺でも結婚できた。

 社交界の幻の花と呼ばれているらしい美しい女性が本当に俺の妻になったのだ。

 これからは帰る場所が同じなのだと思うと心があたたかくなった。


 ◇


「ヴァレリオ様、少し落ち着いてください」

「………分かってる」


 湯浴みをして、用意されていた真新しい夜着に着替える。

 いつもならすぐに寝るから下だけ履いてベッドに直行しているが、今日はすぐに寝ないし、今日からはリラと寝ることになるので夜着も上下着てガウンも羽織った。


 どうにも落ち着かない気持ちでウロウロしていると、書類を持って来たフィリオに注意された。

 分かっていても落ち着かないのだから仕方がないだろう。


 仕方なくフィリオが持ってきた書類に目を通し、サインをしていると部屋のドアがノックされて、ビクッとなった。

 サインまでビクンと大きく跳ねてしまった。


「あっ。書類は作り直して参ります」

「……すまん」

「失礼します。旦那様、奥様のご準備が整いました」

「わ、分かった。もう下がって良い」


 リラ付きとなった侍女のダリアとフィリオにもう下がって良いと伝え、新しく整えた夫婦の寝室へと向かう。

 夫婦になったのだから、今日から同じ屋根の下、同じ部屋で寝ることになるのだけど、考えるだけで緊張している。


「ふぅ」


 一度深呼吸してから寝室のドアを開けると、ソファに腰かけるリラがこちらを向いた。

 一歩一歩ゆっくり近づくと、リラも緊張している様子がうかがえた。


 リラの顔を見て、「俺が緊張している場合ではない。六歳も年上であるし男の俺がリードしなければ!」と妙な使命感が顔を出す。


 リラの隣に座ると、ふわりと甘い香りが漂ってきた。

 簡単に解けそうな緩く結った髪からも侍女らが張り切ったのだろうと想像できる。

 侍女を採用できて本当に良かった。


「あの、なにか飲む?ダリアが色々準備していってくれたからお酒もあるよ」

「そうだな、シャンパンにしよう。シャンパンならリラも飲めるよね?」

「うん。じゃあ私もいただきます」


 細かい気泡が浮かぶグラスを合わせるとチンッと軽い音が静かな室内に響く。


 一口飲んでからリラに視線を向けると目が合った。

 ふふと微笑んでいるが、やっぱりいつもよりどこか表情が硬いのは緊張のせいだろうか。


 薄い夜着の上にガウンを羽織っただけのリラは煽情的で、今すぐ押し倒したい衝動に駆られてしまう。

 しかし、衝動のままに行動しては凶悪の他に野獣の二つ名まで追加されてしまいかねないので、理性は捨てられない。


 視線をリラからグラスへと移して、心を落ち着ける様に努める。


(だめだ!落ち着け!冷静になれ、俺!)


 そんなことを考えていると膝の上に置いていた手にリラの手が重ねられた。


 少し冷やりとしたその手にドキッとしてリラを見ると、ひどく真剣な顔をしていた。

 一瞬、「積極的!」と舞い上がったけど、この表情はそういうのではなさそうだ。


(…………?)


 ――――――あ、もしかして

 実は恋人がいるって告白されるのだろうか………


 そうだ。最初にそう思っていたんだ。

 こんな女性がここまで婚約者もいない不自然さや、もっと見目の良い高位貴族もいるのに俺との結婚を受け入れるのには訳があるはずだ――と。


 リラと過ごせば過ごすほど、リラから想われていると思えたし、どうして自分が選ばれたのか怖くて聞けなくなっていた。


 リラから想われていると感じたのは俺の都合のいい希望で勘違いだったのか?

 今更恋人がいるって言われるのはやだな。


 借金があるから助けての方が遥かにマシだ。

 健康だと言ったけど本当は持病を抱えてるから子供ができないと言われるなら、もうそれでも良い。

 最悪、私生児がいるのでも良い。俺が父親になる。


 だけど、貴方は愛してない。他に愛している人がいる。と言われるのは嫌だ。


 聞きたくない。

 誤魔化して押し倒したら駄目だよな…………。




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