第11話 幸福感で満たされる

 


「あのね。話が、あるの」

「……うん。何?」

「あの……ね。信じてもらえないかもしれないんだけどね」

「うん」

「私…………―――――人の周りに色が視えるの」

「うん?」


(……人の周りに色?ってなんだ?)


 先程までは初夜の事ばかり考えていたし、リラが改まった態度を取ってからは出会った当初に思った身分違いの恋人がいる説を思い出して頭がいっぱいになっていたから、予想の遥か斜め上をいくリラの言葉が素直に頭に入ってこなかった。


 言葉の意味が理解できずに思わず首をかしげてしまう。


「やっぱり、信じられない…………よね」


 明らかに暗い顔になってしまったリラに慌てる。

 眉を下げ、一瞬にして瞳を潤ませてしまった。

 そんな顔をさせたい訳ではない。リラを一瞬でも悲しませたくない。


「いや!そうじゃなくて!ごめん、予想と全然違う話だったから理解が追いついていないだけっていうか。人の周りに色ってどういうこと?もう少し詳しく説明してくれる?ちゃんと話が聞きたい」

「……説明するのは難しいんだけど、こう、こんな感じで人の周りに色が視えているの」

「うん?」

「その人の性格というか、持っている性質というのかな?考えている事というか……多分、それが色として目に視えるの。人がぼわぼわ~っと色を纏って視えてるの」


 リラは一生懸命手や腕を動かしている。

 身振りをつけて説明してくれるので、体を取り囲むように何か見えるという主張は理解できた。どういう原理かは分からないけど、言葉の意味だけは分かった。


「それは、初めて聞く現象だな。誰にでも色がついて見えるの?」

「うん。必ずそれぞれの人の周りに色がついて視える。人によって色は違うけど」

「じゃあ俺にも色がついて見えてるの?」

「うん!ヴァレリオはとっても優しい温かい色をしているの!!」


 リラの顔が一瞬にしてぱっと明るくなり、嬉しそうに説明してくれる。


「体のすぐ近くは太陽の光のように温かみのある明るい色で、真ん中くらいは包み込むような優しい緑っぽい色が基本なの!本当に見ているだけで優しい気持ちになれる、そんな色なんだよ!」

「ん?何色も見えているの?」

「うん。多分内側に近い方がその人が持ち合わせている性質や性格みたいで、普通は色が変わらないけど、外側に行けば行く程外的要因とかで色が変わるみたい。単純に内側と外側の二色じゃないし、何色って表現しにくい色が多いし、その色が視えても詳細に考えていることが分かる訳ではないけどね」


(分かったような分からないような…………)


「えーっと。それは人によって違うって言ったけど、そんなに人それぞれ違うの?」

「うん。えっと、例えば……あ!フィリオは全体的に真面目そうな青系の色かな。でも外側は、凄いんだよ。忠誠心の塊!って感じの色だったの!ヴァレリオへの忠誠心で溢れてて、初めて会った時は本当にびっくりしちゃった。あとは、マーガレット様は優しく思慮深そうな色で、アリッサ様は明るく真っ直ぐな色をしているの」


(あぁ………あの時リラがフィリオに見惚れているように見えた謎が急に解けた。そういう事だったのか。忠誠心か……なるほどな)


「そうか。フィリオはそんなに俺への忠誠心で溢れているのか。なんか照れるな」

「……………信じてくれるの?」

「ん~、うん。これが嘘だとしてもこんな嘘をついても何のメリットもないからね。正直、まだ理解はし切れていないけど」


 人の周りに色が見えるというのは初めて聞く現象だけど、騎士をしていると戦場で死者が視えると言い出す者もいるし、初めて人を斬った後に幻覚を見る者もいる。

 それらは珍しくないから、リラの色が見えるという現象もあり得ない話ではないだろう。


「……気持ち悪くない?」

「気持ち悪い?何で?リラの事を気持ち悪いなんて思うわけがないよ。ところで、色がついて見えて困ることはないの?色で塗りつぶされて顔が分からなくなるとか」

「ありがとう……信じてもらえて嬉しい。本当に嬉しい。本当に……っ」


 ぽろりと零れた涙がとても美しく見えて見蕩れてしまう。

 かと思えば子供のように手でごしごしと涙を拭う姿も愛らしい。


「―――あ、色は半透明で周りに見えるだけだから人や顔が分からなくなったりはしないかな。ただ、相手の気持ちがなんとなく伝わってくるから、怖くなることもあるけど」


(それって…………)


「病弱や人見知りって言ってたのって、もしかして相手の気持ちや思考が見えてしまって怖いってこと?」

「うん……良くない事を考えている人は黒い靄が取り付いているように見えるから、怖くて。悪い人に気付いちゃったら態度に出ちゃうから、病弱ってことであまり人と会わないようにしていたの。人見知りって、嘘ついてごめんなさい……」

「なるほど。それで、侍女の面接のときは見てるだけで良いって言ってたんだ」

「うん」


(それで、俺が選んだ候補二人に良い顔をしなかったのか。採用していたらヤバかったな。何かが見えていたって事か)


「あの日も、視えていたの……」

「あの日?」

「六年前、クーデターがあった日」

「あぁ。そういえば、フィリオがあの日リラを見かけたって言ってたな。俺を見ている珍しい令嬢がいたから覚えてるって、無自覚で失礼な事を言ってた」

「ふふっ、そうなんだ。……あの日は私がヴァレリオを見つけた日なの」

「本当にそんな前から?」

「うん。だけど、……視えていたのに。前の総騎士団長や王弟に異様な程どす黒い靄がかかっている事が視えていたのに。私は見ていただけだった。それをずっと後悔してて。……ヴァレリオのこの傷も、本当なら付く事がなかったかもしれないのに。不穏な空気を私が伝えていれば。この優しい色を持つヴァレリオなら私の話を聞いてくれるかもしれないって思ったのに、あの時は話しても信じてくれるわけがないと思ったし、あんなことになるとは思わなくて……」


 静かにはらはらと涙を流すリラを見て心が痛んだ。

 クーデターのあの日、人々の中に悪い色をしてる人が見えていたから、自分が伝えていれば未然に防げたかもしれないと思っているのだろう。

 それでずっと心を痛め続けているのかもしれない。

 クーデターの犯人たちは死んでなお未だに許せていなかったけど、こんなにリラを苦しめ続けさせている奴らは本当に許せない。


「リラが責任を感じて後悔の念を抱く必要はない」

「でも、怪しい人がいるって言うことはできたのに、何もできなかった。何かが変わっていたかもしれないのに」

「リラ。もしも、リラが教えてくれたとしても、多分結果に差はなかったよ。それ位にあのクーデターは国の中枢から発生していて、仮に俺が事前に知っていても止められなかった。主犯に賛同する者が多すぎてあの場で計画を頓挫させるのは不可能だった。仮に王城内は無事でも、市民がもっと犠牲になっていたはずだ。それに、リラが教えてくれていたら、リラはきっと、いや絶対に無事ではいられなかった。そんなの……リラがここにいないなんて、俺にはもう考えられない。リラが気に病む必要はないんだよ。言わずにいてくれたから、無事にこうして俺と出会ってくれたんだから。それで良かったんだ」

「ヴァレリオ……」


 ずっと心に引っかかっていた事だろうから、すぐに気にしなくなるのは無理だろう。それでも少しは心を軽くして欲しい。


「ん?ってことは、ミュラー伯爵も?」


 リラは「具体的に何がって事はないんだけど……」と眉を下げて曖昧に微笑むだけだった。


 その後も、リラが見えているというオーラの話を聞いたり質問していると、あっという間に時間が経ってしまった。

 横にある時計を見ると、針はすでに真夜中という時間をさしている。


 明日は休暇を取ってあるから夜更かししても問題ない。

 というか今日は元々夜更かしの予定ではあったが、このまま大人しく寝た方が良いだろう。


「今日はもう寝ようか」と言おうとしたら、リラがぎゅっと抱き着いてきた。

 ふわりと甘い香りが俺の理性を擽り、柔らかな感触に強固にしたはずの理性では抗えず暴れ出しそうになる。


(!? 


「信じてくれて、本当にありがとう。本当に本当にありがとう」 


(あぁそっちか。鎮まれ。働け俺の理性。ここで下心を出してはリラに引かれる)


 リラは俺の胴に抱き着いて胸板におでこを付けたままじっと動かない。じわりと夜着を濡らす感覚があるから涙しているのだろう。


(……これはどうしたらいいんだ)


 完全に初夜どころではなくなったな。やっぱりリラが落ち着いたら寝よう。

 慰めるべくリラをそっと抱きしめ、暫く頭や背中を撫でていると漸く顔を上げてくれた。

 眦に少し涙が滲んでいる。


 リラに潤んだ瞳で上目遣いで微笑まれると、破壊力が凄い。

 俺の理性が仕事を放棄した。



 ◇



 目を覚ますと、すぅすぅという規則正しい可愛い寝息が聞こえてきた。


 横を見ると、背を向けて眠るリラがいる。背を向けられている事に少し寂しさを覚えるが、朝起きて隣にリラがいる喜びの方が勝る。


 緩く波打つ淡い金髪がカーテンの隙間から差し込んだ朝日に当たって輝き、白く細い肩に掛かっている。

 柔らかな朝日の中で眠るリラは非現実感があり、そこにいることをこの手で確かめたくなる。


 お腹に手を回して軽く力を入れると、簡単に引き寄せられた。


 後ろから抱え込むようにぎゅっと腕に力を込めると、リラの背中から伝わってくる熱や手に馴染む肌の柔らかさに、これは現実なのだと実感できる。


 今度は顔が見たいと思っていると、リラの体に力が入り身じろぎしたのが分かった。

 起きたのだろうか?


 抱きしめていた腕の力を少し緩めて、目の前にあるつむじに唇を落とす。

 するとリラがピクリと動いたので、これは確実に起きているだろうと確信する。


「おはよう」


 声を掛けながら頭を持ち上げて顔を覗いてみると、リラは両手で顔を覆っていた。

 手に覆われた顔は見えないけど耳が真っ赤になっている。


「リラ?」

「……おはよう」

「何で隠すの?顔を見せて?」

「今はだめ。恥ずかしい」


 何をいまさらとも思うが、恥じらう様子は愛らしい。

 でも、顔を見たい。


 赤く染まった可愛い耳を食んでみると、すぐに顔を隠していた手で耳をガードしたため顔が見えた。

 目を丸くして、はわはわと唇が薄く開き何か言いたげにしているが、言葉が出てこないようだ。


「やっと顔が見れた。こっち向いて?辛いところとかない?」

「…………大丈夫」

「ほんと?無理してない?」

「うん」

「無理したら駄目だよ?朝食はここまで運ぼうか」


 漸く体ごとこちらを向いてくれたリラは、目の下まで上掛けを引っ張り上げながら、ふふふと笑う。


「ん?」

「ふふっ。幸せだなって」


 リラの「幸せ」という声を言葉を噛みしめる。

 じんわりと、だけど急速に俺の中に浸透してくる。


「うん…うん、俺も幸せ」


 幸福感で満たされる。


 俺がこんなに幸福に感じている事が少しでもリラに伝われば良いと思って、リラをぎゅっと力強く抱きしめた。


「ゥグフッッ」

「あっ!?ごめん!大丈夫か!?」


 勢いよく強く抱きしめ過ぎたせいで、リラの体の中の空気を強制的に排出させてしまったようだ。

 力加減を間違えたら華奢なリラなど簡単に骨まで粉砕してしまいかねないんだった。


 抱きしめるのにも加減しなければと反省する俺を尻目に、リラは「あはは!凄い!ぎゅってしたら勝手に空気が抜けていくんだ!凄い!あはは!もう一回してみて!」と楽しそうにしていた。

 シーツを体に巻きつけて足をパタパタさせて喜ぶ姿は可愛い。


 無邪気で可愛いなぁ、もぉ!


 ギュッ


「グフッ!ふっ、あはははは!すごーい!もういっかい!もういっかいして?」


 縁談の打診でさえ断られ続けた俺が、こんなに幸福な朝を迎えることができるなんて、少し前の俺では想像できなかった。




 ―― 完 ――


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