第9話 一安心
陛下とリラはダンス中ずっと何かを話していた。
陛下はずっと楽しそうに話しているようだが、リラは陛下に対して人見知りしないのだろうか?リラは俯き加減になっているから表情が見えない。
陛下になら安心して任せられると思ったのに、一体ふたりで何を話しているのかと思うと、チリチリと胸の中央が痛んだ気がする。
リラと陛下のダンスが終わるや否や、待ってましたとばかりに貴族令息がリラを取り囲み、あっという間にリラが見えなくなる。
長身な陛下の頭は見えるので、あそこにリラがいる筈だと辛うじて分かるくらいだった。
頭のどこかで「これは凄い。子ウサギ一匹に集団で群がる狼の様だな」と考えてしまう。
それに、もしもいつもこのような状態になるのなら、俺が過去に何故かリラの顔を見た覚えがなかったことに合点がいく。
華奢なリラがこれだけの男性に囲まれて、更にリラが俯き加減になっていたとしたら、護衛の時に一段高い場所から会場を見ていても顔が見えない。恐らく『誰か知らないがあの塊は凄いな』とでも思っていたのだろう。
ザワッとどよめきが起こった音で我にかえり、そんなこと考えている場合ではなかったと、一歩前に踏み出すと輪の中心からザっと人が割れた。
陛下が見るからに上機嫌でエスコートしながら、リラを俺の元まで連れて来てくれたのだ。
流石にダンスを終えても陛下が離さない令嬢を一貴族が無理矢理横取りすることはできない。
狼の群れから姫を守るようにエスコートしている陛下と王子様に守られているリラが目の前までやって来た。絵になる二人を間近に見て、再びチリチリと胸が痛む気がしたが、陛下のおかげでリラは無事に俺の元に戻ってきた。
陛下はそんな事はしないと思うが、囲まれた時に『踊っておいで』とリラを手放されでもしたらと思うと……無事に戻って来てくれたことにほっとする。
陛下がリラを離さないからか、ダンスのチャンスを潰されたからか、何故かこちらを睨んでくる令息もいる。
理由は分からないが俺を睨むとはなかなかに気の強い奴だ。
まだ若そうだし、騎士団にスカウトしたら入ってくれないだろうか。目が合えば逸らす程度の小心者だから無理か。
リラは俺の顔を認めてあからさまにほっとした顔をした。
そのことがとても嬉しく、心に染みる。チリチリと焼け焦げるように感じていた胸の痛みが一瞬で消えた気がした。
「みんなにちゃんとリラ嬢はヴァレリオのものだって宣言しておいたよ」
陛下がリラを俺のところまで送り届けてくれたと思ったら、ニヤニヤしながらそんなことを言う。
「それは………お手数をお掛け致しました」
「みんなの反応が面白かったから良いよ」
(でしょうね。皆のその顔が見たくてわざと周りにいったのがバレバレだけど。おかげで陛下も公認だと周知されることとなったのはありがたい。もしかしてそれでさっき睨まれたのか?)
リラが顔を赤くしながら俺の側に来て、腕に手を添えてきた。
何でそんなに顔が赤いのだろう?と気になったが、きゅっと服を摘む指先も、半歩後ろに下がって俺の後ろに隠れるようにして寄り添う仕草も、可愛い。
縋るように俺の腕に巻きついてリラが腕におでこをくっつけてくるのが可愛すぎて参る。
リラの顔が赤いことが気になっていたのも忘れてしまう程の可愛い仕草だ。
「幸せそうな顔しちゃって。いいなー」
「……陛下といえども絶対に譲りませんよ」
「違う違う。そんな可愛いらしく頼ってくれる嫁なら俺もそろそろ結婚しても良いかと思っただけ」
「それは、アントニオが張り切りそうですね」
「あいつに知られたら、間違いなく明日には釣書を持って来る。既に厳選に厳選を重ねた候補が絞られてて、きっと『この三人の中からお選びください』とか言われるんだ。怖い」
「迂闊な事は言えませんね」
「うん。選択肢があればいい方だよ。やっぱりまだ結婚したくない」
その後はずっとリラから離れずにいたら、アントニオとマルコがそれぞれの夫人を伴ってやってきた。
「先ほどはどうも。こちらは妻のマーガレット」
「やあ。初めまして!陛下の近侍をしているマルコ・ゼレールです。それと僕の妻のアリッサだよ。アリッサとも仲良くしてくれると嬉しいな」
「初めまして。リラ・サランジェでございます」
マーガレットとアリッサがリラを囲むように一歩前に出る。
「わたくし、リラ様とお話がしたいと思っておりましたの」
「私もです。夫同士が幼馴染なんですもの、私たちも仲良くしましょうね!」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
先程のミュラー伯爵が来た時の態度を見て人見知りは大丈夫かと心配したが、両夫人と笑顔で話をしている様子を見ると問題なさそうだ。
同性の場合はそれほど人見知りしないのだろうか?
マーガレットは心根の優しい娘だが、公爵令嬢だったから凛とした隙のない佇まいが身についてるし、きつめの顔をしているから、初対面では誤解されやすいという密かな悩みを持っている。
その誤解されやすい事を本人は結構気にしている。
程度は全然違うけど俺と同じ悩みだからマーガレットの悩みはよく理解できる。俺とマーガレットとは幼馴染だから、昔は外見で誤解される事をよく二人で話をした。
でも、リラはすんなりと受け入れているようだ。本当に人を見る目があるのかもしれない。
そんなことを考えて感心していると、スススー…と静かにマルコが隣に移動してきて声を潜めて話しかけてきた。
「(なぁ。ほんとに美人だな!)」
「は?」
「(俺、初めてこんなに近くで見たけど他の女と次元が全然違うな!)」
「(おい。アリッサに聞かれたら怒られるぞ)」
二人でそっと女性陣に視線を送ってみると、すでに聞こえていたようでアリッサにもマーガレットにもジトっと睨め付けられていた。
「ア、アリッサ!これはその、そういうことじゃなくて!ね?違うんだって分かるよね?」
「こんなに綺麗なリラ様を前にしたら同性の私でも見惚れてしまいますから?貴方様のお気持ちもわかりますけど?」
「でしょ!?分かるよね!?あ、貴方様なんて他人行儀に呼ばないでさ、いつも通りに呼んでよ。ね?」
「それとこれとは別です!」
「あぁっ、ごめん!アリッサ!」
アントニオがマルコを冷めた目で見る中、マーガレットとリラはクスクスと楽しそうに笑っていた。
意外と仲良くなれそうな雰囲気なので安心した。二人がリラの友達になってくれたら心強い。
良かったと女性陣三人の様子を見ているとアントニオに「ヴァレリオはそんな優しげな表情もできるんだな。怖さが半減……とまでは行かないが」と感心したように言われた。
確かにリラのことを思うと優しくなれる気がするし、勝手に表情筋が緩んでしまって意識しないと引き締められない。
勝手にやに下がった顔になってしまい、副官から『どうしました!?』と心配されたから、最近では仕事中は努めてリラのことを考えないようにしているくらいだ。
その後、新しいドレス三着購入――靴やアクセサリーの付属品含む――の約束で機嫌を直したアリッサと、完全にアリッサの尻に敷かれているマルコ夫婦を中心に話の花が咲き、楽しい時間を過ごせた。
人見知りを心配していたリラもマーガレットとアリッサは全く問題なかったようで、後日お茶会をしようと約束までしたらしい。
ちなみに、後になって『遠くから羨ましそうに陛下がこちらを見ていた』とアントニオが言っていたが、それには気が付かなかった。気付いていたのに無視するアントニオよ……。
この夜会をきっかけに俺とリラの婚約と間もなくの結婚が社交界に一斉に広まった。
陛下が発言された事でリラに求婚してくる者はいなくなるだろうと思うと一安心だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます