第7話 王族主催の夜会
「リラ嬢とはどう?順調?」
「はい。順調に侍女やメイドの採用もできました」
「そういう事を聞いてるんじゃないんだけど。まぁいいや。二週間後の王族主催の夜会だけど、今年はヴァレリオは警備から外れていいよ」
今日は俺が陛下の護衛担当の日だ。
普通の日に総騎士団長が自ら護衛につくことは普通はないが、陛下の希望で時々こうして俺も護衛についている。
陛下曰く『真面目でお上品な近衛騎士たちばかりだと面白くないし息が詰まる~』とのことらしい。
俺だって真面目に護衛しているのだが。お上品さは…ないかもしれないけど。
俺が護衛の日は、決まって陛下に何かしら話しかけられる。
執務室では、大体幼馴染の四人がいるので、皆で話しながらになるのが常だ。
アントニオとマルコも俺が警備担当の日は気楽な気持ちになるらしい。
しかし、城で開催される夜会の警護となると話は別。
俺が近衛騎士に任命され、王太子殿下付きの小隊長をしているときから、王宮主催の夜会では護衛として今の陛下の近くに立っていた。
夜会の時に国王陛下を守るのは総騎士団長の役目だ。これを他の奴に譲るわけにはいかない。
「リラ嬢をエスコートしなくて良いの?」
「それは。仕事ですので」
「ふぅん?いいんだ?リラ嬢が貴族令息たちに囲まれても、いいんだ?」
「えっ」
今し方、心の中で陛下の護衛役は俺しかいないと決意を改めた瞬間なのに、リラのことを持ち出されると揺さぶられる。
俺の動揺に付け込むように、それまで書類の仕分けをしていたマルコとアントニオも話に加わってきた。
「ヴァレリオ、忘れたのか?彼女が社交界の幻の花って呼ばれていることを」
「いや覚えているけど………」
「貴族の令息令嬢が婚約したら普通ならどこからともなく漏れ広まるものだけど、ヴァレリオもリラ嬢の家も社交を盛んに行ってないから、今のところ二人が婚約したって話は知られていない。噂にもなってないよ。ヴァレリオが婚約もしていないのに公爵夫人付きの侍女を募集してるらしいって話は誰かが言ってたから、少数だけど『凶悪騎士団長がついに婚約か!?相手は!?』って噂してる人はいるけどね」
「そうなのか……」
「そう。だから年に一度のチャンスにリラ嬢にどうにかしてお近づきになりたいって令息達はたくさんいるだろうな。そんな中にリラ嬢を一人で参加させるなんて、ヴァレリオは余裕だな」
「そういう訳では……。それに一人ではなく、例年通りサランジェ伯爵夫妻と一緒に行くと言っていたが」
「うん!だから、今年はヴァレリオは護衛を休んでリラ嬢をエスコートすること!これは王命だからな。わかった?」
王命なんて大げさに言われてしまったが、陛下の気遣いはありがたく受けよう。
うん。王命なら仕方ない。
そうと決まれば、まずはどうしたらいいんだ?
「分かりました。ありがたく、リラと参加させてもらいます」
「お?おやおや〜?リラって呼び捨てしてるんだ~。なんだなんだ、結構仲良くやってるんだな。ヴァレリオは何で呼ばれてるんだ?ん?」
陛下がニヤニヤしながら聞いてくる。
「くっ。揶揄わないでくれ」
「照れた顔も怖いな……ところでヴァレリオ。リラ嬢をエスコートするのに、ダンスはできるのか?」
「―――できる…………自信がない」
「そうか。では俺から講師に依頼しておこう。これから夜会までみっちりレッスンするんだな」
ニヤニヤしながら言うな、アントニオよ。
絶対楽しんでいるだろう。
◇
「まぁなんとか合格ってところね!頑張ってちょうだい!あの凶悪騎士団長のクローデル公爵が優雅にダンスを踊るなんて、話題になる事間違いないわ!私の評判にもかかわるんだから!」
「今日までありがとうございました………」
アントニオが依頼してくれた講師は女性パートも踊れる小柄な中年男性で、小柄で中性的な見た目とは裏腹にスパルタだった。
貴族の端くれとして子供の頃にダンスは習っていたが、夜会には警備で参加する方が多く、女性と実際に踊った事は殆どなくて、講師に酷いと嘆かれた。
それでも夜会当日の午前中までレッスンをした甲斐があり、二週間で何とか様になるところまではできるようになった。
これで今夜の夜会での一番の憂いは何とかなりそうだ。
◇
「ふぅ……」
公爵家の馬車でサランジェ伯爵家にリラを迎えに行く俺は感慨深く思っていた。
まさか公爵家の馬車で夜会用の騎士服を着て、エスコートの為に女性を迎えに行く日がくるとは……。
こんな緊張感は味わった事がない。婚約を申し込む時は緊張するかと見えぬ未来を想像した事もあったが、実際は流されて婚約が決まったし。
男女関係の緊張感はこれが初めてかもしれない。
「ヴァレリオ!迎えに来てくれてありがとう!わぁ、夜会用の騎士服、似合ってるね!凛々しくて素敵だよ」
今日もリラは可愛い。
見た目の印象は楚々として儚げな美しい女性なのに、口を開くと無邪気で結構元気いっぱいだ。俺と話している時には病弱の噂も嘘だと分かる。
そのギャップもまたいい。愛おしさが爆発する。
今回はドレスの発注が間に合わなかったが、今度は俺の色のドレスを身につけて欲しい……。
今度は俺の色を纏ってくれと言ったらリラはどんな反応をするだろうか。嫌がられる事は無いと思うが、独占欲の強い男は嫌がられるだろうか。
「リラもそのドレス、似合っている」
「ほんと?嬉しい。ありがとう」
「―――今度……」
「ん?」
「いや、何でもない」
「そう?ねぇ、次から夜会に一緒に行ける時はヴァレリオの色を入れたドレスを着てもいい?」
「えっ、う、うん。勿論」
「良かったぁ。実はもう一着発注しちゃってるの。一緒に行けるってもう少し早く分かっていれば、今日に間に合うようにして貰えたんだけど残念」
今度一緒に夜会に行ける時は、絶対にもっと早く伝えようと決意した。夫婦になれば、いくらでもその機会があるだろう。むしろ普段着からそうして欲しい位だ。
二人で馬車に乗り込み、王城へ向かう車内でも暫くは楽しく話をしていたが、王城が近づくにつれてリラの表情が陰っていく。
「リラ?もしかして馬車酔いした?」
「ううん。酔った訳じゃないから大丈夫」
「でも。どこか具合が悪いとか?」
「違うの。その、王城が近づいてきたから。夜会が始まると思うと、緊張というか……」
(あぁ。そういえば、人見知りで社交が苦手と言っていたな。元気がなくなるほどに嫌なのか。俺が緊張している場合じゃないな)
「リラ。大丈夫だ。俺が付いているから」
「ヴァレリオ」
「なんてったって、俺の側には人が近寄ってこないからね。だから俺の側にいれば大丈夫だ」
「やだっふふふっ。ありがとう」
「事実だしね」
「もぉ。どうしてみんな見る目がないんだろう。でも、今となっては見る目がない人たちばかりで私には良かった」
「え?」
「だって、ヴァレリオの魅力は私が知っていればそれで充分。ヴァレリオが他の誰かに先に見つけられていなくて本当に良かった。だから、私よりも先に出会ってきた女性達が、見る目がない人達ばかりで良かった」
ふふふっと笑いながら見上げてくるのは反則だと思う。
夜会に行くのをやめてリラを連れて屋敷に帰りたくなった。今なら三日位ふたりで部屋に閉じこもっていられそうだ。結婚前だしどっちにしても無理だけど。
馬車を降りると、その途端に車内で陰り始めていたリラの表情がまた変わった。
気持ち俯き加減で伏し目がちにして、口元は軽く口角を上げて微笑を模っている。
触れると簡単に壊れてしまいそうで近寄り難い程に儚げでとても美しいが、それが作られた顔であることがすぐに分かった。
思えば、リラは貴族令嬢にしては無邪気で感情が表に出やすい娘だ。
あはは!と声を出して歯を見せて笑うこともあるし、怒って頬を膨らませる事もある。
拗ねて唇を尖らせた表情も愛らしく、わざと拗ねさせてしまった事もある。
今の微笑も美しいとは思うが、作られていないいつもの笑顔の方が、くるくると変わる表情の方が、よほど魅力的だと思った。
その作られていない笑顔や色々な表情を自分には見せてくれるという優越感が、こんなに男として自信を与えてくれるのだとは知らなかった。
今のリラは明らかに作りこまれた淑女の仮面をかぶっている。
人見知りなリラができる精一杯の防御が、この伏し目がちな微笑なのだろう。
ますますリラを守っていくのは俺なのだと決意を新たにした。
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