第6話 採用面接


 市井向けに侍女を募集したが予想通り一般の応募は少なく、三件だった。


 貴族の家で侍女やメイドの経験のある即戦力になる人が理想だが、応募のあった三件は全員貴族屋敷での侍女やメイドの経験がない平民。

 凶悪騎士団長と呼ばれる主がいることを知らずに応募してきたと思われる。

 使用人の身分は採用に関係ないが、面接しても恐らく採用にはならないだろう。


 怖がられるだろうし、それに貴族の元で働いた事がない平民だと、どうしても教育に時間が掛かってしまう。リラとの結婚のための採用だから、今は時間がかけられない。


 今我が家で働いている使用人はほとんど平民だが皆元騎士。

 国王に忠誠を誓って働いていたため、粗野に見えても貴族や主に対する最低限の礼儀作法は教育されている。使用人としてよりは騎士としての心得に近いが、それでも地がないより良い。


 そのため一般の侍女経験のある者からの採用は半ば諦めて、騎士団の伝手を使い、元女性騎士たちに侍女の募集があることを広めてもらった。主婦ならば侍女やメイドの仕事に馴染みやすそうだし、強面にも耐性があるはず。


 すると、意外な事に二十二名もの応募が来た。


 過去クローデル公爵家の侍女の募集にこれほどまで希望者が来たことがあっただろうか。公爵夫人のお世話が主な仕事としたから応募しやすかったのかもしれない。


 当初はリラの専属侍女だけでも採用したいと思っていたが、この応募数なら専属侍女以外にメイドも採用できるかもしれない。

 俺は仕事柄家を留守がちにしてしまうので、リラの護衛も考えなければと思っていたからちょうど良い。


 総騎士団長が家主で使用人も元騎士ばかりの家に忍び込む輩はそうそういないと思うが、何があるか分からない。

 もしも俺がいない時に何かが起こったら、女主人が一人で寝ている寝室に男性使用人では入りにくい事もあるだろう。

 元女性騎士なら侍女兼護衛として採用できる。



「こんにちは」

「いらっしゃい」


 今日は彼女の言動を見逃さないようにと思っていた。

 リラが馬車から降りるとフィリオが視界に入る場所に立っていたが、リラの視線は俺からずれることがなかった。

 そのことにひとまず安堵する。


 リラが少し硬い表情で挨拶してきたが、歓迎の意を示すとほっとしたようににっこり笑った。


 前回フィリオが気にするくらい俺は態度に出ていたらしいから、もしかしたらリラを不安にさせてしまっていたのかもしれない。そうだとしたら、なんて申し訳ない事をしてしまったんだ。


 もしかして俺の態度でリラが心を痛めていたかと思うと、とても申し訳ない気持ちになった。俺は彼女を守るべき立場なのに。


 今日も使用人は勢揃いでリラの訪問を歓迎していた。

 出迎えた使用人たちをさっと端から端まで見た後、俺に笑顔を向けた。

 その際もフィリオに視線が止まることもなかったように思う。こうしてみると、前回のは何だったのかと言うくらいにフィリオを気にしている様子がない。

 こんな些細なことで気持ちが軽くなるとは……我ながら単純だ。


「クローデル公爵家は良い使用人ばかりだね!」

「分かる?そうなんだ。皆元騎士だから見た目は厳つめだけど、皆良い人だから安心して」

「うん、そうだね」


 にっこりと嬉しそうに返事をするリラが可愛すぎる。

 やっぱり前回の俺の態度で不安にさせていたのだろう。

 こんな事で気持ちを振り回されることになるとは思ってもみなかったが、今後は気をつけなければ。


 サロンで二人でお茶を飲んだ後、侍女やハウスメイドの採用面接が始まった。

 総勢二十五人の面接なので、サクサク終わらせなければいけない。



 自分から面接に参加したいと言ったわりに、リラは俺の横に座って話を聞いているだけで特に応募者に質問をすることもなかった。

 けど、一人一人の面接が終わるごとに「今の人はちょっと、ごめんなさい」とか「あの人は採用したい」と意見を出していた。


「聞きたいこととかあればリラからも何か質問して良いんだよ」

「ううん。私は視てるだけで大丈夫。ヴァレリオとの質疑応答の様子でなんとなく分かるから」

「そう?人を見る目に自信あり?」

「うん。私の目に狂いはない!なんてね」

「ははは!そうか、じゃあ信じよう」


 リラの儚げな印象とは裏腹に、ニヒッと笑っていたずらっぽく言うので、つい声を出して笑ってしまった。


 前回あんなに落ち込んだのが嘘のように、今日は楽しい。

 だから気が緩んでいた。


 リラが一瞬びっくりしたように目を見開いたので、しまったと思った。

 俺は笑うと『悪の親玉が最恐の悪だくみを思いついたようで余計怖い』と、昔アントニオから言われたことがあったのだ。女性の前ではあまり笑わないようにしてたのに。


 怖がられたかと思ったが、リラはすぐにふわりと笑った。


「かわい…」

「え?なんか言った?聞こえなかった」

「ううん!何でもないよ」

「そう?こんなに連続で疲れてない?大丈夫?」

「ありがとう。大丈夫だよ」


 リラの優しい笑顔に心臓が射抜かれた気がした。

 ぎゅっと心臓が収縮したような、胸の辺りの何かがヒュンと落下したような、今まで感じた事のない体の変化があったように思う。


 その後、リラはしばらく、ふふ、ふふふと嬉しそうに笑っていた。


 ◇


「ひっ!ひぃぃ」

「はっはい。あの、その、っごめんなさい!」

「………………」ガクガクブルブル



 一般応募の平民の女性の面接は、悲しい程完璧に予想通りだった。

 元女性騎士でさえ、俺を見て顔が引きつっている人もいたので無理はないだろう。

 予想していたこととはいえ、他の女性から俺がどう見られているのか、リラに見られたくなかった。今ばかりは予想が外れて欲しかったと思う。


 リラが気遣わし気にこちらを見てくるのが、余計に居た堪れない気持ちになる。


「いつも通りだから、これ。俺は慣れてるし気にしないで……はは……ははは」

「皆見た目に惑わされすぎ!話してみればすぐにヴァレリオは優しい人だってわかるはずなのに!ヴァレリオもこんなことには慣れないで!」

「……ありがとう」


 リラが眉を寄せて頬を膨らませ、口も尖らせて本気で怒っているのが分かる。


(俺を思ってこんなに怒ってくれてるんだよな)


 何と表現していいのか分からない感情が湧き上がる。この気持ちに言葉を当てはめるとしたら感動、感激だろうか。喜びや驚き、悲しくもないのに込み上げてくるものもある。


 そして、リラが怒ってくれるから、怖がられてもいつもより落ち込まずに済んだ。 


 俺とリラで選び、元女性騎士八名が選ばれた。


 二人とも好印象を持った三人と、リラが「私と相性が良さそう」と言っていた二名と、俺的に良さそうだと選んだ三名だ。


 侍女もメイドも護衛もリラの側で働くことになるのだから、リラとの相性は重要だ。

 ただ、今回の応募してきている元女性騎士は、結婚や出産で引退して何年も経っている。リラと同世代はほとんどいなく三十代や四十代が中心だった。


 俺が選んだのは、今は低位貴族の妻や未亡人となっていた三人でいずれもリラに年齢が近い。騎士団を辞めてそれ程時間が経っていないから護衛としての能力にも期待できるはずだ。


 それに、リラは家にいる時間が長くなるし、主従関係とはいえ年齢が近い使用人がいると話し相手にもなって良いだろうと思ったのだが、俺が選んだうち二人に対してリラはあまりいい顔をしていなかった。

 俺が選んだ人だからかはっきり「嫌だ」とは言わなかったが、駄目だと思った理由を聞いても曖昧で。


 今回選ばれた八名は念のため身辺調査が行われた。

 元女性騎士なので騎士になるときには身辺調査が行われているが、辞めてから時間が経っている者もいるので念のためだ。


 すると、リラやリラと俺で選んだ計五名の女性は全員全く問題がなかった。

 しかし俺だけが良いと思い、リラが特に難色を示した二人の女性は公爵家の使用人にはあまり適していない事柄が判明した。


 一人は現在低位貴族の妻だが、六年前のクーデターで取り潰しになった家の親戚であることがわかった。六年前に退団しているのもそのせいだった。気にしすぎて損はないだろう。

 もう一人は現在未亡人になっているが、平民の男に入れあげて借金があった。素行に問題がありそうなので採用は見送る。


 俺が選んだ残りの一人は唯一問題が見つからなかった。

 強いて言えば家庭がうまくいっていない事。離婚秒読みで、職を得られ次第家を出たい状況という位。家庭のある使用人は自分で家を借りているが、家庭のない者は住み込みも可能だ。離婚して家を出たいなら敷地内に使用人棟があるからそこに住めばいいだろう。


 調査結果を見ると、リラが言っていた「私の目に狂いはない」という言葉はあながち冗談ではなかったのかもしれないと思った。

 その場を和ませるために言った言葉だろうが、結果を見ると真実味を帯びる。


 純粋な性格をしているし、前回の俺の変化にもすぐ気づいた様子だったと言うし、敏感で繊細なところがあるのだろう。


 当初の予定では、リラの専属侍女を最低一人。できれば合計三名は採用したいと思っていたが、倍の合計六人の女性使用人を採用することができた。


 一気に増やしすぎたきらいもあるが、家庭がある者ばかりだから自宅からの通いだし、これだけの人数がいれば交代で夜勤も可能になる。

 そうなれば、リラが一人の夜でも警備面は安心だ。


 誰を護衛兼専属侍女にして誰をメイドにするかは、結婚してリラがこの家に住みだすまでの働きぶりをみて決めることになった。



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