第3話 妙な依頼


 今回の調査依頼は、保来の師となる田坂を介して回って来た。保来はこの師匠の田坂に探偵のイロハを学んだ。

 寄る年波に体が思うように動かなくなった田坂は、後進の道を保来に譲ったのである。

 人柄に依るものなのか、田坂には引退しても仕事の依頼が時々来ていた。その全てを保来が引き継いだ。今回もその様な経緯を経て来たものである。


 柿崎は保来が苦労して集めた情報の報告書には目を通さず、直接彼の話に耳を傾けていた。

「何しろ皆さん、口が堅いのには往生しました」

「ご苦労さん。それでー?」

「はい。貴子は養子縁組をして桜谷家に入ったそうです。聞く所に依りますと、彼女は戦時中にひょっこり現われまして、桜谷邸の門前で行き倒れとなっていたそうです。それを家主の桜谷貴代が哀れみ、家の中に入れて介抱したそうです。

それがきっかけとなり、彼女が居座ったと云う事です。最も、二人の仲はかなり良かったそうで、だから貴代も、貴子を娘として迎え入れたのでしょう」


「やっぱり血の繋がりは無かったんだな」 「はい、そう云う事に成りますね。しかし、血の繋がりは無くても、財産の繋がりはしっかり有りました。貴代の財産をそっくり受け継いだそうです。

貴代には夫も子供も居なかったそうです。二人とも戦死したと言ってました。その他の縁者については、どうなっているのか誰も知らないそうです」

 保来はメモを取り出して話を続ける。


「貴子は相当ツキがありましたね。戦争で混乱していた時に、まんまと財産を独り占めしたんですからね。それは兎も角として、彼女はかなりの遣り手だったみたいで、不動産の土地を切り売りしてアパートを建てたんですよ。そのアパートというのは、当時は二軒長屋の貸家が主流だったのに、二階建ての近代的なアパートを建てた。それが大当たりしたんです。 それに気を良くしたのか、更にアパートを増やしたんです。それで今では、その余る程の収入で悠々自適の暮らしぶりです」


「そうか。それで年齢の方は分かったのかね?」  保来は報告書の中から一枚の用紙を取り出すと

「近所の人達には正確な年齢を知る人はいませんでした。この戸籍によると、今年で四五歳に成りますね。まあ、これがどれ程の信憑性を持っているか疑問ですが。何しろ、戦争を挟んでいますから」


 柿崎は年齢を聞いて、素早く頭の中で計算をした。そして、独り言のように呟いた。

「計算上は一年違うが、その位なら虚偽の申告しても分からないな」

「えっ? 何の事ですか?」

「いいんだ、それは。所で、火傷の方はどうなった? 何か分かったか」

「貴子と云う女性は、ガードが滅茶苦茶堅いんです。誰一人、見た人はいませんでしたよ」

「やはり駄目だったか…。 やあ、ご苦労さん。お陰で大方の事は分かったよ。ところでだが、ついでにもうひと苦労して欲しいんだがな」


 柿崎は申し訳なさそうな表情を見せ、更に言葉をつないだ。

「ちょっと言い憎い事だが、貴子に火傷の痕が有るかどうか、あんた自身の目で確かめて来て貰いたいんだ」

「えっ、若しかして、私に覗きをやれと言うんですか?」

 保来は驚いた表情で聞き返した。

「そう云う事だ。唯、此は犯罪行為だし、見つかりでもしたら大事(おおごと)になる。その辺も踏まえて、敢えてお願いしたいのだが?」


 仕事で覗きをして欲しいなんて依頼は普通は無い。調査員がやむを得ず覗きや不法侵入する。それはあり得るが、覗きをしろとの依頼は普通して来ない。


 保来は迷った。大きな屋敷だけに外から見つかる危険は少ない。が、火傷痕がある所為なのか貴子は用心深い。外部からの侵入者に対し、どんな仕掛けをしているか分かったものではない。


「いやー、難儀な依頼ですね。もし、見つかったらどう言い訳して良いのやらー。それに、どうやって忍び込むのか、どの辺りに何が有るのか分かりませんからね」

「ああ、その辺の事なら調べてある。屋敷の見取り図を出来るだけ細かく書いてあげるから宜しく頼むよ。見つかった時は、単なる出歯亀(でばかめ)で通して欲しい。その方が返って簡単に済むから」

簡単に済むと言われても、不本意にあれこれ突っ込まれて厭な思いをするのは保来自身である。


 保来は暫し考えた。柿崎は保来の返事を待つことなく、用意して来た図面を広げ始めた。何の事はない。屋敷の見取り図は既に出来上がっていたのである。


 図には、ポイントとなる所が実に細かく書き記されていた。柿崎がこうなる事を予測して、庭師という立場を利用し、詳細に調べ上げていたのだろう。    

 見取り図を指差し、事細かに説明をする柿崎の言葉に、保来の不安が次第に薄らいで行く。

 それに加え、自分の嗜好から行うものでなく、あくまでも仕事の依頼で、嫌々乍らの覗きである。罪の意識も軽くなる。

 更に、実は皆が口を揃えて言う「美しい」という貴子の裸を見てみたい気持ちもあった。保来は一応、表面上は渋々承諾した様に見せた。が、内心は興味へと変わっていた。


次回の「旋律の光景」につづく

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