第五章 譲れないもののために

夕日に染まった神殿の屋上のテラスは、

強風の吹きっさらしとなっていた。


「本当に、いいのか?」


戸惑う室長に、私はウインクする。


「作戦があるの。だから、私に任せて。

 教会が動くと色々と大事になるでしょ?」


少し驚いて、それでも室長は笑顔を見せる。


「今のお前なら、任せられる。」


うん。これでいい。

これが私たち、だ。


「でも、夜が明けても状況が代わってなかったら、

 その時はお願いしますね?」

「ああ、その時は大僧正の決定通りにするからな。」


大僧正の決定とは。

帝都を包囲し、まずは革命軍を説得。

応じない場合は、仕方なしの武力介入。


いまいちだけど、これでも大僧正も頑張ってくれたところだろう。


それに、それを実行することはない、はず。


「ミカ!」

「はいな!」


岩飛びドラゴンのミカは私の友達の一人だ。


身体より大きな飛膜の翼を持ち、尾はほぼない位に短く、

身体もほぼ二頭身。

口は細くとがっていて、魚を捕るのに適している。

翼は前足の変化したもので、先に指がある。

基本短い二本足で飛ぶように移動することと、

岩場で生活することが多いため、

この名前がつけられている。


身体は硬くて短い羽毛に覆われているが、

頭部にはあまり毛がない。


動物扱いだったが、近年はある理由で、

人扱いに昇格させようという動きがある。


私は革の鞄を自分の背中にタスキで固定し、

ミカは赤ちゃんの抱っこ紐のようなもので、

私を鞄ごと背中に固定する。


この抱っこ紐みたいなものは、

ふだんは魚を運ぶ籠を背負うために使われている。


彼らは渓流で魚を捕まえて、

風ドラゴンの里で売ることで、生計を立てている。

これがめちゃくちゃ評判がいい。

そう、そのことが、彼らを人として認めるべき、という、

世論を生み出している。


「よし、行くよ!」

「お願い!」


ミカはテラスの端を蹴って、空に身を投げる。

翼を大きく広げ、風を掴む。


「成功と無事を祈ってるからな!!」


背後で室長の声が聞こえた。

かろうじて、それを聞く余裕はあった。


思った以上に酷い。

いや、連れて行ってもらうのだから、文句は言えない。


私は頼りない抱っこ紐で固定されているだけだ。


強風を切り裂きながら。

時にはその流れに乗りながら。


羽ばたきと滑空を繰り返し。


ただただ、ひたすらに早く目的地に着くことを祈りながら。

私は紐にしがみついていた。


海の向こうのサイサリア地方までは

普通に行ったら時間がかかりすぎる。

船だって、手配しないといけない。


そこから帝都までも距離がある。


ミカの飛行なら、夜には帝都につけるだろう。


・・私の意識、持つかな。


ちょっと、そんな不安が頭をよぎった。


・・


暴力的なフライトに耐えること、暫し。


「エア!帝都よ!」


ミカの声に目を開けると・・


風に乗って滑空している状況は比較的安定していて、

状況を把握できた。


帝都の上空付近まで来ている。


この高さでも、微かに喧噪の音が聞こえてくる。


始まっている!


「向こうの遺跡の端に降りて!」

「分かった!」


ミカ、急降下。

意識を見事失う私。


・・


「エア!エア!」


ミカに揺すり起こされる。

よかった・・私、生きてる。


「起きたなら、行くぞ。乗れ!」


鞄からミカが出してくれたのだろう。

タナトスも元の大きさに戻っている。


彼も、焦っている。

聖堂の人たちや、ルドルフのことを案じているんだろう。


ミカと私は、タナトスの背に乗り、

タナトスは走り出す。


多少のがれきも彼なら平気だ。

足場の悪いところは、土ドラゴンの得意とするところだ。


「どこかに地下への入り口があるはずよ!」

「魔力の匂いを頼りに探せるはずだ!」


タナトスはこれでも司祭だ。

本人も意気込んでいる。


そう、帝都の地下に広がる建造物へ、

町の外から侵入できるはず。


最上部の一部が牢獄として使われている以外、

全く手をつけられていない、

どのくらい経っているか分からない建造物。


「だが、かなりしっかりしているようだから、

 問題無いだろう。」


それは、タナトスの見解。


後は、鬼が出るか蛇が出るか。

とにかく、行くしかない!


足場の悪いところも、崩れているところも、

ものともせずに、タナトスは駆け抜けていく。


ただ、背に乗っている私たちに気を遣ってはくれない。

だから、自分の身を守る必要はある。


タナトスを運んできた鞄をミカと二人でバリケードにする。


後はタナトスを信じるしかない。


・・


この場所、色々と気になるけれど。

残念ながら、今はその時じゃない。


何か不気味な音?声?が聞こえるような気がするけど・・

大抵のことは、タナトスを止められないだろう。


そういえば・・


「ミカ、ごめんね。

 大変なことに巻き込んじゃって。

 先に帰ってもらっても良かったのに。」


勢いで、そのまま、一緒に連れてきてしまった。


「水くさいよ。私にできることはないかもしれないけどさ。

 それに私だって、ルドルフ様が心配だし・・」


あ、そっか。


趣味人の第一王子の命で、

風ドラゴンの里まで魚を買いに来たことがあったっけ。


ミカはすっかりルドルフにのぼせ上がって、

わざわざ、帝都まで新鮮な魚を届けたんだった。


うん、会わせてあげられたらいいな。

ここまで飛ぶのは大変だったはず。

そのお礼をしないと。


やがて、見覚えのある場所に出た。

審判の間だ。


ここまでくれば、女神様まで後一息。


「ここからは歩くわ。」


タナトスの肩を叩いて、止まってもらう。

ミカとその背から降り、三人で並んで歩く。


途中、看守の詰め所に寄り、鍵を借用する。

誰もいないけど。


みな、逃げたか、応援に行ったのだろう。


・・


「久しぶりね、ミラナ様!」


ミラナは私が来るとは思わなかったのだろう。

さすがに驚いているようだ。


「邪神の牙か。何のようだ?

 こんなところにいて、いいのか?」

「さすがに、何が起こっているか分かっているみたいね?」

「分かっている、って言えるほどじゃねえよ。」


相変わらずの冷静さだ。


「事情を説明するから、手伝って欲しいの。」

「手伝う?邪神の牙の仕事・・って訳じゃねえな、この状況では。」


ミラナは少し考えるようにして。


「いいぜ。」


!!


「即答でいいの?まだ何も説明してないのに?」

「まあ、このままじゃ、俺たちも危険かもしれないしな。」


・・


「ありがとう。」


私は、この場所で起こっていることを説明した。

それだけで良かった筈なのに。


エアのことを話し、自分の過去を話し・・


いつの間にか、泣いていた。


ミラナはただ、静かに聞いていた。


赤の聖女・ミラナがあれだけの信仰を集めていたのは、

彼のこのカリスマと人徳があってのことだろう。


「あなたに、止めて欲しい。

 あなたなら、できるんじゃないかって・・」


私の思いつきはそうだった。

神様の元で、今までの光景を思い出している内に、

ミラナのことにたどり着いたのだった。


「大仕事だな。」


ミラナは、貫禄の笑みを見せる。


「だが、こちらも要求したいものがあるんだが?

 当然、取引はできるよな?」

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