第四章 白昼夢

歳は取っているけど、あまり変わらない。


間違えない。


間違えるはずがない。


エア・・だ・・


昔と同じ鎧を纏い、剣を掲げ・・


・・


・・でも・・


「セレン!」


ルーウェルが私を強く抱きしめる。


「エアのところに行こう!」


それは・・確かに、この人の力なら。

私たち二人、すぐにあの場所に行けるだろう。


でも・・


「私たち、本当の家族になろう・・?」


気付いていた。


この人はエアのことを愛している。

私のことを、エアとの子供のように思っている。


「やっと、エアをみつけた!また会える!」


もはや、脳裏に広がる光景は関係なく、

エアとの再会に感激している。


不安による震えは、歓喜よるものに変わっている。


現実は見えていない。

すっかり、エアと一緒になるという妄想に呑まれている。


・・


私は、ルーウェルに当て身を入れた。

あっけなく、彼は気絶する。


・・


涙が止まらなかった。


「ごめんね・・でも・・でも・・」


ルーウェルの意識が途絶えたから、

もう、帝都の光景は見えない。


でも、これは現実だ!


私は、走り出した。


「大僧正!!サイサリアで革命が!!」


私が奥の間に飛び込んだ時には、

すでにほとんどの上級司祭が集まっていた。


もちろん、室長も。


白い顔をさらに白くして。

それでも私を気遣ってか、側に来る。


でも、私はそんな室長を見る余裕もなかった。

ただ、大僧正を凝視して、言葉を待った。


帝都には、サイサリア地方で一番力のある聖堂がある。

見捨てるはずがない。


帝国は教会の活動にも非常に協力的だ。

見捨てるはずがない。


見捨てるはずが・・


「どうして!!何もおっしゃらないんですか!?」


「今、検討中じゃ、しばし待て。」


ようやく絞り出された言葉はそれだった。

歯切れの悪い、蚊の鳴くような小さな声。


私は思いっきり大僧正をにらみつけて、

奥の間を飛び出した。


「落ち着くんだ、エア。」


そんな私の腕を室長がつかんで引き留める。


「大僧正は、ペンダントを通じて、状況を把握されている。」


!!


私は胸のペンダントを握り潰さんばかりに、

力一杯握りしめた。


「これ、覗きの機能もあるんですか!?」


「そうじゃない。そうじゃないんだ、エア。」


室長は私をなだめるように言う。

それが逆に、私の神経を逆なでした。


「何が違うのよ!?」


私は力任せに室長の手を振りほどく。


「神代の意識が乱れていたから、ペンダントの魔力と彼の力が結びついたんだ。

 たまたま、見えたんだよ。」


「たまたま!?そんな偶然、ある!?」


「だから、神の啓示なんじゃないか、って話になってる。」


「啓示・・?」


「とにかく、あれは予知だ。現在じゃない。

 そう時間はないだろうが、今起こっていることじゃない。」


あ・・


長い長いため息が出た。

全身の力が抜ける。

崩れそうになった私を、室長は受け止め、支えてくれた。


「安心しろ、っていっても無理だろうが、

 それだけ、教会も真剣に受け止めているんだ。」


「神様の啓示だから?」


私は思いっきり、室長をにらみつける。


神様、神様、って・・

真剣に現実を考えていないじゃない!


この人も所詮、

神様という便宜を振りかざして人を煙に巻く、

宗教者なんだ・・!!


「エアがいるのよ?」


そう言って、室長の顔を伺う。


セレンでなくて、正真正銘のエアなのよ?


平気でいられる?


ルーウェルみたいに取り乱したらどうなのよ!


「つらいな。」


室長は、少し困ったような顔をして。

そうとだけ言うと、私の頭を抱きしめる。


・・


涙が出た。

もう、頭の中がぐちゃぐちゃになって。


・・


「少し、頭を冷やします。」


顔を上げて、室長の顔をまっすぐに見つめる。


「神様じゃなくって、貴方自身で考えて欲しい。」

「分かった。約束する。」


室長は私を離すと、その細い指で私の目元に触れる。

涙にまみれ、泣き腫れた目元に。


・・


「それでは失礼しますね。」


逃げるように、私はその場を離れた。


・・


バルバトス卿の、ルドルフの、聖堂長の、

さまざまな知人の顔が頭をよぎる。


・・


十四年前の光景が、頭をよぎる。


・・


父の顔が、頭をよぎる。


・・


・・


気がつくと、地下に降りてきていた。


地下には、『神の力』を宿した巨大な玉石が安置された、

これまた巨大な部屋がある。


そこに向かう、長い長い回廊には、

何故か、右側だけに壁画が描かれていた。

多種多様なドラゴン族。

その姿がずらずらと描かれている。


・・


神の眷属を自称する、力あふれる種族。

神に代わって、宗教という形で世を支配する種族。


そのドラゴン族が力を持って介入すれば、

他の種族、とくに人間の反感を買うだろう。


それは、分かる。


でも。


でも!


でもっ!!


見知った人たちが傷付き、死ぬかもしれないのに!!


見慣れた町が、城が、破壊されるかもしれないのに!!


・・


私の国、リーンハイムは小さな国だった。


もちろん、そうなる理由も予兆もあったのだろう。


でも、子供の私には、そんなの分からなかった。


革命という荒波は、洗いざらい、すべてを壊していった。


エアに私を託して、逃げるように告げた、

父のその時の顔を私は忘れることができない。


走り出すエアに強引に抱きかかえられて。

私は父の名前を叫んだ。

声が嗄れるまで、いや、嗄れても、叫び続けた。


父も。

大好きだったおひげの大臣も。

いつも小言ばかりでうるさい女官長も。

みんなみんな、悲惨な死に方をしたのだろう。


エアもいなくなって。

それなりの歳になって。

私は『エア』を名乗り、神の牙になった。


そうして再会した、バルバトス卿。

すぐに私に気付いてくれて、優しい声を掛けてくれた。


バルバトス卿が時々連れてきて、一緒に遊んだ年上の男の子は、

今や体格も立派になって、近衛騎士様だ。


・・これ以上、失いたくない。


しかも、革命軍には、エアがいる。


私と同じ思いを抱えている筈のエアが、なぜ!?

なぜ、父を殺した人たちと同じことを!?


・・


「モンマルトルのお父さん・・」


壁画の中央部辺りに描かれている、小さな姿。

長めの体毛を持つ、二頭身のカエル、

そんな感じの外見を持つドラゴン族。

それがモンマルトル。


モンマルトルは、非常に大きな、発達した頭脳を持っていて、

すべての生物とテレパシーで会話できると言われている。

ただし、文化的レベルが低いと判断され、

また、地方によってはモンマルトルを食用にしている人間もいるため、

動物扱いになっている。


大きさも、子供が抱きかかえられるくらいしかない。


その姿を、私は手のひらでなぞる。


教会に来て、私を引き取って育ててくれたのが、

上級司祭の一人、モンマルトルのアルテッツァという人だった。


『お祈りってどうするの?』

『好きなようにすればよいのさ。』

『好きなように?』

『静かにしてお祈りしていると、ふっと心が静かになる。

 それが神様に伝わったってことさ。』


そんな風に、五歳の子供でも分かるように、

宗教のことを色々と教えてくれた。


エアが失踪したときも。

自分を責めていた私の側にずっといてくれて。

優しい言葉をかけてくれた。

私の話をいつまでも聞いてくれた。


私が十歳を過ぎたとき、お父さんは自分では歩くのが難しくなった。

私が抱きかかえて外に連れて行くと、お父さんはすごく喜んだ。

特に、眼下に海の見える花畑が、大好きだった。


そして、私の十五歳の誕生日に、十五歳でなくなった。


モンマルトルは三歳で成人、寿命は十歳そこそこと言われている。

周りからは大往生と言われたけれど、

死因は釣り針を誤飲したことだった。


モンマルトルは魚を主食としていて、

ほぼかまないで、飲み込む。

魚についていた釣り針が、

お父さんの小さい身体をボロボロにしたのだった。


泣きじゃくる私の手を取って、お父さんはこういった。

『悲しませてごめんね。

 でもね、生と死は・・創造と破壊は一つだから。

 セレンの誕生日に僕が死ぬのは、

 僕とセレンには特別に強い絆があるからさ。

 その絆は、これからも続いていくから。

 ずっと、セレンを見守っているからね。』


それから。


つらいこと、悲しいことがあると、

私はいつもここに来ていた。


普通はお墓に行くのだろう。


でも、私には、この壁画のモンマルトルが、

お父さんのように見えていた。


お父さんが、私を見つめてくれて、

話を聞いてくれるように思えていた。


「お父さん・・私、どうしたらいいの・・?」


お父さん・・


・・


私は壁に寄りかかるように座り込む。


お父さん・・


お父さん・・!


・・


・・


あれ・・?


泣き濡れた頬に、微かに、風を感じる。


私は顔をあげ、立ち上がる。


この壁画は、中心の方は小さな種族、

外に行くにつれ、大型の種族が描かれている。


モンマルトルは本当に中心のところだ。


でも、そのさらに中心は、

本来はそこに誰か入るような、スペースが開けてある。

おそらくは、神の存在を示しているのだろう。


でも・・


私は少しためらったけれど、

その部分に手のひらを押し当て、力を入れる。


まさか、隠し部屋・・?


・・あ!


その部分がゆっくりと動いて。

開いた。


本当に、隠し部屋があった・・


・・


恐る恐る、入ってみる。


・・


部屋の中は、綺麗に整えてある。

微かとはいえ風を感じるから、

外気も取り込まれているんだろう。


放っておかれている、というわけじゃない。

掃除もしているだろう。


なんなの・・?


それなりの立場の人の部屋のように、綺麗な調度。


窓がないのが、違和感を感じるくらい、

普通に部屋っぽい。


!!


思わず、息をのんだ。


寝台の側の小さなテーブルセット。

その椅子に座っているのは、白い長い髪の人物。


人形・・?


恐る恐る近づいてみる。


等身大の精巧な人形にも見えるし・・

そうでないようにも・・まさか、死体!?


簡単な貫頭衣のような衣装を着て、足は裸足。

肌も非常に白く、伏せたまつげまで、白い。


神代のルーウェルのことを思い出させる。


!!


『神様って本当にいるの?』

『いるさ。』


幼い時の記憶が脳裏によみがえる。

十四年前の室長の言葉が、響き渡る。


まさか!?本物!?


・・


その昔、人は邪悪な神と契約を結んだ。


神々が相争い、戦禍が世界を蝕んでいた。

このままでは、未来がない。


多くの種族が神を見限った。


そして、一人の邪神に願ったのだ。

神々を倒して戦いを終わらせて欲しいと。


邪神はそれに応えた。

条件は、自分だけを信仰すること。


神の力は、信仰する人間の捧げる信心に比例するらしい。


そうして、比類無き力を得たその邪神は、

他の神々を滅ぼした。


イリュレ・ナ・ニアレ、古き言葉で『破壊と創造』。

それがその邪神の名前だった。

そう、彼は、破壊と創造を司る神なのだ。


・・神話だ。

ただの作り話。


そう思ってきたのに・・


ニアレ神なの・・?本当に・・?


・・


テーブルの上には水を入れたグラス。


透明や透き通っている色が、ニアレ神の象徴とされている。

だから、透き通った器に透き通った液体を入れて、

それを捧げるのが普通だ。

ご神体の代わりにすることもある。


・・


心臓がバクバクする。


まさか、まさか・・!


・・


これだけ近づいても、びくとも動く様子はない。


生きてるの・・?死んでるの・・?


そっと手を伸ばし、頬に触れてみる。


人肌の感触がする。

少なくとも、人形ではなさそうだ。


非常に冷たいけれど、

体温は一応、有りそうな感じだ。


非常に小さくて弱い鼓動と、呼吸を感じる。


・・生きてる。


痩せこけた細い身体と手足。

まるで人形のように綺麗に整っているけど、非常に貧相な身体だ。


眠っているのだろうか・・?

なぜ、動かないのだろうか・・?


・・


この人が目を開けて、動く・・?

それはそれで、とても恐ろしいことのように思えた。


息が詰まる。


こんなにも私は臆病な人間だったんだろうか・・?


・・


・・でも。


本当に、本当に、

神様なんてものが、いるのなら。


「私を助けてください・・」


その足下に私は膝を落とす。


「私はどうしたらいいのでしょうか、教えてください・・」


なんか、祈りというより、捨て鉢な気持ちだった。


『お祈りってどうするの?』

『好きなようにすればよいのさ。』

『好きなように?』

『静かにしてお祈りしていると、ふっと心が静かになる。

 それが神様に伝わったってことさ。』


モンマルトルのお父さんの言葉がよみがえる。


・・


私はただ黙って、目を閉じる。


心の中では、色々な光景が、言葉が、

ごちゃごちゃになりながら、次々浮かんでは消えていく。


その一つ一つに向き合うような、

そんな静かな時間。


そう、いつの間にか。

私の心は静かになっていた。


・・うん、やるぞ!


何となく、できそうな気がする。

後は、行動有るのみ!


私は目を開けて、立ち上がる。


「どうもありがとうございました。」


ただ、その一言と一緒に頭を下げて、

私はその部屋を出る。


出るときに、何かを踏んだ感覚があって、

後ろで、入り口が閉まった。


古典的なしかけだろう。


「エア!」


室長の声が向こうから響いてくる。


「はあーい!今行くわ!」


私も、自分でも驚くくらい明るい声で、それに応えた。

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