第二章 帝国

「まったく、いつものことながら、

 やらかしてくれるな。」


黒い全身鎧に黒い髪、黒い瞳。

鼻筋の通った顔に、たくましいカラダ。

黙っていれば、いいオトコ。


それが、この国の近衛騎士、ルドルフ・アッカーマンという男。


時間切れで本来の姿に戻ったタナトスは、

大きさからいって城に入れないため、

城門近くの聖堂に残ることになった。


タナトスと別れた途端に、この小言。

まあ、いつものことだけど・・


帝国領内での仕事は、大抵こいつに助けられて終わる。

頭くるけど・・今回も、だった。


いや、近くに来てるなら、そう言ってよ・・

その言葉は呑み込む。


「そろそろ、あんたの尻拭いから解放されたいんだが、

 邪神の牙殿?」


・・むかつく。


謁見の間に入ると、入り口付近でルドルフは跪く。

私は一歩進み出て、深く一礼する。


「神の牙、エア殿。」


落ち着いた、渋い声。

サイサリア帝国大臣、ゲオルグ・バルバトス卿だ。


長身だが、痩せぎすで骨ばった体に、

彫りの深すぎる、険しい顔つき。


その鋭く冷たい雰囲気で、

周囲を恐れさせる人物だ。


「良くいらっしゃった。お話を伺いましょう。」

「はい。」


皇帝陛下が人前に姿を現すことはほとんどない。

私がいつも話をするのは、この人だ。


ルドルフと、ここまでの間に話は突き合わせている。


ミラナ様一行の取り調べはまだだけど。

女と偽っていた以上は、そしてその見た目から、

町の人に取り入って、ただ飯にありつこうとした、

ごろつきのように思う。


あの、首に下げていた金属の棒のようなものが、

間違いなく魔道具であるのは確認が取れている。


港町周辺を脅かしていた盗賊団との繋がりも疑われる。

これは、ルドルフの意見。

彼はその盗賊団について、ずっと調査を行っていた、らしい。


町の人たちは、今は落ち着いているらしいけど、

かなり落ち込んではいるようだ。


・・胸が痛い。


そんなこんなを話して、後のことをお願いする。

いつもそんな感じだ。


「お疲れ様でした。後はお任せください。

 事情聴取が終わり次第、教会の方にもご報告いたします。」

「よろしくお願いいたします。」


ゲオルグさんは微笑みを浮かべる。

言葉は型通りだけど、暖かい笑顔だ。

私も笑顔で応える。


冷厳な表情を崩して笑うのが、たまらなくかわいい。


実際好きだ。この人のことは。

恋人にしてもいい、そう思う。


「今日一日はこちらで休んで行かれるといいでしょう。

 聖堂の方でご用意をさせていただきます。」

「ありがとうございます。お世話になります。」


帝国では、必ず、一泊する。

その理由は、この人と個人的に話をする時間を作るためだ。


「それではこれで失礼いたします。」


一礼して、謁見の間を退出する。


さて。


とりあえず、聖堂に戻ろう。


「エア!」


ルドルフだ。


「夕刻くらいになるが、ミラナの事情聴取に立ち会うか?」

「うん、できれば、お願い。」


厭味な奴ではあるけれど、こういうところは公正だ。


「タナトス司祭にも伝えておいてくれ。」

「わかった。」


タナトスがいる意味はないと思うが、

あれでも司祭である。


その存在を無視することはできない。


「では、始めるときに呼びに行かせるよ。」

「場所はいつものとこね?」

「ああ。」


何度か、こういう場面も経験している。


この城の地下には、年代物の建造物が広がっている。

めちゃくちゃ広い。

帝都全体、いや、その外まではみ出している。


今となっては、

一番上の階層の一部を牢獄として使っているだけで、

後は人が立ち入ることなく、朽ち果てている。


事情聴取はこの牢獄で行われる。

通称、審判の間、と呼ばれる部屋だ。


もちろん、今、

ミラナ一行はこの牢獄に収監されている。

これから、しばらくの間はそこにいることになる。


まあ、奴らが盗賊団と関係があれば、

強制労働施設送りくらいになるかもしれない。

そうでなければ、数週間の禁固と厳重注意、だ。


手を振って走り去るルドルフに、私も手を振る。

いつも、忙しいのだろうけど、慌ただしい。


城門近くの聖堂に戻ると、

聖堂の広間にきゅうくつそうに収まっている、

ドラゴンの姿のタナトスがいる。


「大変ね。」

「我らの荷物を回収してくれたようだから、

 それが届くまでの辛抱だな。」


あの革の鞄には、タナトスを、

鞄に入るくらい小さくできる魔法がかけられている。

今、その鞄に入っている神像を使えば、

人の姿にすることもできる。


どちらにしても、荷物が届くのを待つしかない。


「夕刻あたりに事情聴取を行うみたい。

 でも、それまでに荷物が届かないと無理ね。」

「その時はお前一人で行ってもらうしかないだろうな。」


聖堂を任されている司祭が、水を持ってきてくれる。

もちろん、タナトスの分は、

大きなタライを若い人二人がかりで運んでくる。


あ、タナトスを見てびっくりしている。

この二人は最近来た人なんだろう。


こういう展開は何度かあったので、

ドラゴンの姿のタナトスを、聖堂の人たちは見慣れている。


「あのね、少しは学習してよ?」

「なんだ?」

「あの時、なんで、身元ばらしちゃったの?

 私たちは可能性を調べて、後は帝国政府に任せればいいのに。」


・・


少しの沈黙の後、彼は口を開いた。


「匂いで気付いた。」

「匂い?」

「ああ、嘘の匂いがした。」


・・


「町の住人たちを騙していることが許せなかった。」


・・


そうだ。

タナトスはそういう男だ。


・・


「次はもう少し、上手くやってよね?」


きっと変わらないと思いながら。

変わらなくてもいいとも思えてきて。


私は水を飲み干した。


・・


「はーい!ミラナ様、ご機嫌いかが?」


私の言葉に、ミラナは露骨に顔をしかめた。


「挑発するような発言は止めてもらおうか。」

ルドルフにも睨まれる。


ここは、地下牢獄は審判の間。

現在使われている範囲の中では再奥にある、

用途不明のただっぴろい部屋だ。


正確には二階層ぶち抜きとなっていて、

入り口のある地下一階からは、

入ってすぐに、1階層、階段で下るようになっている。


部屋の奥、入り口から正面になるその壁には、

何らかの像が浮き彫りにされている。

もう風化していて、なんだか分からないのだ。


何代か前の皇帝が『聖堂っぽい雰囲気だよね』とか言ったから、

審判の間、と呼ばれるようになったとか。


広さがあるのと、

1階層深くなっている造りが逃亡しにくいとかで、

今はもっぱら、尋問や事情聴取に使われている。


騎士団から、ルドルフとその部下数名。

立ち会いとして、唯一教会司祭のタナトス。

そして、神の牙の私。


こうして、ミラナ一行の事情聴取が始まった。


「ミラナは本名か?」

「残念ながら、な。女みたいで気に入らないが。」


ルドルフの問いかけに、ミラナは噛みつく。


なるほど。


まあ、そうねえ・・


「ドラゴンなら男でリアラとか、サリとかいるわよ?」

「ドラゴンと一緒にするな。」


吐き捨てるような物言いに、タナトスは咳払いする。

今は鞄の魔法で小さいが、ドラゴンの姿だ。


「ド、ドラゴン・・本物か?」

どうやら、ミラナはドラゴンを見たことがないらしい。


「唯一教会大神殿に所属の司祭様よ?」

「大神殿のお偉いはほとんどドラゴンってのは本当だったのか・・」

「まあね。」


目をぱちくりしている。


だけど。


呆気にとられて、言葉も出ない取り巻きと違って。

ミラナは終始、落ち着いている。


「お前は赤砂の盗賊団と関係があるのか?」


ルドルフの言葉は強い。

これが、彼の一番知りたいことなんだろう。


赤砂の盗賊団、というのが、

彼の追いかけている盗賊団の名前で。


実はミラナの詐欺事件なんかより、

自分の調査に関係あるかが重要で。


・・まあ、やることやってくれればいいか。


「あるといえばあるな。」


少しの沈黙の後、ミラナの答えは曖昧だった。


「どういうことだ!?」


ルドルフは逆上して、

彼の頭を掴むと、壁に叩き付けた。


華奢で小柄なミラナは、

勢い余って、そのまま床に転がる。


「やめなさいよ!」


一応、割って入る。


「つまり、あなたは盗賊団に関係があるけれど、

 あなたのやってたことは盗賊団と関係がない。

 そういうこと?」

「ああ、まあな。」


ミラナは立ち上がろうとするが、

少し、足下がふらついている。


あ、出血してる・・


まあ、石壁だしね・・


ルドルフと余りにも体格差があったので、

勢いが付きすぎた。

だから、これだけのケガで済んだんだろう。

でなければ、もっと大変なことになっていたはず。


今の世の中、相手が犯罪者っていっても、

やっていいことと悪いことがあるのよ?


私は彼に手を貸して、立ち上がるのを助けた。


ミラナは薄い笑みを浮かべて、軽く頭を下げる。

やっぱり・・落ち着いてるな。


別に、腹があるとか、そんな感じではない。

貫禄、というべきだろうか・・


「赤砂の盗賊団の団長は俺のオヤジでさ。

 ただ、俺は元よりオヤジとは馬が合わなくてな。」


ミラナは枷の付いた手で、ボサボサ頭をかく。


「軟弱者、ってすぐ手をあげやがる。

 団の強行的なやり方にも付いていけなかった。」

「それで飛び出したの?」

「ん・・それがさ。」


そこで彼は大げさなため息をつく。


「裏で女に貢いでるのが分かっちまってさ。

 俺や手下には暴力振るって厳しくするくせに。

 俺たちが命を賭けて手に入れた稼ぎを、だせ?」


うん、なるほど。

盗賊の言い分だけど。


「だから、回りの連中に声をかけて、出てきたんだよ。」

「オヤジさんの報復は恐れなかったの?」

「まあ、俺はオヤジの弱みを握ってるからな。」


女に貢いでいることを言っているのだろう。

それを相手が弱みと受け取るかは微妙だが、

報復が今までなかったことを考えると、

成功しているのだろうか。


ミラナが言うには、あの魔道具は団の持ち物だったらしい。

他にも、いくつか魔道具があるそうだ。


港町を襲ってきた盗賊たちは顔見知りで、

連中は相手が団長の息子と分かったから手が出せなくなった。


「俺のことをオヤジに言ったら、

 お前たちも巻き込んでやる、と言って脅したんだ。」


悪びれない笑顔でミラナは語る。


そうして、港町のミラナと周辺の盗賊たちとの間に、

不可侵条約が結ばれたってわけだ。


「俺があの町を守ってやったのは違いないだろ?

 その対価として寝る場所と食い物をもらってたんだ。

 何が悪い?」


まあ、そうかもしれない。


「それなら、今度はうちで面倒見てやるよ!

 二、三週間くらい、な!」


ルドルフはそう言い放つと、

部下の兵士たちに目配せする。


彼らはミラナを取り囲み、押さえ込んだ。

彼ら一行の身柄を牢屋に戻すのだろう。


「終身刑でもいいぜ?オヤジが怖いからよお。」


ミラナはそんな捨て台詞を残した。


・・


「お疲れ様。」


とりあえず、ルドルフに声をかけた。

彼は、はらわた煮えくり返る、そんな感じだ。


「赤砂の盗賊団、ってそんなに厄介なの?」

「まあな。」


そうして長いため息の後、彼は自嘲的に笑う。


「国内全土、幅広く活動しているし、

 規模も相当なものだ。」

「そっかあ・・」


かなり、手を焼いてそうだ。

帝国の威信にも関わるだろう。


あの港町の人たちのように、

中央は何もしてくれない、と思ってしまう人も多いはず。


・・


うっぷんたまってるんだろうな・・


「私は先に戻るぞ。」


タナトスは背中でそう告げて。

ちょこちょこと歩き去ってしまう。


・・気を遣ったんだな。


「せっかくのタナトスの言葉だから、

 憂さ晴らしするなら、付き合うわよ?」

「は!?」


思いっきり、『何言いやがる』って顔された。


・・せっかく、気を遣ってやったのに。


「いやあ、エアさん!」


背筋に走る、寒気。

嫌な奴に見つかってしまった・・


基本的に、私は人を嫌いと思うことはない。

相手が男なら、なおさらだ。


そんな私でもなるべく会いたくないと思う男が二人いる。


一人は大僧正。

一人はこの国の第二王子。


そう思う奴ほど、縁はある。


そう、第二王子ジルヴァール・サイサリア。


思春期の乙女か、ってツッコミたくなる仕草で、

長髪をいじりながら、こっちに向かってくる。


豪華過ぎる衣装や装飾品が、

ひょろっこいカラダに重いんじゃないか、

そう思えるような、ふらふら歩きで。


「いらっしゃってたなら、呼び出してくださればいいのに。」

ネチネチした視線で、私の肩を抱く。


う、うわ・・


こいつ、なんか私に絡んでくる。

確か、噂では、

囲っている愛人がいるはずなんだけど・・


顔は悪くない。

いや、むしろ美形という方だろう。

細身なのもあって、

華やかで綺麗な見てくれだ。


だけど、それが余計に、

絡まれる立場としては、いやらしい。


しかも、愛人がいるのに!


ううう・・でも、相手、王子様だし、な・・


「あ~ごめんなさい、殿下。」

そろりと、その腕から逃れ、距離を作る。

「ルドルフと飲みに行く約束しちゃって。」


その私の手をルドルフが掴む。

ぐい、と彼の元に引き寄せられる。


「それでは、失礼します。」


丁寧に一礼をして、その場を離れる。

乱暴に私の手を引いて。


・・


城下町まで降りてきた。


「聖堂に寄って、タナトス司祭も誘うか。」

「タナトスがいたら、憂さ晴らしにならないでしょ?」


だから、タナトスは聖堂に戻ったのだ。


気が利かないと思えば、

妙に、気が利くこともある。


筋肉バカと思えば、

時に、司祭らしい言動もする。


そして、

とんでもないお人好しというところはブレない。


それが、タナトスだ。


「私とサシじゃ、怖い?」

少し、からかってみる。


「助けてやったのに、その態度か?」

「感謝してるつもりだけど?」


ルドルフは思いっきり、ため息をつく。


「あんたの慰めが必要なほど、落ちぶれてはいないつもりだ。」

「あら~ずいぶんな言い方ねぇ?」


辺りはすっかり、夜のとばりが降りている。

大通りは明かりが灯り、昼間より賑やかになっていく。


サイサリア帝国は、

このサイサリア地方の大部分を占めている。

巨大な国だ。


かっては。


この世界は、ラルス・レオレとラルス・キュオレという、

二つの世界から構成されていると信じられていた。

古い言葉で、闇の園、光の園という意味だ。


しかし、数百年前のこと。


地理学者で冒険家のギガントナ女史が、

ラルス・レオレとラルス・キュオレが、

実は北部山岳地帯で繋がった一つの大陸であることを発見した。


この大発見を記念して、

大陸の名前に、女史の名前が使われることになった。


それは迷信に縛られた人々の、

意識の改革も意味する出来事だった。

ある意味、時代が、世界が、変わった。


古い呼称は廃され、

ラルス・レオレはルカン地方、

ラルス・キュオレはサイサリア地方、

そう呼ばれるようになった。


この名前の由来は、

当時、両地方の代表として、

今後のやり取りの取り決めをした人物の名前らしい。


それまでは、全くの交流もなく、

お互いの存在を伝説上のものと思っていた訳だから。

トラブルも、決めることも、山積みだったはずだ。


その後も両地方の間に立ったというから、

名前くらい残らないと割に合わない。


で、このサイサリアさんの住んでいる国の皇帝が、

国の名前もサイサリアにしてしまった。


当時のすごいフィーバー状態が、

そしてそれに輪を掛けた皇帝のフィーバー状態が、

うかがえるというものだ。


ちなみに、ギガントナ女史の冒険記は、

数百年たった今でも、子供たちのバイブルだ。


私も子供の頃、

ギガントナ女史の冒険記が大好きだった。

父がよく、読んで聞かせてくれた。


『冒険家になりたい』

そういった私に、

『次の大発見をするのは、お前かもしれないな。』

父はそう言って、頭を撫でてくれた。

笑顔で、撫でてくれたんだ・・


・・


ギガントナ大陸の大発見の時代は、

ある意味、いい時代だったといえるだろう。


でも、それまでだ。


その後は、と言えば何もない。

この大陸の外に、どんな世界が広がっているか。

それを知ろうとする人はいない。


そう、お金が途方もなくかかるから。


今の世の中。


採算の合わないことに手を出す人間は、滅多にいない。


ましてや国家レベルになると、一にコスト、二にコスト。


謀略や軍事にはバカみたいに金をかけるくせに。

誰も未来に投資しようとしない。


・・未来、か。


邪神と契約してまで手に入れた未来。

そこまでの意味が、あったんだろうか・・


『神様との約束を守ることで、未来を守る。

 それが私たちの仕事だ。』


子供の時に聞いた、室長の言葉が頭の中によみがえる。


・・


「エア!!」


びっくりした。

ルドルフが私を見てる。穴が開くほど。


「な、何・・?」

「何、じゃないだろ?」


ええと・・


「話しかけても、全く答えないから・・どうしたんだよ?」

「あ、うん、ごめん。」


心配かけたんだな・・


そんな私の様子を見て、ルドルフは微笑する。


「タナトス司祭を誘って、飯でも行くか。」


私の頭をぽんと叩く。


まるで、子供扱いね・・

そう思う反面、懐かしくも感じる。


まあ、この人は気付かないだろうけど。


「じゃあ、タナトスには人の姿になってもらう必要があるわね。」


頭は届かないので、背中を思いっきり叩いてやった。


「おまえな・・」


わざとらしく顔をゆがめてみせるルドルフ。

私は軽く笑ってから、歩き出す。


聖堂に行くには、城の方に少し戻る必要があった。


・・


水晶の神像の力で、タナトスが人の姿に変わったとき。

周囲から歓声が上がる。


・・いつの間にか、こんなにギャラリーが増えていようとは・・


「いや、本物の魔法、だな・・」

ルドルフまで、あっけに取られている。


人の姿や小さい姿になったタナトスには会っていても。

実際に変わるところを見たのは初めてだったのだろう。


いや、聖堂の人たちは夕方、小さくなるところは見てるはず・・


やっぱり、ドラゴンが人の姿になる、

というのは特別なインパクトがあるのかもしれない。


「おお!神よ!」


聖堂長などは感極まって、

タナトスの作った不細工な像の前に跪いて祈っている。


まあ、今の世の中、一般の人の認識はこんな感じだ。


「すみません、その神像のことはよろしくお願いします。」


私たちがこの帝都にいる間は、

そのままの状態を維持してもらわないといけない。


この像は、町の中心に立てることで効果を発揮する。

どうしてなのかは、私もしらない。

恐らく、像を作った本人のタナトスも知らないだろう。


革の鞄を台にして置かれている水晶の神像は、

いつもより少し強い光を放っている。


ここは聖別された場所、しかも唯一教会の聖堂だから。

神像の魔法もかなり強まっているのだろう。


この帝都全体に効力が及ぶかもしれない。

期待できそうだ。


頼むわよ?

私は神像にウインクする。


タナトスの手を引いて、ルドルフを小突いて。

私たちは異様な熱気に満ちる聖堂を後にした。


・・外の空気が、涼しく感じる。


「私がいると気を遣うだろう?」

タナトスはばつの悪そうな顔でいう。


「確かに、今まで、教会やドラゴンのことは

 気に食わないと思ってきましたが。」

ルドルフも悪びれずに返す。


いや、相手がタナトスだからいいけれど・・

それ、相手によっては、間違いなく命がない。

ドラゴンには、そういう方々もいる。


まあ、相手がタナトスだからこと言うんだろうけれど。


「今まで・・か。」

タナトスは微笑する。

「我らも、もう少し、人に寄り添うべきなのだろうな。」


そんなことを考えるのも、タナトスだからこそ。

どちらかというと。

教会の威信がすべて、そういう方々が多い。


「まあ・・貴方のような方が増えることを祈りますね。」

ルドルフも微笑する。


タナトスは返事に困ったのだろう。

ただ、軽く声を立てて笑った。


「ねぇ、おなか空いちゃった!」


私はそんな二人の間に入って。


「早く食べに行きましょ?」


二人の背中を同時に軽く叩く。


そうして、私たちは石畳の道を歩み出した。


・・


そろそろ、城に行かないとな・・

そんな時間になった。


いつもなら、タナトスはもうとっくに寝ている時間だ。


なのに・・


赤ら顔で、酒をあおっている。

ルドルフも、同じ。


ルドルフはいつもなら、人前でこんな姿をさらすことはない。

タナトスだって、ちょっとやそっとじゃ酔うことははない。


なのに・・


こういうのは、気分もあるのだろう。

もう、二人の言っていることは聞き取れない。


聞く気も無いけれど・・


うーん、参った。

バルバトス卿との約束があるのにな・・


でも、それだけ二人にとっては特別な時間だ。

終わりにしたくない。


・・


「お困りですね、神の牙殿。」


涼やかな声。一人の凜とした女性の騎士が立っていた。


・・


「ここは私にお任せください。

 お二人は、頃合いを見て人を呼んで、お送りします。」


・・


この国で、女性の騎士がいるのは・・

第二王子の率いる第三騎士団だけだったはず。


まあ、この騎士団、女性ばかりの騎士団なんだけど・・

いわゆる、第二王子の取り巻きだ。


・・


「ご心配いりません。お帰りください。」


私は立ち上がり、彼女に向き直る。


「気を遣っていただいて悪いんですけど、私、女騎士って嫌いなんです。」


相手は、少し顔を青くする。

それでも、かなりギリギリそうだけど、

平静を保っているようだった。


「分かりました。そうお伝えします。」


そうとだけ言うと、きびすを返して、店を出て行った。


やっぱり、第二王子の差し金かぁ。


女騎士が嫌いって言うのは、嘘だ。

とはいえ、ある一人の女騎士との因縁から、

複雑な気持ちになるのは事実だけど。


何か、ちょっと、嫌な感じがしたのよね・・


まあ、第二王子が大ぴらに私に絡んでいるから、

取り巻きとしては面白くないだろうけど。


邪神の牙風情が、って感じ。

うん、そんな感じ。


教会関係者、唯一教会への信仰厚い人・・

そんな一部の人は普通に『神の牙』って呼ぶけれど。


立場のある人が正式な場で口にするときも、

そう呼ぶことが多いけれど。


普通は、人は、私の立場を『邪神の牙』って呼ぶ。


だから。


『神の牙殿』と呼ばれて、含みを感じずにいられなかった。


「すみません。」


私は店の人にチップを渡して、

聖堂の人を呼びにいってもらうことにした。


・・


「王女様。」


バルバトス卿の私室。

訪れた私を迎える、暖かい笑顔。


「王女様、はやめてください。今はもう、王女じゃありませんから。」

「私にとっては何も変わりませんよ。」


彼は私に席を勧め、ワインの入ったグラスを手渡す。


「貴女様はリーンハイムの王女であり、我が友の忘れ形見です。」


いつも、繰り返されるやりとりだ。


「もう、国が滅びて14年ですよ?」

「そうですね。もう、14年も経ちました・・」


バルバトス卿は感慨深そうに、目を伏せる。


この人は、父の親友だった。

唯一の理解者と言っても過言でなかったかもしれない。

当時は、この人は、大国サイサリア帝国の使者として、

定期的に父の元を訪れていた。


私も、物心ついたころから、かわいがってもらっていた。


「でも、やっぱり、『王女様』はもうやめてほしいわ。」

「お気に障りますか?」

「ううん、そういうわけじゃないけれど・・」


国が滅んで、王女様も何もあったものじゃない。

それに・・


私、当時も『王子様』って呼ばれてたし。


うちの国には、風変わりな習慣があった。

いや、一般人には普通のことだとは思う。


私は父に育てられた。

侍女でさえ、そこに入ることはなかった。


そのため、二人の例外を除いて、誰も私の性別を知らなかった。

そう、父本人と、その親友のこの人以外は。


ましてや、子供という以上に、

当時の私は貧相な身体をしていた。

言葉使いも振る舞いも父の真似をしていたし、

服装も、男の子のものを着ていた。


そのせいで、臣下にまで、男の子と思われてしまっていた。


父はそういうことに無頓着だったので、

否定もしなかった。


「エアと呼んでください。いつもお願いしていますが。」

「いつもの答えになりますが、私にとっては貴女様とエアは別人です。」


・・


「それなら、これからは、セレンと呼んでもらえませんか?」

「では、セレン様と呼ばせていただきます。」

「様、はなし、では駄目ですか?」

「それはできない相談です。」


お互いに、そこで破顔する。


「まだ、手がかりはありませんか?エアについては?」

「ええ、残念ながら・・」


うちの国の女騎士であったエアは、

私と一緒に大神殿に保護されることになった。

でも一月も経たないうちに、姿を消した。


今となっては、昔の知人はこの人だけだ。

だから。

この人と話をするこの時間が、

私にとっては特別なものだった。

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