第一章 港町の女神
「こんにちは。一晩泊まれる?」
「お嬢さん、お一人かい?」
「後でもう一人来るの。二人でお願い。」
「彼氏かい?なら、個室がいいかな?」
宿屋の主人のウィンクに、私もウィンク一つ。
二人分の宿代を添えて。
「じゃ、それでお願い。」
「海が見える部屋がいいね。
一番いい部屋が丁度さっきキャンセルになってね。」
女将さんが青い布の鞄を持ち、
もう一つ、革の鞄にも手を伸ばす。
「あ、すみません、持ってもらって。」
言いながら、
女将さんの手が鞄に届くより先に持ち上げる。
さりげなく。
「そっちも持つよ?いいのかい?」
「ありがとう、でもそれ、重いから。
こっちはいいわ。」
女将さんの手にある青い鞄をさして、
少し申し訳なさそうな顔で、笑う。
「はは、確かに。ずいぶん大荷物なんだね。」
「二人分だから。」
「おやおや。」
女将さんは感心そうに頷くと、階段を上がっていく。
私もその後に付いていく。
上がった先には、扉が向かい合わせに二つ。
二階には大きな客間が二つあるだけのようだった。
「海が見える部屋はこちらだよ。」
女将さんが扉の一つを開ける。
「わぁー、素敵!」
品の良い家具、広い窓はベランダに続き、
部屋全体が明るい感じになっていた。
風通しもいい。
「ここ、特別料金じゃないの?」
「さっきも言った通り、キャンセルになったんだよ。
だから、特別。」
「やった!ありがとう!」
「ミラナ様に感謝するんだね。」
女将さんはソファーに鞄を置くと、お茶を淹れてくれた。
「じゃあ、ごゆっくり。」
扉を閉めて去る女将さんに、ニコニコ手を振る。
足音。
階段を下りる音。
「ふう。」
とりあえず座って、お茶を飲む。
「エア。」
「いーじゃない。一服くらいさせてよ。」
文句を言ってみた。
‥。
反応がないのは、許す、ってこと?
‥。
‥。
沈黙が‥重い。
こういうの、やっぱり、弱いな。
ため息をわざと大きくついて、私は立ち上がる。
革の鞄の前に屈み、止め金を外す。
バチン!
弾けるように鞄が開く。
相変わらず、乱暴だ。
今は咄嗟に身を引くけれど、最初の頃は思いっきりぶつかっていた。
私は学習したが、彼は学習しない。
ため息をつく私の傍らで、鞄から這い出してくる。
今は、鞄に入る位小さい。
でも、当然これは本当の姿じゃない。
乾いた泥のような色と質感の、堅い殻の隙間から、
少し濃い色の皮膚が覗いている。
そんな様子は、
本当に乾いて微々割れた水たまりのようだ。
形は‥足が太くて短い。
重量級のトカゲのお化け、といった感じだ。
彼は土ドラゴンと呼ばれる、ドラゴンの一種だ。
ドラゴンという存在は色々な姿や生態があり、
『人』として認められているものもいれば、
動物や魔物と扱われているものもいる。
「呆けてないで、やることをやれ。」
文句を言いながら、尻尾を一振りする。
彼の怒りを示す感情表現だ。
私は彼が入っていた鞄の底から、水晶の像を取り出す。
高さは30センチくらいあるこの像は、それなりに重い。
水晶を少し削って、顔や手足らしいものが作られている。
素朴なものだ。
彼が言うには、自分が牙で削って作ったものだとか。
「この辺でいい?」
部屋の中心に、革の鞄を閉じて、台代わりにして、置く。
「もう少し、窓側だ。」
「この辺り?」
私は像を抱え、鞄を窓側に一歩二歩というくらい動かして見る。
「それくらいだな。」
「了解。」
その上に置くと、像は淡い光を放ち始める。
「成功ね。」
ほっとする私の側で、彼は、光に包まれていく。
姿が変わるのだ。人間の姿に。
「うむ。船旅が長かったから、この姿も久しぶりだな。」
逞しい体躯の壮年男性。
それも、それなりに身なりもきちんとしている。
彼が人の姿を取るときに好む姿だ。
「では、早速、町の様子を見て回るか。」
「今日ぐらいはのんびりしましょうよ。
それくらい、バチは当たらないわ。」
私はご神像にウィンクする。
「‥まあ、移動の間はお前には苦労をかけるからな。」
「あら、分かってるんだ?」
「茶化すな。」
左腕を一振り。尻尾を振る代わりだ。
「それより、私はあなたの娘、だからね?」
「うむ‥。」
「いつものことだけど、気をつけてよ。」
「うむ‥。」
いつも上手く演じているとは言えないことを
自覚はしているらしい。
「たまにはカップルもいいわよ。
その時はもう少し、若い姿になってね。」
「エア!」
左腕を一振り‥しかけて、やめる。
?
「あまり騒ぐのは良くないだろう。」
妙に冷静な言葉を放ち、彼はソファーに座り込んだ。
彼の作った粗末な像ではあるけれど、
この像には、『神の力』が宿っている。
この神像を町の中心に置くことで、
その町にほんの少しだけ、『神の力』を撒くことができる。
結果、彼が人間の姿を取れるようになる。
この『神の力』が生み出す結果はそれだけではないのかもしれない。
でも、今のところは、それ位の利点しかない。
「それにしても、凄い人気みたいね。」
「赤の聖女・ミラナ、か。
教会が危惧するの も当然だな。
まさに生き神だ。」
彼は眉をしかめる。
そうそう、彼の名前はタナトス。
父親もタナトスで、おじいさんもタナトスらしい。
『同じ名前ばかりで困らない?』
と聞いたら、
『困らない』
即答だった。
「明日、見に行ってみる?」
「まずは敵を知らんとな。」
「敵、ねえ・・」
いつもながら、違和感を感じる。
「相変わらず、不服そうだな?」
「不服、って訳じゃないけど・・悪者になるのは私たち、でしょ?」
「・・」
「お仕事、とはいえ、やっぱりキツいわ。」
この世界広しといえど、崇めていい神様は一人だけ。
だから、それ以外の信仰を取り締まらないといけない。
それが、神様との約束だから。
各地から情報を提供してもらい、
引っかかりそうなものがあれば、調査に向かう。
そして、それが信仰と言えるものだった場合は、
結果を現地の為政者に報告して、処分を依頼する。
処分は現地に任されているが、
大抵は強制解散・厳重注意、である。
悪質な場合は、
罰金や禁固などの刑罰が下されることもある。
こういうと、ダークで厳粛な仕事のように聞こえるけれど。
実際取り締まるのは、
腹黒い新興宗教や大した意識のない普通の人たちだ。
小うるさい小役人、憎まれ役でしかない。
教会の中では、厄介事を押しつけられる雑用係みたいなもの。
それが『神の牙』という仕事。
調査に向かう時は、
大抵は、教会の責任者として、司祭が一人同行する。
お人好しで単純なタナトスは、
その役回りを押しつけられることが多い。
貧乏くじを引かされる者同士、と言う訳で、
自然、一緒に仕事することが多い。
「問題はミラナ様の活動が宗教に該当するか、ね。」
「あの女将の発言だけでも、十分だろう。」
「うーん、まあ、とは思うけど。」
取りあえずは凄い人気者、ということは事実。
そんな人間取り締まったら、
暴動に発展する可能性が高い。
毎度のことながら、
逃げ道は最初に確保しておくべきね・・
やっぱり、どう考えても、こっちが悪者。
ふたたび、ため息を付く私を、
タナトスは不思議そうに見つめる。
「お前は誉れ高き『神の牙』だ。」
まるで、子供を諭すような、言葉。
「信仰を守る、尊い使命を授けられている。」
・・尊い、か。
『神様との約束を守ることで、未来を守る。
それが私たちの仕事だ。』
私が室長に初めてあったのは、五歳の子供の頃。
これは、その時の彼の言葉。
『神様って本当にいるの?』
『いるさ。』
その時の室長の笑顔は、私の中に焼き付いている。
そんな室長の言葉に感化されて、
私は、神様を信じることにした。
まあ、子供の頃の話。
今は神様なんて、信じていない。
大多数の人がそうだと思うけど。
信仰というものが、
人間にとって大きな意味を持っていることは分かっている。
そこは否定しない。
まして、自分の職場だし。
その信仰の象徴として、
人間が作り出した架空の存在が、神様だ。
でも。
神の眷属と自称し、
そこに誇りを持つドラゴンたちにとって、
神は存在する、そこは大前提だ。
そこが、私とタナトスの平行線なところ、
なんだと思う。
「取りあえず、明日ね。今日は疲れたわ。」
ベットに身を投げる。
お日様の香りがする。
・・いい気分。
久々にゆっくり寝れそう。
「飯の時間までは寝ているといい。」
タナトスの言葉は妙に優しかった。
「あなたは?」
「礼拝でもしておくさ。
一人で出歩くのは困るのだろう?」
「だって、あなた、すぐボロが出るんだもん。」
ベットに顔を埋めたまま、
少しだけ目を動かして様子を見る。
タナトスは私に背を向けて、
水晶の像に祈りを捧げていた。
・・
「来る?」
少しだけ、誘ってみた。
「馬鹿を言うな。寝ろ。」
振り向きもしなかった。
土ドラゴンは、愚直な性格が多いらしい。
タナトスはまさに、そんな感じだ。
少しつまらないけれど、予想通りの反応。
私はおとなしく寝ることにした。
・・
「女将さん、このお魚、とってもおいしい!」
「そうだろ?そうだろ?」
私のとびきりの笑顔に、女将さんもいい笑顔で応える。
お世辞じゃなく、おいしかった。
港町となれば、やっぱり新鮮な海の幸!
予算があるから、『豪華に!!』とまではできないけれど。
でも。
現地には、安くておいしいものがいっぱいある!
まして、ここは食事付きの宿!
テンション上がりっぱなしだ。
「父さんもお酒、もう少し頂いたら?」
「いや、もう飲めんよ。」
うん。
何とか会話も繋がってる。
夫婦が目を離している時に勝手に上がってしまったことにして、
夕食の席で『父』を二人に紹介した。
二人とも、気を悪くせず、
むしろ、孝行娘、と感心された。
ご主人には、父娘の旅行なんてうらやましい、
とまで言われた。
素朴な人たちだ。
ううっ、胸が痛い。
そんな人たちをだまして、傷つけて。
この笑顔が、怒りか悲しみか虚しさの表情に変わる。
その顛末がたまらなく、つらい。
・・
うん。
お仕事、お仕事。
・・
「ねえ女将さん、ミラナ様について教えてほしいんだけど・・」
相手の反応を見ながら、本題を切り出す。
女将さんは少し驚くけれど、
気を悪くした感じはなさそうだった。
「何を知りたいんだい?」
「えっと、いろいろとエピソードがあるでしょ?
例えば、この町に初めていらっしゃったときのこと、とか。」
「ふふふ・・そうねえ・・」
女将さんの話によると。
この町は長い間、盗賊に苦しめられてきたらしい。
何度、政府や軍に対応を依頼しても、
効果は無かったそうだ。
盗賊たちは船を持っていないらしく、
海路に手を出すことはなかった。
とはいえ、この町が盗賊に脅かされているのは、
近隣の町も知っていることなので、
船の訪れも途絶えていたらしい。
そんな折、ある一行が、
旅人として船でこの町にやってきた。
全員が、赤っぽい色の砂よけのフードを被っていて、
民族衣装のような感じの見慣れない衣装を着ていた。
その内一人の女性は、
『未婚の女性はむやみに顔を見せてはいけないしきたりだから』
と顔を隠していた。
それが、赤の聖女・ミラナ様、と言う訳だ。
噂も届かないような遠くから来たのだろう。
町の人たちはそう考えて、
盗賊が来る前に、町から出るように勧めたそうだ。
でも、旅の一行は、
『疲れているから少し休ませてほしい』
と言ってきた。
かわいそうだから、と彼らを休ませたものの、
盗賊が来るんじゃないか、と、
町の人たちは気が気でなかったそうだ。
だけど、そういうときは悪いことが起るもの。
やっぱり盗賊たちはやってきた。
町の人たちは何とか旅人たちを匿おうとした。
しかし。
ミラナ様はみずから盗賊たちの前に出たのだった。
そして。
ミラナ様の手から、強い光がほとばしり、
盗賊たちはみんな動けなくなってしまった。
ミラナ様一行は、自分たちが盗賊を説得する、と言って。
リーダーらしい男を連れて行った。
やがて戻ってきた時、男はすっかり大人しくなっていて。
盗賊たちは去って行った、そうだ。
それ以来、盗賊の被害はない。
・・
「ミラナ様は神秘の力をお持ちなんだよ!」
女将さんは興奮気味に言う。
「この町を助けてくださって、今も守ってくださってるんだ。
しかも、暴力は使ってない。お優しい方なんだよ。」
タナトスは信じられん、という感じで、
目を丸くして言葉を失っている。
「すごい!ミラナ様ってかっこいい!」
その様子を女将さんに悟られないように。
私も熱を込めた対応で、彼女の気を引く。
「私もミラナ様にお会いしたいなあ・・」
ため息一つ。
我ながら、演技派。
「そうねえ・・お会いできるか分からないけど、
寺院の方に行ってみたら?」
女将さんの言葉には、私への気遣いが込められている。
「港から海沿いに少し行くと、古い堤防があるの。
そのたもとに小さな灯台があってね・・」
その灯台も堤防と同じく、
今となっては使っていない古いものだそう。
ミラナ様一行は、そこを借りて住み込んでいるらしい。
「そんなに遠くないよ。目と鼻の先、だから。」
「わぁ、ありがとうございます!」
私は全身で喜んで見せる。
「明日、行ってみますね!」
「お会いできるといいね。」
女将さんも笑顔。
・・良心が痛む。
私は、お茶と一緒にそれを呑み込んだ。
・・
食後すぐに寝てしまったタナトスを置いて、
私は散歩に出た。
タナトスは寝るのが早く、起きるのも早い。
私は寝るのが遅いので、朝起こされるのが辛い。
彼は悪気なく、自分勝手だ。
まあ、ぼやきはそのくらいにして。
一応、灯台の位置を確認しておこう。
そして、逃亡ルートも探しておこう。
この時間はまだまだ、人は多い。
灯りの付いている家や営業している店も多いし、
港は煌々と明るい。
海から来る風が、爽やかだ。
こんないい女が一人歩きなんて。
少しばかりため息も出るけれど。
この町みたいな素朴な町では、
声をかけてくる男はいない。
残念ながら、声をかけたい男もいない。
・・お仕事、お仕事。
町の様子をざっと見て回る。
この町は、古い石造りの防護壁に囲まれている。
ところどころ崩れているが、立派なものだ。
町の入り口である門は、
昔は大きな扉があったのだろう。
今は失われているけれど。
実際は、相当な歴史のある町なのかもしれない。
門から港へ。
大通りが真っ直ぐに伸び、
その両脇に店や宿屋などの施設が並ぶ。
逃げる難易度は、高そうだ。
防護壁をよじ登るのは、体の重いタナトスには無理だし。
・・
もう少し、見てみよう。
ミラナ様は強い光で盗賊たちを動けなくしたらしい。
魔道具を持っている・・?
昔、魔法が普通に存在した時代、
魔法を込めた品物が色々作られた。
あらかじめ作っておけば簡単に使えるし、
精神力を使わなくて済む。
日常的に使う物は特に、
そのたびに魔法を唱えていたら、やってられない。
便利道具として売ることもできる。
実際、そういう物を魔法を使えない人たちも使っていた。
魔法がすべてを回していた時代、
と言っても過言じゃないだろう。
今でも、魔法が使える人はいる。
それは、非常に特別な人たちだ。
例えば、我が教会のお偉いの方々は、
魔法が使える、らしい。
あくまで噂、だけれど。
後は、そう、過去の魔道具を利用することがある。
魔道具はそうそうあるものではないけれど、
意外にあったりもする。
タナトスの作った神像は、
教会で『神の力』を付与している。
唯一教会の頂点である、大神殿の地下には、
『神の力』と呼ばれる魔法が込められた大きな玉石がある。
それに触れさせると、触れさせたものに、魔法が移る。
まるで、ロウソクの炎を移すみたいに。
そんな感じで、教会では魔道具は活用されている。
だから、関係者にはなじみがあるものだ。
でも、一般の人は違う。
神秘の力、と思ってしまっても無理はない。
ミラナ様は魔道具で盗賊を懲らしめて見せて、
町の人たちの信頼を勝ち取った。
・・
いや。
町の人たちを困らせていた盗賊を懲らしめて、
町を救ったのは事実だ。
その手段が魔道具だっただけ。
取り巻きがいたとは言え、
武装した無法物たちに立ち向かうのは、
大変な勇気がいることだ。
『聖女』なんて呼ばれて、
町の人たちに祭りあげられてしまっているけど、
本人が自分を『神』だなんて言ったわけじゃない。
・・
ミラナ様一行のしたことは、普通に賞賛されるべきだ。
でも。
信仰に近い物になってしまっている以上、
私たちは取り締まらないといけない。
・・
ううっ・・やっぱり気が滅入る。
・・お仕事、お仕事。
塩の香りが鼻をつく。
港に来た。
船を奪って逃げようか・・?
いや、私たちの操船スキルでは、
あっという間に追いつかれるだろう。
それは、無し、ね。
見渡してみる。
少し先に古い灯台が見える。
それが、ミラナ様一行の滞在先だろう。
近くまで行ってみよう。
少し伸びをしながら、ただの散歩を気取る。
塔の側には、自主的に警備している町の人が三名。
この時間なのに、人が結構出入りしている。
ミラナ様を慕ってやってくる人が後を絶たない、
そんな感じ。
・・
あ。
その灯台から更に先に行くと。
磯になっている。
磯の岩を伝って、防護壁の外側へ出れそう!
土ドラゴンは体は重いけれど、
足場の悪いところは得意だ。
むしろ、私はタナトスに抱えてもらおう。
よし!
無事脱出ルートも見つかった。
後は腹をくくろう。
・・
お仕事、お仕事。
私は宿に戻ることにした。
・・
翌朝。まだ暗いうちに。
私は荷物をまとめる。
革の鞄に神像を入れる。
魔法の効果は一日は続くはず。
青い布鞄に荷物を込めて。
何となく、明日はない。
今のうちに、荷物を昨夜見つけた磯に隠しておく。
うん、オッケー。
戻ってくると、タナトスが起きていた。
「早いな。行くか?」
ミラナ様一行の様子を見に行こう、というのだ。
「もうちょっと。明るくなってからにしましょ?」
この時間では怪しすぎる。
せっかく、夕飯の時に布石を作ったのだから、
朝食の後に、普通に、
『ミラナ様に会いたい~!』と、向かうべきだ。
不服そうなタナトスをなだめて、
私は部屋に備え付けのお茶を入れると、
口に運んだ。
・・
「行ってきま~す!」
女将さんに見送られて、
私はタナトスとミラナ様一行のいる灯台へ向かった。
海へと下る、ほどよく古びた石畳の道。
爽やかないい天気だ。
デートなら、最高なのに。
私はタナトスに肩を寄せてみる。
「どうした?飲み過ぎか?おぶってやろうか?」
・・
やめた。
港から、海沿いに。
灯台はやはり、訪れる人で賑わっている。
見張りの町の人は、夜と同じく三人。
人は入れ替わっているけれど。
列の最後尾に、私たちは並ぶ。
かれこれ、待つこと、小一時間。
「次の方、どうぞ。」
声を合図に、私たちは中に踏み入った。
赤っぽい色の砂よけのフードと民族衣装っぽい衣装の、
五人の人間が並ぶ。
中央は赤い布で顔も隠した華奢で小柄な人物。
ミラナ様、ね・・。
「何かお困りですか?
それとも、おしゃべりでもいたしましょうか?」
きれいで、たおやかな声が告げる。
彼女の胸元の首飾りにぶら下がった、
金属の棒のようなチャームが静かに光る。
これって・・?
「我々は唯一教会のものだ!
貴様の行いは宗教に当たると判断する!
即刻の解散を要求する!」
タナトスが叫ぶ。
あちゃ・・。
「まさか、邪神の牙!?」
ミラナ様は胸のチャームに手をやる。
まずい!
タナトスは彼女の肩を掴み、乱暴に引き寄せる。
と、そのフードと顔を覆っていた布が落ちる。
!!
その下には、ひげ面でボサボサの髪の男の顔があった。
確かに華奢で小柄ではあるけれど・・
町の人も含めて、その場の全員が呆気にとられた。
・・
「くそっ!!」
ミラナ様とその一行は周りの人を突き飛ばして、
外に飛び出す。
町の人たちはパニックになって暴れ出す。
私たちも外に飛び出した。
走って行くミラナ様一行。
追いかけて走る私たち。
それを追う、町の人たち。
辺りからどんどん町の人たちが集まってくる。
もはや、ミラナ様一行と運命を共にしている私たち。
磯に向かうどころじゃない!!
もう、おしまいかも・・
私は覚悟を決めた。
「しずまれっ!!」
朗々とした声が響き、武装した兵士たちがなだれ込んでくる。
町の人たちも、ミラナ様一行も取り押さえていく。
もちろん、私たちも一緒だった。
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