第3話 『着いた』と送る

『着いた』と送ると、すぐに彼女から通話着信があった。

「あ。えっと、こんにちは」

 可愛らしい声。ドクンと緊張の心臓が鳴る。

「おはよ」

「あ、おはようございます」

「着いた?」

「あ、はい。えと、中央改札? ってところから右に出たドトールの前にいます」

 すぐ近くだ。

 心臓が期待と緊張でドクンと跳ね上がる。深夜のやり取りを思い出し、身体の中心に血液が集まっていくのを感じる。

「どんな服着てる?」

「制服です。普通のセーラー服」

「え。やば」

「へへ」

 思わず気持ち悪いおじさんのような声と言葉を発してしまったおれだったが、彼女はそれに照れ笑いを返してきた。自分でも、しっかり自分の価値がわかっているのだ。黄色と黒の看板が目印のコーヒー店前に着くと、おれはすぐに彼女と思われる女の子を発見した。

 白いシャツに紺色の襟とスカート。首元に巻かれた赤いリボンは、彼女が自覚する性的価値の象徴のようにみえる。彼女自身はくりんとした瞳で、歳相応に幼くも整った顔立ちをしていた。背はやや小さめ。黒くまっすぐ伸びた髪がその顔を囲むように流れている。表情は無表情に近かったが、それはこれから見知らぬ成人男性と会う緊張からだろう。全体的に暗くも落ち着いた雰囲気の子で、通話時の明るさからはあまり連想できない印象だった。

「千桜さん?」

「あ、はい。……珈亜さん?」

「そ。はじめまして」

 おれが笑顔を作ると、彼女もホッとしたような吐息で笑みを作る。くりんとした瞳が上目遣いでおれを見つめ、好奇心の色が出る。

「眠くない?」とおれが聞くと、彼女は目を細めて「眠いですぅ」と甘えた声を出した。

「もはやどこかで休みたい~」

「会って速攻寝るとか」

 おれが笑うと、千桜も笑った。

「横になってごろんしたいです」

「まさかの就寝オフ」

 でも、もしそれをするってことは、つまり。

 おれが生唾をゴクリと飲み込むと、その喉仏の動きに気付いたのか、彼女はさらに仕掛けてきた。

「……珈亜さんちって近いんですか?」

「うん、まぁ、電車で数分かな」

「え、行きたいです」

「え?」

「え、ダメですか?」

 思わず言葉に詰まった。

 ちょうど上階に電車が到着したようで、重いガタンガタンという音が構内に響く。

「?」

 おれの顔を覗き込んでくる千桜。完全に彼女のペースだ。

 いや、それは別にいいが。

「……怖くないの? 初めて会った男の人のうちに行くって」

 すると彼女は、花のような笑顔になった。

「普通は怖いですけどね。やばいですよね。でも、珈亜さんなら大丈夫かなって感じて」

「大丈夫じゃないよ」幼い彼女は十分に魅力を備えている。「……大丈夫じゃない」

「だから、珈亜さんが大丈夫じゃなくても、私は大丈夫かなって感じです」

 中学生に手を出したら犯罪になる。詳しくは知らないが、おそらく相手の同意云々は関係ない年齢だろう。そこでハッとして周囲を見回したが、おれたちに注目しているような人の姿はない。もしかしたらこの様子を動画で撮影した千桜の仲間がおれを脅しにくるのではと考えたが、そうした人物はいないように思われる。

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