第2話 その後も
その後もおれたちは夜通しやり取りを続け、結局、お互い一睡もしないまま約束の朝を迎えていた。彼女は千の桜と書いてチサというらしい。けれど、それと女子中学生ということ以外はほとんどはぐらかされて教えてもらえなかった。どこに住んでいるだとか、これまで何人の男と会っただとか、彼氏は何人いただとか、処女かどうかとか。
深夜のテンションは自然と下ネタが増えていく。その妙な雰囲気の中、彼女はおれのために裸の写真を供給すると言ってきたが『いま出すのはもったいないからいいや』とおれは断っていた。『なにそれw』と、彼女はあからさまな反応を示す。
逆に、おれの情報はかなりの量を彼女に吸い取られてしまっていた。
横浜市在住であること。大学生であること。趣味は特になく、大学進学をきっかけに田舎から出てきたためほとんど友達がいないということ。彼女は何人かいたことがあるものの、童貞は彼女や思い出と共に田舎に置いてきたままだということ。誕生日は九月一五日。血液型はO型。身長一七六、体重六四ということまで。ただ、さすがに現所属大学やバイト先まで伝えるのは怖かったので答えなかった。
徹夜とは不思議なもので、夜遅くまでは睡魔もほとんど感じないくせに、朝日を浴びると途端に眠気が襲ってくる。歯磨きをして冷たいシャワーを浴びて、髪の毛のセットを念入りにおこなう。だぼっとした白い半そでTシャツに線の細い黒ズボン。アクセサリーなど無駄な装飾は嫌いだった。腕時計すらも鬱陶しい。
外に出ると、むわっとした酷暑の湿気がサウナの熱波のように顔に貼りついてくる。肌を焼く朝日の刺し込みが痛い。鍵をかけて、ボロアパートのボロい階段を下る。タタン、タタンと妙にリズミカルな足音が鳴って、自分が未だ妙なテンションであることに気付く。一睡もしなかった朝イチの外出だからか、それとも千桜に会うからか。セックスはできるだろうか。中学生、どういう感じなのだろう。
千桜は学校に行く振りをして横浜駅にまで来るという。時刻は七時三〇分。平日のこの時間帯は通勤ラッシュで忙しく、しかし駅構内で交差する人々はみな眠そうな沈黙を引っ提げて足早に歩いている。色々な靴の音が混ざり合って、反響している。改札口の単調な誘導音。ガタンガタンとコンコースの上階に到着した電車の音と振動。白い蛍光灯。柱の中で幕を切り替える広告映像に『その発達障害、治しませんか』と、見知らぬ白衣の院長が腕を組んで笑みを浮かべている。
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