第1話 別に、元々おれは

 別に、元々おれはだれかを買おうと思ってSNSを徘徊していたわけではない。ただ、暗闇の中で扇風機が首を振る丑三つ時、その中でボゥとスマホの光を浮かべていたところ、TLに流れてきたチサというアカウントの『ヒマ~』という投稿になんとなく「いいね」を押してみたことが、すべてのはじまりだった。彼女のプロフィールを覗いてみると、そこには『20↓♀』『家に居場所がない』『遊んでくれる人探し中』といった文言が並んでいた。それとほぼ同時にそのアカウントからフォローされて、DMを受け取った。その時点では、よくあるスパム垢に反応してしまったのだろうなと後悔したが、『いいねありがと』という、その少ない文字の中に、ほのかな人間味を感じ取った。

『出会い厨?』と、彼女からのバルーンが表示される。

『オフしたことはないな』

『してみない?』

『出会い厨?w』

『うんw どこ住み?』

『横浜』

『うわ、都会』

『そっちは?』

『遠くはないかな』

 暗い闇夜に、夏の灼熱がじっとりと溶けている。

 唐突に開始されたDMは、ポンポンと進んでいった。

『今いくつ?』

『14』

『え、』

『中学生』

『やば』

『未成年』

『うん』

『だと、会えない?』

『いや、いいけど』

 一瞬だけ送信をためらったが、おれの指は送信ボタンを押してしまった。今、自分がやり取りしている相手が14歳の女子中学生だとわかっても、その現実感は夢の中であるかのように希薄だった。どうしてだろう。14歳だぞ、と心の中で自分を叱りつけてみるが、大した反省の色はない。逆に、もし彼女のその申告が本当であるならと、胸の奥で不穏な期待が膨らんでいく。『よかった』と彼女から返事が返ってくる。

『でも会ってなにするの』

『会ってから決めよ』

『いつもこんな感じで出会い厨テロしてるんか』

『さすがに相手は選んでるw』

『いつ会う?』

『今からは?』

 彼女の返事は即答レベルだった。

『さすがに急すぎね?』

『家にいたくない』

『なんで』

『よく分かんない』

『話聞くけど』

『打つのめんどw』

『w じゃ通話は?』

『むり。ママいるし』

 チサは母親とあまりいい関係ではないのだろうか。年齢的には思春期特有の反抗期ど真ん中だ。この年頃では、家の中の世界に強い束縛と窮屈感に息が詰まる一方、家の外が自由であるかのように見える。海が広く煌めいて見える。たくさんの帆船が往来する〝知らない世界〟。好奇心が追い風になって、大海原に向かって出航をかきたてる。でも、勇気が出ない。だからいつか海賊船が迎えに来てくれることを夢見て、彼女はこうやってSNSで出会い厨をしているのかもしれない。他とは違う特別な自分になりたい。そんな彼女を勝手に想像しているうちに、再び彼女からメッセージが入った。

『じゃ明日の朝は?』

 おれは少し考えてから答えを打ち込んだ。

『いいよ』

 これで、会うことが決まった。

 未成年、女子中学生と。

 あっけないほど簡単に。

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