遣らずの雨
奥行
遣らずの雨
「……私、怖くないんです。ホントウに」
頼りない裸電球がユラユラ部屋を照らしていた。光に寄せられた羽虫が電球に当たってはバチンバチンと音をさせる。
薄橙色に光る山小屋の中で男と女が身を寄せ合い座っていた。
「そりゃア、僕だってそうさ。ケド、君はまだ若い」
男の頭に粉が降り懸かる。羽虫の羽が砕けて降っている。土の匂いがした。
揺れる電球がキィキィと男女を交互に浮き上がらせる。
「私貴方と一緒になれるなら、地獄ダッテ構わないと思ってますのよ。ホントウよ」
「バカな事謂うもんぢゃない、死ぬのは僕一人で充分だ」
男は手に持っていた小刀を思い切り握り締めた。
ハッと女が男の腕を掴む。
カツンと刃が当たりユラ、ユラ、と大きく電球が揺れた。
「嫌、私にさびしい思いをさせようったって駄目よ」
「わがままを謂わないでくれ、ドウカ僕の好きにさせてくれ」
男はバタンと床に這って小刀を取られないよう身体を押し付けた。
女は力に負けてバタンとのたうち回ったが、そのうちギャッ、と声を上げた。男の方はそちらで何事があったか見もしなかった。
しばらくしてどうしても腕を離さない女を振り払おうと肘で押しやると、ぐうと唸り動かなくなった。
ハテ、妙だとその時やっと女の方を見ると、首からダラダラと血を流して事切れていた。小屋の隅に立ててあった鍬がぬめりを帯びて赤く染まっていたのだ。
モシや、揉み合う最中これがグサリと彼女の首に……
男は虚空を見つめ、暫し心此処に在らずであった。
何と言う事だ、僕が彼女を殺してしまった。
然し僕は彼女を愛していなかったのだし多少なりとも清々したというものだ。ほんの少しだけ取り乱したりはしたものの、死体に取りすがって泣くような事をするまでもない。
男は事もあろうに彼女を山へ埋めてしまう事を考えた。彼女を山へ埋め、自分は飄々とした顔で街へ戻ってしまおうと目論んだのである。
女が死んでしまった途端、男はぎらぎらとし、まるで別人の様に生き生きとしていた。
男は小屋あった布袋に女をセッセと詰め、まだ血の乾かない鍬を担ぎ外へ出ようとした。
その時、屋根を凄まじい音が叩いた。
鉄のつぶてが投げつけられるような音に驚嘆した男が扉を開けると、大粒の雨がバタバタと降っていた。
目の前が灰色に霞み、道どころか木も草も見えない程の大雨であった。
「畜生!これでは外へ出られない」
慌てて扉を閉めようとしたが轟々たる雨風にぎぃっと小屋が軋み、扉から降り込んだ雨が女の血を滲ませた。
遠くで土の流れる音がした。
END
遣らずの雨 奥行 @okuyuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます