第13話 美味しい試作品には面白い裏話。
青柳さんが「おはなししよう」と何度目かの誘いをする。
空気が重くなることは無く、その代わりに私は緊張をしている。
その前に「何回目だよ」というツッコミが出てきたが、胸にとどめておく。
私はなかなかものを言えない人間なのだ。
◇
話していたらあっという間に全員分の料理が届いた。
時計を覗くと、提供時間は混雑時のファストフード程度…何かがおかしい。
「めっちゃ美味しそ~。」
という声が右斜め前から聞こえてくる。
その言葉がどこか目の前の料理にだけ集中しろと言われているような気がした。
「いただきますの挨拶ってどこも同じだよね?」
不安そうにそう前置きを置いてから、「手を合わせて、いただきます!」と青柳さんが言う。
それに合わせて息をするようにみんなで「いただきます。」で応える。
お箸をもって改めて目の前のご飯に集中する。
いい匂いがするのはもちろん、全部が適温で出てきている。
そして、もう一度メニュー表を確認したくなるほど品数が多い。
噂でしか聞いたことが無いような逆詐欺を目の当たりにして、驚きつつも主菜である天ぷらを口に運ぶ。
「…おいしい。」
周りの衣と中の野菜が組み合わさって口の中に余韻を残す。
かと言って油に癖は無く、幸せな体験だけが残る。
そしてその幸せな体験は自分の中では留まらず、外へと出ていく。
「そんな幸せそうな顔で食べるとか…有罪。あたしにも分けてよ!」
「みうさん…それは日向さんのだよ?」
「知ってるけどさ~。」
自分から出た幸せは波紋のように広がる。
美味しいものを食べるとみんなが笑顔になり、その笑顔がご飯をまた美味しくする。
これが幸せのサイクルだと私は思う。
「あんたら、幸せそうに食べるね~。」
皆で美味しく食べていると、奥から腰が曲がったお母さんがやって来た。
「嬉しくなって、作りすぎちゃってな。良ければ食べてって。」
そうしてまた、私たちの前にはおいしそうなものが並ぶ。
私の小皿に乗ったのとは違った、5皿に盛られたポテトサラダが。
「触感が良くなった…?」
ポテトサラダでは馴れないようなザクザク感を感じて、少し確信は持てないものの言ってみる。
「確かに、面白い触感してるね…美味しいかも。」
「ザクザクって合うんだね。」
「ね、美味しい。」
「わかる、めっちゃわかる。」
満場一致で美味しいの意見で合致する。
満場一致のパラドックはここでは気にするのは野暮ってものでしょ?
「美味しいかい?ならよかったよ。」
そう言って落ち着く笑い声が聞こえる。
「あたし達も美味しいものが食べられてうれしいです!」
ありがとう、代表して言ってくれて。
「喜んでもらえたからネタばらしするけど、今食べてもらったのは試作品なんだ。」
「え!この美味しさならメニューに並んでいても違和感ないですよ!」
「昔一回お店に出すレベルにまでは考えたからねえ。あの時はまだ未熟で、あまり受け入れられなくてお蔵入りにしちゃったけどね。」
「もう一回出してみましょうよ!昔のは知らないけど、現代なら絶対売れますよ!」
「そうかい?そこまで言うのなら小鉢から徐々に始めてみようかね。良い意見をありがとうねえ。」
「素直に思ったことを言っただけですよ、ね!」
そう言って青柳さんは私にパスを送る。
「ほんとにザクザクの触感新しくて、驚きましたけどすごく美味しかったです!」
戸惑いつつもそう答え、今度は佐藤さんにパスを送る。
そのパスを今度は田中君に、そして望月君へ送る。
「ご飯はもちろん、このポテトサラダ美味しかったです!僕が言うのも何ですが、これからも元気に美味しい料理作ってください!」
みんなでつないだパスを、上手く相手へ投げてくれた。
「ありがとう。まだまだくたばるような歳じゃないから、またご飯食べにおいで。そのときはまた新しい料理考えておくよ。」
そうして最後まで安心感を与え続けたお母さんは奥へ帰って行った。
「なんだかおもしろい人だったね。」
「ね、こっちまで幸せになれたよね。」
「また機会があったらここでご飯食べたいね~。」
その意見に私は深く賛成の意を示す。
「それじゃ、良い感じに休憩もできたことだしそろそろ出ようか。」
そう言ってみんなで集金を始め、その裏で望月君はお皿を軽くまとめる。
「ひーふーみー…揃ったね、ありがとう。」
そう言って望月君が伝票とお金を持っていく。
私たちも忘れ物を確認してからそれについて行く。
おなかも心も満たされ、幸せに浸る。
午後も楽しく過ごせると良いな。
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