第6話 夜

「書けない……」

角田は机に拳を打ちつけた。間抜けな音がして、頑健な勉強机はびくともしない。

手汗でわずかに湿った手で目を覆うと、親指の触れたこめかみに脈が感じられる。

何か書かなくてはならない。この手には2人の人間の命がかかっているのだから。


……ほんとに?

手を緩め薄く目を開く。

思い上がりも甚だしいのではないか。

自分の命はともかくとして――。


うつむいた目線の先には真っ白なノート。

「……怖い」

呟きは闇の中に落ちて消えた。

「ボクは、夜宮のために……」

まるで幽霊のように、自分がゆらゆらと揺らぎ出す。

消えかけた火影。


「うっ」

角田は強烈なめまいを覚えた。発作の前兆だ。

眉をひそめ唇を歪める。左手でシャツの胸元をぎゅっと握りしめて、もう一方の手でペンを握り直す。


『よみやが発作をおこした』


まともに目も見えない中、刻むように文字を書く。


『ぼくはどうしたらいい なにができる』


握った手の感覚だけが角田を現世に引き留める。


『夜宮はなにをおもってる』

『ぼくは』


めまいがふっと遠のいた。

目をきつく閉じたまま、短く呼吸する。最後は大きく息を吸って、……長く柔らかく、吐く。

発作の波が過ぎ去ったのを確認して慎重にまぶたを開けた。

とんでもなく頭が痛い。

机につっ伏す。力の抜けた手からペンがころんと机に落ちた。


何でもいい。

書くしか、ないのだ。

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