第7話 病室の2人

「お前が書いたやつ、見せてくれないのか」

夏休みも最終日。

夜宮は依然として入院中である。

とはいえすっかり顔色のよくなった夜宮の問いに、角田は力なく首を振る。否定か肯定か、あいまいな振り方だった。

「近頃は日記しか書いてない」

それも、夜宮の不調に伴う苦悩や懺悔の言葉ばかりの。そんなの本人に見せられるわけない。


「そうか、残念だな」

そう言いながら夜宮はどこかそわそわしているようだ。

「どうしたの?」

角田は不安になって親友の目をじっと見る。すると夜宮はにやりと笑う。

「書いてみたんだ、俺も」

「へ」

「そこの引き出しの一番上、開けてみな」


言われるままベッドサイドの棚の引き出しを開けると、そこには一冊、B5のノートが横たわっていた。

「読んで感想聞かせてほしい」

角田は壊れ物を扱うようにそっとノートを取り出した。

「珍しいね、キミが書くなんて」

上目遣いで相手を見る。夜宮は口の端に微笑みと気恥ずかしさをにじませてただ頷いた。

「わかった、読んでみよう。……期待はしてないがね」

「なに言いやがる」

2人で笑いあって、その笑いが冷めないうちに角田はノートの表紙を開いた。


時は穏やかに過ぎていく。

夜宮の文章は彼の髪のようにストレートだ。

ややつたなくはあるが、角田の心を和らげるにはむしろ十分だった。

読み終えて顔を上げぬまま微笑む。

「いいじゃん。好きだよ、キミの文章」


ところがいつまでも返事が来ない。角田はけげんに思って顔を上げ、そして目にした。

不自然に目を見開いたまま石像のように固まっている夜宮を。

「夜宮?」

認めたくない。

「夜宮、聞こえる?」

夜宮の指先が微かに動くのを、角田は見逃さなかった。

「ナースコール押すよ」

返事を待たずに、ノートを棚の上に置いて枕元のナースコールをためらいなく押した。


「かっ……」

半開きの夜宮の口から子音が漏れる。発作に押さえつけられた瞳が、必死で角田を捉えようとしている。

角田は自分から夜宮の視界に飛び込んで、その手を包んでしっかり握った。

「大丈夫だよ、ボクはここにいる」

夜宮が小さく頷いた、ような気がした。


発作の種類は人それぞれだ。

角田のように視覚がおかしくなったり倒れてけいれんを起こしたりする人もいれば、夜宮のように固まってしまったり、ぼうっとするのもある。意識を失わずに体の一部がけいれんするといった人もいる。

……と聞かされてはいたものの、他人の発作を見たのはこれが初めてだ。

角田は笑顔を頬に貼りつけながら、内心はひどく動揺していた。


いろいろな想像が脳内をひらめく。

今、夜宮には何が見えているのか。何を思っているのかあるいは思っていないのか。

自分の発作を目にした人はいったいどんな気持ちでいたのか。自分の発作というのはどんなものなのか。

発作が起きかけたとき手を握ってくれた母の顔を思い出す。母は必死で笑おうとしていた。角田を安心させるために。

母の手は熱く力強く、その手だけが角田の意識を繋ぎとめていた。

――そういう手になりたかった。


やがて看護師や医者が駆けつけて、角田は蚊帳の外になる……はずだった。

が、予想に反して、

「手を握っててあげてください」

そう言われた。

もっとも離せと言われたとしても離せなかっただろう。どちらの力のせいか、2人の熱い手は接着剤で貼りでもしたかのようにぴったりくっついていたのだ。


やがて発作はひとまず収まり、夜宮の体はぐったりと重く深い眠りについた。

手は自然とほどける。角田は面会終了時間まで、その手をずっと見つめていた。

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